DLC1章 9話
山田さんが取りまとめた組織。それは予想を遥かに超えて大規模なものだった。
生産界隈で絶対王者となった【生産職職人連合】に対し、良い思いを抱かないものたち。スラム街で集結した彼らはひとつの組織を結成し、それはまたたく間に大規模なものとなったらしい。
その名も【生産協同組合】。職連に対して組合と名乗る彼らは、自分たちのトップに立っているのが職連の人間であることをまだ知らない。
「悪党だ……。とんでもない大悪党だ……」
「人聞きが悪いですね。力なき者を束ねた僕は、どちらかと言えばジャンヌ・ダルクですよ」
表立って組合のトップになっているプレイヤー(悪人面の巨漢。いかにもな風貌の人)を顎で使い、山田さんは満足そうに自分のオフィスで葉巻を吸う。だからそれも禁制品だっての。
組合が挙げた利益は山田さんの手により、その大部分が職連に流されている。「打倒職連」の旗のもとに集った組合の彼らは、自身の行動が利敵行為に他ならないことをまだ知らない。
「これは言わば犠牲無き闘争とその勝敗ですよ。彼らは僕ら職連に歯向かおうとはしたものの、組織力と危機感に決定的に欠けていた。敵の油断に付け込むのは当然じゃないですか?」
「そんなレベルじゃないよ、もう。戦いにすらなってなかったじゃん」
「じゃあこう言いましょう。みんな仲良しっていいですよね」
「お前が言うな!」
そのためにラインフォートレスを酒に沈めたっていうのか。ああもう、手の込んだ事しやがって。
組合を組織した山田さんは、いよいよ持って本格的にアルコールを取り締まった。幾人かの厳選した職人に私がライセンスを付与し、それ以外の酒を非正規品として摘発する。格差ってものは疫病のようなもので、持ち込まれた「純正品」はブランド力を手に「非正規品」を瞬く間に駆逐した。
それをやってのけた山田さんは敏腕とか辣腕とかそんな次元の生き物じゃない。最初からここまで読んでいたのだとすれば、腹の底はどれだけ漆黒に染まっているんだ。
「ま、良かったじゃないですか。お酒は正しく娯楽品としての立ち位置を獲得し、僕もあなたもウィンウィンです。そうでしょう?」
結果だけ取り出して見れば大成功と言っていいだろう。山田さんの真の目論見であった「敵対組織への圧力」は満点に近い形で成し遂げられ、私の望みだった「世界の発展」もまたお酒が正常化したことで達成された。関係上はウィンウィンだ。
でも、いくらなんでもやり方ってもんがあると思うんだ。
「……あんた、きらい」
「言われてしまいました。僕はこんなに仲良くしたいのに」
「何かしでかしたら一発でBANしてやるから。覚悟しておけ」
「運営に私情を持ち込むのは良くないですよ、運営さん」
デスゲーム中はこんな人じゃなかった。あの時の山田さんは、リースの下で共に職連を運営しプレイヤー全体に確かな貢献を果たしていた。
あれは有事ゆえの協力体制だったからとでも言うのか。治世の能臣、乱世の奸雄と言うが、この人はまるで逆だ。
「人の本性って醜い……。これが生まれ持った人の業だと言うなら、私が浄化しなきゃ……」
「急にラスボスみたいなこと言ってどうしたんですか?」
今度ウルマティアに酒でも持っていこう。今ならあいつと美味しいお酒が飲める気がする。
その時、部屋の扉がノックされる。部屋と言ってもここはスラム街にあるボロ屋の地下に作られた秘密のアジトだ。誰かが訪れることなんてまず無いって、山田さんが自慢してたのに。
「山田さん、出ないの?」
「……この場所を知る人間は、僕とあなたと彼だけのはずです。あれは誰ですか」
彼と言うのは組合の名目上トップの彼だ。
「ここに居を構えたのは失敗でしたね、まさかこうも簡単に居場所を知られるとは。次はもっと頑張るとしましょう」
「そうは行きませんよ」
扉を蹴り破るという穏便ではない手段を講じ、部屋に乗り込んでくるのは職連が女王。
何を隠そう、リースさんその人である。あとジミコ。
「なるほど、ジミコか」
「ぶい」
相手が悪かったね山田さん。そりゃジミコならどこに隠れても見つけ出されるよ。
室内にずかずかと乗り込んできたリースは、ぷんぷんに怒った顔のまま、山田さんの前に仁王立ち。大きく息を吸って、
「こらーっ!!!」
普通に怒った。
「こんなことしちゃダメでしょう! どれだけ人に迷惑をかけたと思ってるんですか!」
「え、いや、マスター、僕はですね」
「言い訳しないの! 悪いことしたって、自分でもわかってるんでしょう?」
「あの、確かに悪いことはしましたけど、でもですね」
「ダメなものはダメです! 大体あなたはですね――」
以下割愛。特筆することのない、ごくごく普通のお説教。
それでも効果は抜群だった。なんとか弁明しようとしていた山田さんも、気がつけば正座して平謝りする有様だ。
「巨悪、堕つ」
「母は強し」
「委員長最強」
「良貨が悪貨を駆逐する」
「かくして悪は滅ぶのだ」
私とジミコの5連コンボが山田さんに突き刺さると、天下の大悪党はついに観念したのかお縄についた。
Myrla世界において最も王に近いプレイヤー・リース。彼女の人徳はいかなる悪をも穿ち貫く。周りが勝手に穿たれるとも言うけども。
「ま、これにて一件落着ってことで」
「みーちゃん、もういいの?」
「うん。きっとこれでいいんだと思う」
山田さんとリースを残して外に出る。活気づいたスラムを遠目に眺め、私はひとつ結論を手にしていた。
「この世界は誰かが回すんじゃない。私一人でアップデートしたって、意味なんて無かったんだ」
「何かを放り投げた音がした」
「まあ、それもあるけど……。でも本音」
ずっと気にかけていたアップデート作業はひとまず置いておこう。世界の発展のために必要なのは、ああいうことじゃない。
「この世界は生きている。一人で好き勝手にいじくるのは必ずしも答えじゃない。山田さんがやったみたいに、プレイヤーに働きかけながら一緒に発展するのもひとつのやり方なんだよ」
「なんだかんだ認めてる」
「リスクはあって、リターンもあった。ね、結局いつも通りじゃない?」
Myrlaの世界はまだ終わらない。いや、きっとこれからが私たちの始まりなんだろう。
世界の発展と更なる躍進を願って、私たちは再び歩き出す。
「みーちゃん、次は何するの?」
「まだ考え中。でも、楽しいことをやりたいね」
「大変なことになりそう」
「やりすぎたらリースが怒ってくれるから。大丈夫だよ、たぶんね」
雑踏を踏み、喧騒の中で背を伸ばす。デスゲームだったあの頃と違って最近は周りも騒がしくなったものだ。
解放された無秩序なざわめきがどこか心地よいような気もして、私は明日の世界に思いを馳せた。
一方その頃。
「あ、どうもお世話になります。地球人の朝日です。ええ、生き残りですよ。お陰様で元気にやってます」
『ロロロロロロロロロロロ』
「侵略? あー……。やめといたほうがいいと思いますよ。かつての地球を三日三晩で灰燼に帰した戦力、更にそれを打倒してのけた彼女を相手にしてみますか? ――そうですか。では今後ともよろしくお願いします、ということで」
『ロロロロロロロロロロロロロロロ』
「以前にもお伝えしましたが、私共は文明的に断絶しておりまして。よろしければ情報提供をお願いしたく存じます。勿論お礼はしますので。――はい、はい、よろしくお願いしますね」
かつて宇宙を駆け巡った凶報、「空が落ちた」。
暗黒物質の正体が判明したかの事件を皮切りに、栄華を誇る大宇宙時代は幕を閉じた。
徐々に侵食される宇宙。切り詰められる生存圏。生き残りを賭けて互いを喰らい合う異星人たち。
彼らの宇宙に未来はあるのか。同時上映「Myrla 銀河編」。心して待て――!
※2030年になったらやります