DLC1章 6話
リースに散々脅されはしたが、この現状を放置するわけにはいかない。
金と命を持て余し、娯楽に飢えたプレイヤーたちは浴びるように酒を飲む。これに対する抑止力は一切存在しない。
だから私は、酒を叩いた。叩いて叩いて叩きまくった。
「禁止だー! 取り締まりだー! 酒飲みはいねがー!」
「運営だ! 運営が来たぞ、お前ら逃げろ!」
「ああっ、それは我が一族に伝わる秘伝の銘酒なんです! どうかお許し下さい!」
「ダメなもんはダメ! アルコールの入ってるものは問答無用でご法度!」
ヘラクレスを駆ってラインフォートレス中を飛び回る。飲酒にふけるプレイヤーから酒瓶を奪い取り、抵抗するプレイヤーにはヘラクレスをけしかけた。
システムや神の力を持て余す私でも、GM権限なら使いこなせる。他人のインベントリを勝手に開いて隠し持った酒瓶をごっそり押収。逃げようものなら地の果てまで追跡し、ヘラクレスで小突いて酒を奪う。
「なんでだよぉ……! なんで好きに飲ませてくれないんだよぉ……!」
「リアルじゃ飲めないお酒も好きなだけ飲める神ゲーだったのに……」
「俺達が一体何したって言うんだ! 好きなように酒を飲んで何が悪い!」
「モラルが悪い! 嗜む分には目をつぶったけど、あんたたちはやりすぎたんだ!」
色々怪しいところはあるけど、体裁上はファンタジーゲーム。剣と魔法の世界で生きるゲームであって、決して酒池肉林オンラインでは無いのだ。
倫理観がぶっ壊れた行動はいくらゲーム内と言えど、いや、この世界だからこそ謹んで頂きたい。影は薄いけどラインフォートレスにはNPCという先住民もいるんだ。ほどほどにしとけ。
酒飲み共を片っ端から叩いて回る。天地をひっくり返したような大騒ぎは日夜を問わず繰り広げられ、ラインフォートレスからお酒の影が消えるまで優に一週間はかかった。
「つ、つかれた……」
「お疲れ様です。少し休んでいってください」
職連店舗のマスタールームにお邪魔して、ソファに背を預ける。疲れた、マジで疲れた。この騒動を共に駆け抜けた相棒も、私の傍らで文字通り翅を伸ばしている。お疲れヘラクレス。
「職連の方でも酒造禁止令を発令しています。職連及び傘下ギルドに所属する生産職には、酒造から一切手を引かせました」
「ありがとう……。それ以外の酒造業者は一通り潰して要チェックリストにぶち込んだから、多分大丈夫」
「ええ。こちらでも酒造の実態を確認した場合、該当のプレイヤーに対して圧力をかけるようにします」
私とリースの禁酒包囲網。やるからには徹底的に、とリースが言うので、一切の手加減無く徹底的にやった。
その甲斐あってか効果は絶大だ。あれだけ街に溢れていた泥酔者は露と消え、街並みは健全を取り戻しつつある。
これでゲームセット。そう言っていいだけの成果を上げたと言うのに、リースの顔はまだ固い。
「油断しないでくださいね、運営さん。今のところ上手く行っていますが、常に最悪を想定してください」
「やけに慎重だね。……ねえリース、聞いてなかったけど。最悪ってなんなの?」
「そのまま、禁酒法の再現ですよ」
禁酒法。頭の中でちらついていた言葉に形が与えられ、脳裏に鮮明に浮かび上がる。
その言葉はどこかで聞いたことがある。この世界ではなくて、おそらく外の世界で。
「それってなんだっけ」
「かつてのアメリカ合衆国で施行された社会実験ですよ。またの名を法律とも言います」
「……社会実験?」
アメリカってのは国の名前だ。外の世界についての記憶を捨てた私も、主観の混じらない知識なら覚えている。
しかし禁酒法についての詳しい知識は持ち合わせていなかった。外の私は不勉強だったのかもしれない。ゲームばっかりやってたんだろうね、きっと。
「お酒というものには大きな力があります。人を惹きつけ惑わす魔力、とも言いましょうか」
「それ、山田さんも言ってたね。お酒には力があるって」
「ええ。それこそ現実――失礼、外の世界ではお酒を巡って度々騒動が起こるくらいです。今でこそ社会の潤滑油としての地位に収まり適度に運用されるようになりましたが、それに至るまでは多くの紆余曲折と規制がありました」
「それが、禁酒法」
「最たるものですね。同時に最大の失敗とも言いますが」
そうだ、思い出した。禁酒法は失敗したんだ。それだけは覚えている。
「昔の人々はお酒の持つ力をより大きな力で抑えつけようとしました。法で規制し、あの手この手で取り締まり、酒造業者を取り潰すといった形で。しかしそれは例えるなら、とめどなく溢れる湧き水に蓋をするようなものでした」
「……抑えられなかったの?」
「いいえ、抑えることには成功しました。表立っての飲酒は慎まれるようになりましたが、飲酒への需要自体が減るわけではありません。それどころか供給手段が絞られたことで需要は更に高まります」
ここに来てはじめて、私はリースの持つ危機感を共有し始めた。溢れる湧き水を押さえつけようと地下水は変わらず揺蕩っている。減ったわけじゃない、地下に潜ったんだ。
「地下に潜った需要が各所で火を上げるまで時間はかかりませんでした。あちこちに違法酒場が作られ、市民はこぞって違法アルコールに手を出しました。禁酒法が発令されていた期間、飲酒量はかえって増えていたとの報告もあります。飲酒絡みの犯罪についても、同等に」
「逆効果、だったんだ……」
「この世界でも同じことが起こるとは限りません。外の世界とは違い、ここはまだ人口も少なく統制が効きます。抑えきることも不可能では無い、かもしれません」
それでも上手くいく可能性は半々。私はようやくこの言葉の意味を理解した。
はっきり言って私はお酒というものを舐めていた。ただの禁制品、取り締まるべきアイテム。お酒はそんなに安い代物じゃない。
「アルコールはパンドラの箱です。解き放たれてしまったからには仕方ありません。運営さん、最善を尽くしましょう」
「山田さんってば、なんてものをぶちまけてくれる……」
自分の言葉で気がつく。そう、山田さんだ。この事態を引き起こした山田さん。私がアルコールを叩いていた一週間姿を見なかったけど、どこで何をしてるんだ。
「リース、山田さんは?」
「それがですね……。彼、完全に地下に潜りまして」
「どういうこと?」
嫌な予感がする。私は乾いた笑いを漏らし、リースは額を抑えてゆっくりと首を振った。
「職連から脱退した上にフレンドリストを全て断ちました。山田さんの所在は完全に不明です」
「山田さん……。一体何を考えてるんだ……」
「わかりません。ですが、ここまで彼の計算通りなのでしょう。それは間違いありません」
現状アルコールは鎮圧に成功している。少なくとも、表立っては。
この成果に油断してはいけない。すぐに返しの一手が出されるだろう。常に最悪を想定しないといけない。
酒池肉林オンライン事件。本番はまだまだこれからのようだった。