DLC1章 4話
数日後。
ラインフォートレスは酒に溺れた。
「山田ァー!!」
職連店舗の扉を蹴破る。中にいる無数の酔っぱらいを剣で吹き飛ばしながら、開発室と書かれた扉をぶち破った。
その奥にある椅子に腰掛け、足を組んで葉巻をふかすのは今回の主犯たる山田さん。ああもう、この人葉巻なんて作ってやがる。没収だ没収!
「騒がしいですね、運営さん。どうされました?」
「どうしたも何も話が違うよ! なんでこんな事になってんの!?」
「こんな事とは?」
「しらばっくれんなー!」
販売を始めた初日は、さすがはお酒の力ともあってそれなりに盛況しているくらいだった。私に良さはわからないけど、みんなが楽しくお酒を飲んでるのなら、新しい娯楽の形として受け入れるのもいいかもしれないと思ったくらいだ。
その様子にひとまず満足し、難航しているアップデート作業に没頭していたのが不味かったんだろう。ジミコからの報告を受けて足を踏み入れた生産地区は、まさしく凄惨地区と言っていい有様になっていた。
そこかしこを闊歩するのは無数の酔っぱらい。露店街はどこもかしこもアルコールを販売する露店がひしめき、高品質のアルコールが低価格で競うように売られていた。
酩酊して地面に寝転がる酔っぱらいもいれば、乱闘騒ぎを起こす酔っぱらいもいる。明らかに純度の高そうな酒を躊躇なく一気飲みしたプレイヤーが、その場で死亡してリスポーン地点たる大神殿に送還されたときはさすがに肝が冷えた。周りの人たちがそれを見ながら爆笑しているのを見て、更に異世界を感じた。
わずか数日でこの有様だ。私はお酒の力を舐めていた。
「大惨事じゃないの! なんでこうなった!? どうしてこうなった!?」
「ちょっと落ち着いてくださいよ。ちょうど新開発の火酒があるんですよ。飲みます?」
「堂々とその禁制品を持ち出すな!」
この騒動を引き起こした元凶はまるで悪びれた様子を見せない。それどころか、悠然と両手を上げて降参のポーズまで取ってみせる。随分と余裕じゃないか。
「僕のせいじゃないですよ。僕は運営さんの言いつけを守って、限定的な販売に努めました。製造方法をばら撒いたりもしてません」
「じゃあ、なんでこうなったの!?」
「なるべくしてなったとしか」
確信犯じゃないか。どっちみち黒だ。花飾を一瞬だけ外し、次元の壁を拳で叩き割る。
「あなたはこの世界とその民に対して罪を犯した。何か釈明はある?」
「待ってください、全て話します! 話しますからレイドボスを召喚するのはやめてください!」
次元の壁を飛び越えてワープしようとするヘラクレスの角を、再び元いた場所に押し返す。ヘラクレスは(えっ出番これで終わり?)って顔をしていた。最近あんまり遊んであげられなくてごめんね。でも全長3.5mのカブトムシとどう向かい合えばいいかわからないの。ごめんね。
どこかの空を悲しそうに飛ぶヘラクレスの時空を感じつつ、花飾を付け直す。あー、頭痛。
「とりあえず座ってください……。順序立てて説明しますね」
その辺の飲んだくれを蹴り倒し、座っている椅子を強奪する。山田さんの前で座ると彼はようやく話し始めた。
「僕は本当に限定的な販売に努めましたよ。新製品を開発したり、多少の経営努力はしましたが……。至って常識の範疇です。それだけは神に誓えます」
「神って、どの神?」
「難しい質問ですね……」
言っとくがゼルストの奴に誓おうもんならヘラクレスを呼ぶぞ。私はあいつのことまだ許してないんだかんな。なんだかんだあったとは言え、ウルマティア戦でやらかしてくれた恨みは忘れてない。
山田さんはファジーに笑いながら、「やっぱりあなたに誓います」とのたまった。あながち間違ってないのがなんとも言えない。
「問題点はアルコールの製造法が公然の秘密だったことですよ。製造法の仔細が知れ渡ってるという意味ではなく、作れてもおかしくないということが、です」
ゲーム的なクラフトシステムだけではアルコール類は作れないが、いかんせん世界のベースが違う。実のところ相応のやり方を用いればなんだって作れてしまうのは、知ってるプレイヤーは知っている公然の秘密だった。
「そんな中、僕がアルコールの製造販売を行いました。それを見た人たちは皆思ったことでしょう。その手があったか、と」
「……で、山田さんを真似したプレイヤーが酒造に手を出し、市場競争が過熱した結果この事態を引き起こしたと」
「大体そういった形です。ね、本当に僕何もやってないでしょう?」
んなわけあるか。数日で新製品を展開してるってことは、最初からやる気満々だったんだろう。新たな市場を開拓しその第一人者として名を馳せる。この手際の良さ、やはり油断できない。
「むしろ僕がやらずとも、いつか誰かがやってましたよ。デスゲーム時代からお酒は作られてましたし。あの頃はお酒よりポーションのほうが求められていましたけど、娯楽への潜在的需要がくすぶっている今なら、いつ何処で誰がやらかしてもおかしくなかった」
「まぁ……。幸いにも元凶がコントロールできる範囲にあって、事態の収拾がつけられるってのは不幸中の幸い、かな」
「そういうことです。ほら、やっぱり僕ってば運営さんの協力者じゃないですか」
仲間アピールがとても胡散臭かった。やかましいわ。
「それで。運営さん、どのように対処します? 僕が協力しますよ、僕が」
「元凶が何を……。協力してくれるのはありがたいけど、なんで?」
「自分がやったことにはちゃんと責任を持ちます」
山田さんはにこにこと笑う。その腹の中は相変わらず読めないけど、どっちにしろ酒を叩くには彼の力が必要だ。それは間違いなかった。
「まずは水際対処からだ。とにもかくにもこの惨状を収めないといけない。どうすればいいかな」
「お酒の供給量が多すぎることが諸悪の根源ですし、まずは供給量を絞らないと。そうだ、ライセンス制にするってのはどうでしょう? 認可を受けた業者のみが製造できるような形にすると言うのは」
「……それが狙いか」
こいつ、ここぞとばかりに利権を確保するつもりだ。考えることが悪どい。
「そんなに稼いでどうするの。大体このゲーム、ぶっちゃけお金使う要素なんてそんなに無いでしょ」
「ええ、今は金銭に価値はありません。ですので肝要なのは通貨そのものではなく、影響力を構築することです。それさえあればいずれ経済などどうとでもなります」
「山田さんは一体何を見てるんだ……」
「このゲームの未来、ですかね」
それはまさしく殺し文句だった。
このゲームの未来。私が模索してるそれを山田さんが見ているっていうなら、それがどんなものなのか私は知りたい。知らなければならない。
心が揺れていた。魅了されたのかもしれない。信じて良いのか、この人を。
「この案件、僕に預けていただけませんか? 面白いことにしてみせますよ」
「……後ですっごく苦労しそう」
「苦労するならやめときます?」
「誰に言ってんの」
大変だからやめとこう。そんなお利口さんなんてここには居ない。リターンのあるリスクなら上等だ。
わかりやすい挑発だった。だからこそ乗らない手はない。口の端を釣り上げて、私はにやりと笑った。
「運営さん、お酒には大きな力があります。もちろん制御を過てば惨状を引き起こすでしょう。ですがそれは、どのような力にも言えることです」
「その力学、山田さんには操れると」
「やってみせましょうとも。僕はこの世界の発展を願い、明日を築かんと望むものですから」
それを望むか、ならばいいだろう。上等だ。運命と時空の人として、その願いは無視できない。
握手を交わし、承諾の意を示す。この世界の行末を望まんとする人の業、見届けてやろうじゃないか。