3章 3話
また時間潰してから畑に戻ってくると、『救命草』がわさーっと生えていた。
『草薙剣』で収穫し、株分けしてもっかい植える。しばらくは『救命草』を量産することになるだろう。
「そうだ、さっきの使うか」
さっき作った『低級ポーション』を肥料として撒く。熟練度上げに作っただけで実用性は薄いから店売り廃棄するつもりだったけど、そういえば肥料として使えたか。何でも作ってみるもんですね。
これで今日の農業はおしまい。続きはまた8時間後になります。楽しいなぁ。
「……ん?」
農場のど真ん中で見るものを威圧する出来損ないのハロウィン、もとい『世界樹のカカシ(カボチャヘッド)』と目が合う。なにがどうというわけじゃないけど、違和感を感じた。
カカシの周りをぐるりと一周して見てみる。特に変なところは見当たらない。
「んん……?」
カボチャヘッドを覗き込んでみても、中はただの空洞だ。
「気のせいかな」
まあいいや。なんかのフラグだったらそのうち回収されるでしょ。
さてさて、『救命草』の量産には成功した。錬金しましょ、そうしましょ。
*****
職人地区生産ドーム、錬金釜の前に陣取る。
さて、本腰入れてポーションを作りましょう。素材は予め用意しておいた。準備は万端だ。
「さあ始まりました。効率厨の効率厨によるポーションRTAのお時間です」
「なんじゃそのテンションは」
「解説は、様々な場所に湧いては私を付け回していると評判の事案じいさんにお任せしました」
「お嬢ちゃん、ワシのことをそんな風に思っておったのか……」
眠さでテンションが狂いつつあるのは自覚している。効率プレイしてるとゲームの都合に睡眠時間を合わせるからなぁ。
「今日の主役はこちら、『救命草』。『薬草』系列最上位の逸品となっております」
「今まで散々もったいつけてきたからの。今更言われんでも知っておるわい」
「まずはこの『救命草』をまとめてすり鉢にどーん! それからすり棒で景気よくごりごりします」
「あっあっあっ、下処理をしてないぞ! それじゃあいかんと言っておろうに!」
「下処理は時間効率悪いんでパスです。手動ですり潰すだけ、私としては丁寧な方です」
すり鉢から漏れ出ないよう気をつけつつ、剣術スキル【テンペストブレイド】の要領ですりこぎを繰る。武勇と叡智の神ゼルストが生み出した、無数の剣閃で嵐を生み出す絶技の前に、『救命草』はたちまちきめ細かい粉へと変わった。
「す、すげぇ……! あの錬金術士、凄まじいすりこぎ捌きをしてやがる……!」
「とんでもねぇ剣圧――じゃなくてすりこぎ圧だ! 見ているだけで吹き飛ばされそうだぜ!」
「俺ほどになると一目で"理解"るンだ。あの小娘、"並"の錬金術士じゃないってことがよォ!」
「いや、普通にすりつぶせばいいんじゃないのか?」
「俺もすりつぶされたい」
ギャラリーが生えてきた。なんだこいつらノリいいな。
「えー、続きまして。錬金釜に『蒸留水』を開けます」
「うむ。ポーション作りに水は命じゃ。できれば『天然水』と行きたいが、この辺りじゃ手に入らないからの」
「その『蒸留水』に、うちの畑の土と流木を入れます」
「ぶふぅ!?」
「うちの畑の土は色々あって栄養過多ですからね。流木もなんかこう、自然っぽいエキスが抽出されていいんじゃないでしょうか。煮ます」
「なんでせっかくの『蒸留水』に不純物をガンガン投棄するんじゃ! そんなのでうまくいくわけ無いじゃろう!」
「煮るのに飽きたので自動クラフトで短縮します」
「いい加減すぎるじゃろ!」
「というわけで出来上がりがこちら、『天然水』になります。じいさんお見事、念願の『天然水』ですよ」
「うっそじゃろおい」
冗談だと思うでしょう。本当なんですよこれが。
『天然水』ってのは土壌が豊かなフィールドから採れるけれど、手動で作り出せなくもない。地質を上げた土壌とミネラルを含んだ流木を一緒に蒸留水で煮ることで、『天然水』を作れるのだ。
人呼んで人工天然水。もうこれわかんねぇな。
「す、すげぇ……! あの錬金術士、現時点じゃ手に入らないランクの水を生み出しやがった……!」
「アイテムとアイテムを組み合わせただとぉ!? なんだこれは!? まるで錬金術じゃないか!」
「"人"の手で"自然"の恵みを生み出したァ……? 驕るなよ人間! "神"にでもなったつもりか!」
「でもあの土、なんか赤くね? どうやったら土があんなに赤くなるんだ?」
「俺も煮られたい」
2番目のあなたへ。その通りです、これは錬金術ですよ。
「一度錬金釜を洗って、『天然水』をもう一度入れます。ここまでくれば後は簡単です」
「もう何があっても驚かんぞ……」
「メイン素材の『救命草』の粉末を釜に入れて、オプションに『幻惑虹キノコ』、『癒やしイワシ』、『世界樹の若葉』、後は――あっ」
インベントリから間違えて取り出したヘラクレスオオカブトムシ(瀕死)が鍋の中にぽちゃんと入る。
まあいっか。ついでに煮とこう。
「『フラッシュストレートフルーツ』ですね。今回使うのはこれで全部になります」
「おい待てお嬢ちゃん、今なんか落ちたぞ」
「順番に説明していくと、『幻惑虹キノコ』が状態異常回復作用。『癒やしイワシ』がリジェネ効果。『世界樹の若葉』が効果増強作用ですね。あ、『フラッシュストレートフルーツ』はただの味付けです。私好きなんですよ、この味」
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん。このポーション、ムシが混入しておるぞ。今にも死にそうな様子でもがき苦しんでおるぞ」
「ポーション作りにはハートと真心が大切です。愛情をたっぷりかければ、ポーションは必ず応えてくれます」
「その愛情の裏で小さな命が失われつつあるのじゃが……」
大丈夫大丈夫。これくらいじゃ死なないよ。死んでも特に問題ないけど。
「す、すげぇ……! あの錬金術士、見たこともない素材を次々と放り込んでいきやがる!」
「『癒やしイワシ』は釣りで手に入る。『世界樹の若葉』も大神殿前で採れる。『フラッシュストレートフルーツ』は確かフィールドから採れたはずだ。だがしかし、『救命草』と『幻惑虹キノコ』は一体どこで……?」
「なんだっていい! 俺たちは今"世界"の創生を目の当たりにしているんだ! くははッ! くはははははッ!!」
「いやでもムシの混入したポーションはちょっと……」
「俺も愛されたい」
いい加減3番をしかるべきところに通報したほうがいいと思うんだけどどうですかね。
「後はかき混ぜておしまい――あっ」
「どうしたお嬢ちゃん。今度は何をやらかすつもりじゃ」
「いっけなーい、かき混ぜ棒を忘れちゃった☆」
「いや、かき混ぜ棒ならここにあるが……」
じいさんの持ってきたかき混ぜ棒を、格闘スキル【煉獄轟蹴脚】の手動再現で叩き割る。武勇と叡智の神ゼルストが生み出した、地獄の溶岩を真っ二つに叩き割る絶技の前に、かき混ぜ棒はじいさんの手の中で爆散した。
「――忘れちゃった☆」
「お……おお……。じゅ、寿命が……。ワシの寿命が……」
「まったくもー、私ったらドジなんだからー☆」
「わ、わかったから! それでお嬢ちゃんは何がしたいんじゃ!」
「あっ、こんなところにちょうどいい棒があるぞー☆」
アイテムインベントリから『蒼海龍の釣り竿』を取り出し、ひゅんひゅん回して構える。
「お、おい待てお嬢ちゃん! まさかそれでかき混ぜるつもりか!」
「そーれぐるぐるー☆」
「あああっ! やりおった! バチが当たるぞ!」
「こちらの釣り竿――もといかき混ぜ棒はちょっとした方法で入手できるブツでして。詳細は省きますが、深海と蒼穹の神カームコールの祝福を受けているんですよ」
「急にキャラが戻るんじゃな」
「そしてこの場所、生産ドームは金槌と算盤の神アーキリスを祀っています。カームコールは天空海闊、アーキリスは職人気質な性格をしていましてですね。仲がいいんですよ。聞く話によると一緒に釣りとかするらしいです」
「急に神話をひも解きだしてどうしたんじゃ?」
「つまりですね。なんやかんやあってカームコールとアーキリスの祝福を受けます」
「なんじゃそれは!? そんなデタラメあるか!?」
黄金の光と蒼色の光があたりに立ち込め、錬金鍋の中に集約されていく。二柱の神の友情パゥワーを受けたポーションはなんか神秘的っぽい良い感じの光に包まれた。
その光が一段と輝きを増し、神々に祝福されたポーションの中から何かが神々しく姿をあらわす。
ヘラクレスオオカブトムシだ。
「す、すげぇ……! なんかもうよくわかんねぇけどすげえ! すげえぜおい!」
「か、神々の祝福を受けた……? しかも二柱同時だと……!? 滅茶苦茶だ! 滅茶苦茶だぞこれは!」
「えっ、いや、えっ。マジですかこれ。なんかカブトムシでてきたんですけどなんですかこれ」
「おいあまりのデタラメっぷりに3番が正気に戻ったぞ」
「俺も祝福されたい」
5番はなんというか……。なんなんだろう。不思議な怖さを感じる。この私を臆させるとはなかなかの使い手だ。
神気を宿したヘラクレスオオカブトムシは、凱旋するように生産ドームの空を一周くるりと飛んで、私の肩に舞い降りる。
これでポーションは完成し、ヘラクレスの傷も癒えた。万事計画通りです。そういうことにしといて。
ついに、ついにこのポーションを作ることができた。今までこのポーションを作ることを目的に頑張ってきたんだ。
感慨もひとしおに出来上がったポーションをリネームする。別にわざわざ名前をつける必要は無いんだけど、デフォルトのままだと『カームコールとアーキリスに祝福された上級ポーション(状態異常回復・リジェネ・効果増強・フラッシュストレート)』となる。怒涛の54文字。さすがに使いづらい。
つける名前は決めてあるんだ。
「『アムリタ』。このポーションの名前は『アムリタ』にしよう」
「ほほう、神話の薬か。お嬢ちゃんにしては粋な名前をつけたの。ええんじゃないかの?」
いやあ、悪ふざけ大好きな私が普通のネーミングをしたのには理由がありましてですね。
基本的にポーションというものは初めて作った人がつけた名前が定着することになるんだけど、一周目の時に初めてこのポーションを作ったやつが、とんでもないクレイジーサイコ野郎だったんですよ。
このポーションは、『幻惑虹キノコ』、『癒やしイワシ』、『世界樹の若葉』、『フラッシュストレートフルーツ』を「錬金」して作ったポーションだ。
それぞれの頭文字を取って、一周目につけられた名前は『ゲイセフレ』。カームコールとアーキリスという二柱の男神の祝福を受けた、『ゲイセフレ』ポーション。いくらなんでも酷すぎる。
初めて『ゲイセフレ』を見た時は爆笑した。しかしその性能を見て、すぐに青ざめた。分かったからだ。このポーションとは長い付き合いになる、と。
その直感は的中し、『ゲイセフレ』は最も有名なポーションへと成り上がった。コスパの良さと隙のない性能に、多くのプレイヤーたちが愛飲することになってしまったんだ、『ゲイセフレ』を。
後年、『ゲイセフレ』を生み出した錬金術士はこう語ったという。「僕はとんでもないバケモノを世に放ってしまった。しかし僕は後悔していない。今日も『ゲイセフレ』は誰かの口内を蹂躙し癒しを与えるだろう。その光景を想像するだけでご飯三杯いけますわ」。その錬金術士はその場に居たプレイヤーたちにボコボコにされたらしい。
悲しい過去を乗り越えて、ついに私は『ゲイセフレ』を封印することに成功した。『アムリタ』として生まれ変わったこのポーションは、二周目でも多くのプレイヤーに愛されることになるだろう。やったぁ。
「んじゃ、これでポーション製造のデモンストレーションは終わりです。質問とかあれば受け付けますが、眠くてしょうがないんで起きてからにしてもらえると助かります。この後は生産ドームの外で睡眠販売するんで、良かったら買ってくださいね」
集まっていたギャラリーにそう伝えて、錬金釜周りを片付ける。いやぁ、ただの悪乗りで始めたやつなのに、思いの外ギャラリーが増えててびっくりだ。
じいさんと別れて生産ドームから外に出る。職人地区の大通りの適当な位置に陣取って、システムから露店を開く。『アムリタ』を陳列して値段設定して露店を開店した。
やや強気の値段設定だけど、開店するやいなや『アムリタ』は景気よく売れていった。お買い上げありがとうございます。
生産アイテムにしろ何にしろ、最初に売りだした人が値段を決める権利を得る。レシピは既に公開したから素材の入手方法が突き止められ次第後続が沸いて価格競争が始まるけど、それまでは稼がせてもらおう。
レシピを公開した理由はただ1つ、『アムリタ』の流通量を増やしたいから。素材の入手方法だって聞かれればヒントくらいは出すつもりだ。
『アムリタ』は多くの人命を救えるポーションだ。市場に溢れるくらいに流通させて、気軽に飲めるくらいにまで単価を下げていきたい。
「ふぁう……」
あくびを1つして、ごろんと横になる。露店は店主が露店内にさえ居れば、店主が何してても自動販売してくれる。別に私が寝てても問題は無いんです。
店番にヘラクレスオオカブトムシを露店に置いて、そのまま眠りについた。