DLC1章 2話
職人地区をぶらっと見歩く。かつては露店がひしめいて盛況していたこの場所は、動物園へと姿を変えていた。
そこら中を歩き回るのは種々のモンスター。犬の親戚やネコ科の大型はたぶん愛玩動物として連れてこられたんだろう。グリフォンやキマイラなどの幻想種もまだ分からなくもない。でもね、タイラントデスワームさんはダメでしょ。全長60メートル、総体重2トンを越す超大型モンスタータイラントデスワームさんは街中に連れてきちゃダメでしょ。
「大体ね、君たち『かまぼこパン』なんかにテイムされるんじゃないの。原生生物としての誇りを持ちなさい誇りを」
説教をかましつつモンスターに『ポータブルワームホール』を使用する。以前作ったテレポーテーション装置に時空の力をちょい足しし、手軽に転移・転送を取り扱える素敵アイテムだ。なお一品物となっているためお値段の方も素敵価格。
時空と時空をつなぎ合わせ、それぞれの元いた生息地へと送り返すこと数時間。街中の野生生物をあらかた転送し、ひとまず事態に収拾をつける。
「ああ……。せっかく連れてきたのに……」
「横暴だー! この街にはもふもふが足りないんだー! 動物廃絶反対ー!」
「人と動物が共生する街づくりを! 市民よ、今こそ立ち上がるのです!」
抗議デモが勃発していた。ねえ、これも私が対処しなきゃいけないの。帰って寝ちゃダメかなぁ。
「連れてくるなら合意の上で連れてくるように。拉致って野放しにするのは共生とは言いません」
「固いよー。面白いからいいじゃんかー」
「ダメなもんはダメ。どうしても従魔が欲しければ従魔クエストをこなしてください」
モンスターにもそれぞれの命があるんだから、って話をしても分かってくれないだろう。あまりこの話を広めるつもりもない。勘違いの下に成り立つこの世界の真実は、知る人だけが知ればいい。
「それよりも、この事態を引き起こしたアイテムの出処を探してるの。何か知ってる?」
「西の洞窟に封じられた祭壇がありますよ」
「東の泉に行けば精霊が導いてくれるでしょう」
「北の山には悪魔が住んでいるとの噂です」
…………。
言いたくないらしい。その意志は伝わった。
「ここに『世界樹の樹液』をじっくりと煮詰め、『白聖花の花蜜』とブレンドした甘露があります。限定一瓶」
「はいはいはい! 『かまぼこパン』っていうアイテムでテイミングできます!」
「向こうの露店で販売してました! 販売者のプレイヤーネームも抑えてます!」
「生産職職人連合のギルドメンバーですよ! 職連の奴ら、何か企んでるみたいです!」
一瞬で黒幕まで判明した。現金な奴らだよ、まったく。
甘露を放ると希少な甘味を求めて骨肉の争いがはじまる。数人のプレイヤーがドタバタと争い始めると、揉め事好きなプレイヤーが次々と参戦して大規模な闘争に発展した。
「人は何故争うのだろう……」
「あの、火種作ったのあなたですよね?」
「そういう説もあるよね」
喧嘩騒ぎはなんとやら。この世界の生き物を巻き込むことは看過できずとも、プレイヤー同士で争う分は基本的に不干渉だ。人間なんて勝手に争えばいい。だってこいつら、煮ろうと焼こうと数秒でリスポーンするし。
プレイヤーが死ななくなったこの世界で、最初に死んだのはモラルだと思う。街並みを破壊しながら暴れまわるプレイヤーたちを『決闘石』(『決戦の宝珠』の廉価品。戦意を失えば出られる)の結界に閉じ込め、この場を後にした。勝手にやってろ。
*****
「監査です。御用改めです。神妙にお縄に付きなさい」
職連のメイン拠点となっている職連店舗(規模が大きくなりすぎたため、生産ドームの方は引き払った)にカチコミをかける。私を出迎えてくれた懐かしい顔ぶれは、揃ってマヌケな面を晒していた。
以前は私も職連のギルドメンバーだったけれど、今は既に抜けている。喧嘩したわけじゃなくて、立場的に特定の組織に肩入れすることはできなくなったからだ。
「よ、よう……。久しぶりじゃねえか。なんでえ、監査とは物々しいなぁ?」
「近頃市井を騒がせる『かまぼこパン』なるものの製造元を抑えに来たの。既にネタは上がってるんだ、おとなしく出してもらおうか」
「ああ、それか? いやあ、俺はやめとけっつったんだぜ。さすがにMPKアイテムをばらまくのは、なぁ?」
「MPKできるって知っててばらまいたのか……」
浅黒い肌の職人さんに湿度高めの視線を送り、ため息をつく。確信犯じゃないか。これはもう間違いなく黒だった。
「とにかく、それは発禁。モンスターを気軽にテイムできるようなアイテムは作らないでよ」
「わかった、MPKできないようノンアクティブモンスター限定に改良する。それでいいだろ?」
「ダメなもんはダメ。異論は一切認めません」
実際のところ、問題点はMPKじゃなくてモンスターを手軽に拉致できることにある。ぶっちゃけプレイヤーなんて死んでも簡単に生き返るから、MPKだろうとなんだろうとプレイヤー同士でやりあってればいい。命に価値をつけるなら、この世界の生き物のほうが遥かに重要度が高かった。
かつては人死を減らすために奔走していた頃に比べると、私も随分と変わったと思う。でもきっとこれは進歩の証だ。人は環境に適応して生きていく。そういうことにしておいて。
「……あら、騒がしいと思ったら。いらしてたんですか」
マスタールームの扉から出てきたのは我らがギルドマスター、リースさん。生産職の総本山・【生産職職人連合】を取りまとめるギルドマスターにして、私の知人では希少な常識人だ。デスゲーム時代からプレイヤーを支え続けた、影の功労者でもある。
「やほ、お久」
「お久しぶりです。本日はどんな御用でいらっしゃったんですか、Mさん」
「Mさんはやめてって」
「でも、名前で呼ぶのも嫌がるじゃないですか」
「それはそうなんだけど……」
Mさん。頭文字M。不本意ながら今の私の名前だ。
Myrlaという言葉には多くの意味がある。この世界そのものの名前でもあるし、この世界をゲームとして見たときのタイトルでもある。ややこしいけど、Myrlaっていう世界に何者かがシステムを付け加えてMyrlaというゲームを作った、ってのがこの世界の真実だ。
そしてその「何者か」の候補に上げられているのが、運命と時空の神ミルラ。かの神はその名前を捨てて他の世界へと渡っていった。きっとまた好き勝手に世界をいじくり回していることだろう。
最後にこの私。運命と時空の神から直々に名前を受け取った私も、今はミルラというのが名前になっている。でもこの名前、ぶっちゃけあんまり気に入ってない。
「やっぱり昔の名前捨てたのは失敗だったか……」
「いえ……。あの名前はあなたにとって重みでしたから。今の名前が似合ってるとは思いませんが、これでいいと思いますよ」
肩をすくめる。昔私が使っていた名前は、一周目から引き継いできた呪いだった。たったひとり生き残ってしまった最後の一人は役目を終え、色々と乗り越えたこの場所に今の私が居る。
その他にも店長だとか、邪神だとか(これも不本意だけど)、神子だとか、そんな風に呼ばれてきたけど、最近はこう呼ばれている。
「運営さん」
「まあ、そこに落ち着くよね」
そんなわけで、運営の人になりました。どうもよろしくお願いします。
ちなみにゲームを製作した開発と、ゲームの管理維持を行う運営は微妙に違う。どう違うかと言うと、バグを生み出したのは開発のミスだけどバグを修正するのは運営の仕事になる。このゲームがバグまみれだということは周知の事実だけど、その責任を一手に背負わされる立場になったわけだ。
かつてはバグを逆手に楽しく遊んでいたのに、今となってはバグに苦しまされる立場だった。因果なものだよ。