DLC1章 1話
お久しぶりです
かくしてデスゲームは終わりを告げた。
人と神との全面戦争は食い止められ、プレイヤーたちをこの世界に縛り付けていたシステムは解放された。そのために力を貸してくれたのは紛れもなくあの神だったんだけど、私はその事実を認めたくない。
だって、それが真実だったのなら、あまりにも茶番すぎる。
「あんの野郎、この上なく面倒なもん置いていきやがって……!」
アトリエの自室でごろごろ転がりながら悪態をつく。目の前に表示されているいくつかのウィンドウをにらみながら、私は慣れない作業に挑み続けていた。
これはゲームマスター用のコンソールウィンドウ。平たく言えば、この世界に適用された第三の法則たる「システム」をいじくり回せる画面だ。
運命だか時空だか知らないけれど、あの神が私に丸投げしていったモノはどれも私の手に余る。管理者権限を手に入れた時こそテンションも上がったが、実際に手を加えようとしてみるとこの世界のシステムを動かすプログラムはあまりにも複雑だ。
おまけにこのプログラム、バグだらけだ。神が作ったものにしてはあまりにもお粗末すぎた。
「こんなんだからクソゲーって言われんだよ……!」
あのクソ野郎が作ったと思わしきバグまみれのプログラム。その中にはラグアやウルマティアといった神格が、システムの一部を封印している旨の記述もしっかり書いてあった。それもかなり分かりやすいところに。
こんな出来の悪いオモチャに私たちは囚われ、おまけにぶっ壊したのもあの神だったとするなら、それはあまりに茶番すぎる。
これじゃまるで舞台装置の神だ。役者を転がしてさぞかし笑っていたことだろう。それでいて運命だの時空だの名乗ろうってなら、お前も道化じゃないか。
「私は、逆と考えますよ」
つぶやくように言ったのは朝日ちゃんだ。読んでいた書籍をぱたんと閉じ、どこか遠くを見据えながら顔で朝日ちゃんは言う。
「システムの一部を壊したのはあの神です。それは間違いないでしょう。ですが、それでは辻褄が合わない」
「……わかってるよ。私だって違和感を感じてる」
これは私と朝日ちゃんで考え、立てられたひとつの仮説だ。
「辻褄を合わせるにはピースが足りません。システムを壊したのがあの神であっても、システムを生み出したのもあの神であるとは限りません」
「同感だ。あの神はまさしく神と言うべき力を持っていた。こんな杜撰なものを生み出すとは思えない」
「そうなると、事件を引き起こした真の黒幕は別にいます」
「そう。仮称としてその名を――」
すっと溜めを作り、朝日ちゃんと目を通じ合わせる。タイミングをぴったり合わせて、言った。
「「世界の悪意」」
そう呼ぶことにしている。3ヶ月くらい前から。
最近ラインフォートレスに建てられた時計台から鐘の音が響き、窓の外をゆったりと銀龍が飛んでいく。どこからどう見ても世界は平和で、悪意のかけらも感じられなかった。
「……ねえ、もうこれやめない?」
「いやでも……、ちょっとクセになりませんか……?」
私と朝日ちゃんの「真相に迫るごっこ」がはじまったのも3ヶ月前からだ。それっぽいことをかっこよく言って、最後にぴたっとセリフをあわせる瞬間にカタルシスを感じる。決まった瞬間の「私かっこいい」からの「何やってんだ自分」への急激なクールダウンに、私たちはやみつきになっていた。
「まずいってば……! もうやめようよ朝日ちゃん、こんなとこ誰かに見られたら……!」
「大丈夫、大丈夫です……! まだ攻められます……! そう、明日はもっと長台詞で決めましょう!」
「いよっと」
するっとジミコが天井から入ってきた。唖然とする私たちに構うこと無く、ジミコはぴっと手をあげる。挨拶のようだ。
「……見てた?」
「?」
ジミコはちょこんと小首をかしげた。そんな仕草をしてもだまされないぞ私は。世界の果てからゼルストの風呂まで覗く変態観測者が見逃すということがあるだろうか。いや、無い。
「問1。仮称としてその名をなんと呼ぶ?」
「世界の悪意」
「ふむ。どう見ますか朝日裁判官」
「これは間違いなく有罪ですね」
「有罪は、あなたたち」
正論だった。かくして司法の場はジャーナリズムに屈した。
「それより報告。内容は先週と同じだけど」
「あー……。うん、やっぱりか」
デスゲームを解放した後、プレイヤーたちは自由にゲームに出入りできるようになった。あれだけの事件だったにも関わらず、この世界を訪れるプレイヤーはそれなりにいる。喉元過ぎればなんとやらというやつだろう。
そんなプレイヤーに混じってジャーナリズムに励むジミコは、私にちょくちょく噂話を聞かせてくれる。
「冒険者、減ってるよ」
正体不明の人喰い鬼、現る――。
というわけではない。この世界に訪れるプレイヤーたちが減っているのは、私たちゲーマーにとって極めて馴染み深い問題によるものだ。
つまりはこのゲーム、次第に過疎ってきた。解放以降、ほとんどゲーム的な部分をいじれてないのだから当然っちゃ当然なんだけど。
「うー……。面目ない……」
人と世界の共生を維持しつつ、世界を繁栄させていきましょう。私たち人間と神々はそういった方向性で合意している。
そのためにプレイヤーの力は不可欠だと考えている。なんだかんだ言ってもあいつらは強い。たまにヤンチャしたがる時だけ止めれば、放っておいてもモリモリ繁栄してくれる良い奴らだ。
しかしそんな彼らも飽きたらさっさと別のゲームに乗り換える。ゲーマーは多忙な生き物だ。新しいゲームがあればすぐに飛びついて、適当に食い散らしては次のゲームに渡らねばならない。
佃煮にして食ってやろうか。
「なんとかしてアップデートしたいんだけど、無茶苦茶なんだもんこれ」
「手伝えればいいんですけどねー。私の目ではコンソールウィンドウ自体が見えないもので」
「アップデートって、なに?」
ちょくちょくシステムに手を加えてはいるものの、私一人でのアップデート作業は難航していた。
システムの恩恵を得ていない朝日ちゃんにはコンソールは扱えず、原住民のジミコはそもそもアップデート自体を理解していない。この作業ができるのは自然と私に限られていた。
そんなわけで今の私は電子の体だ。システムの恩恵を得ているが、代わりに知覚はマイルドにデフォルメされている。
「せめて朝日ちゃんにシステムとかGM権限とか付与できればなぁ……。ジミコっていう前例が居るんだし、不可能ではないと思うんだけど」
「一介の人間に世界をいじくり回せる力を与えるのはどうかと思いますよ」
「いいセリフだ。あのクソ野郎にも是非とも言ってやってほしい」
かくいう私も昔は普通のゲーマーだった。少し前は狂気の復讐者で、ついこの前までは神々の神子。今は世界の管理人だ。私の人生(と言っても、もう人なのかも怪しいけれど)がジェットコースターなのはもう色々と諦めた。
ちなみに朝日ちゃんは将来有望な科学者から人類を裏切った反逆者にクラスチェンジし、ジミコは死の定めを乗り越えて真実の観測者となった。この場には色々と経歴が怪しい面子が集っている。
「もう片方の。使えない?」
「もう片方って……。ああ、これ?」
たゆたう運命とあまねく時空を知覚に入れる。全ての運命と時空は世界へと流れ込み、世界を通じて私へと還ってきていた。
運命のひと束を素手でつかみ取って、手のひらでくにくにと曲げる。材質としてはナイロンに近い。既にカンストしてある工作スキルを遺憾なく発揮して、どこかの誰かの運命を精巧な蝶々の形に変えた。
「こんなのどうやって使えって言うのさ。下手にいじれば何がどうなるかわかったもんじゃないって」
「言動と行動が矛盾してる」
「きっとこの人は来世で立派な蝶々になることでしょう」
手のひらで時空を巻き戻し、蝶々に変えられた運命を元の形へと回帰させる。これで元通り。
ほんの少しだけ運命を捻じ曲げ、ほんの少しだけ時間を操る。3ヶ月の修行の成果がこれだ。私の手に余りまくった運命と時空の力は、ちょっとした宴会芸としての立ち位置を明確にしつつあった。
「はー疲れた……。もう無理、今日はここまで」
「まだ30分も作業してませんよ」
「負担がでかいの。30分も行動できるようになっただけ成長って言って欲しい」
コンソールを放り投げて花飾を付け直す。花飾を外して運命と時空に接続している状態は、常に洪水のような情報量が脳を灼く。その負荷たるや、システム的に保護されている電子の体でさえ痛みを伴うほどだ。あの神、こんなもの人間に与えるなんてマジで何考えてんだ。
「アカシックレコードに接続する能力……。いえ、あなた自身が人間大のアカシックレコードになったと言うべきでしょうか。惜しむらくは処理能力が人の域を越えられないために、その能力の片鱗すら発揮できていないことですね。あの、脳移植とか興味ありませんか? 生体工学なら基本的なことは知っているので、電子の体なんて霞むほど素敵なフルスペックをご用意しますよ」
「待ってもうこれ以上人間辞めたくない」
「でしたら精神的に超越します? 体は人間を保てますよ、自我の方は……、運次第ですけど」
「滅んじまえデタラメ科学」
もう滅んだけど。
かつての地球に存在した科学と狂気の最前線、『研究室』が残党・遠野朝日ここに在り。見た目は大人しいくせに中身は好奇心の怪物だ。彼女の毒牙にかかった猫は数知れない。
「猫、いじめたの?」
「物のたとえですよジミコさん」
「?」
ジミコはどこからか捕まえてきた猫をぶら下げていた。何やってんだこいつ。
ちょいちょいと手招きすると、猫はジミコの手から逃れて地面に降りる。てしてしと歩を進め、私の手のひらを前足でぺしぺし叩いた。
「よしよし、いい子だ。ジミコ、この子は?」
「猫。黒白のぶっちー」
「そういうことじゃなくて」
ゲーム的に言うなら、この猫はレベル7のフィールドモンスター・メウキャット。ノンアクティブモンスターだから一応は無害な生き物だ。
問題はそっちじゃなくて、本来なら結界に阻まれて侵入できないモンスターが当然のように街中に居ることの方である。
「従魔システムの穴。『かまぼこパン』で擬似的にテイムして、街中に連れてきてから野生に帰す」
「まーたバグ利用か……。次から次へと穴を見つけてきやがって……」
「最近流行ってる。MPKとかも、ちょっとは」
『かまぼこパン』ってのは敷居が高い従魔を手軽に体験するための、なんちゃってテイミングアイテムだ。成功率は極めて低いが、上手く行けば短時間モンスターをテイムできるパーティグッズ。
オモチャを使ってMPKにふけるとは相変わらずプレイヤーのモラルは低い。彼らにとってはゲーム感覚でもこの世界の生き物にとっては死活問題だった。
「……ちょっと行ってくるね。2人はどうする?」
「社会学のフィールドワークをします。テーマは無法地帯における集団心理で」
「杉の梢の星がごとく」
要は見てるらしい。頼りにならないやつらだった。