エピローグ 4話
夜になってアトリエに帰ってきた。最近はこの場所もラインフォートレスでの拠点くらいにしか使われていない。長い時間をここで過ごしていたのに寂しいもんだ。
そんな懐かしい場所で、銀の少年が世界樹を背に座って月夜を見上げていた。
「よ。待ってたぜ」
銀太だった。
「ごめん、待たせたね。ここはどうしても来づらくって」
「来づらいって?」
「ここには、思い出がありすぎるから」
「……そうか」
ここで魔界農法をして。救命草を量産して。『アムリタ』を作って。
世界樹が生えて。家を立てて。プレイヤー店舗として賑わって。
リグリの眷属になって。世界樹の果実を収穫して。『挑戦者のアミュレット』を手に入れて。
――銀太と会って。
「変な話だよね。絶望が描いた軌跡だったってのに、振り返れば大事な物がいっぱいあるんだ」
「絶望だけじゃないさ。動力は絶望だったとしても、そこに築いてきたものには確かに希望が溢れていた」
「……そうかもね。だったらそれは」
きっとそれは、私だけのものじゃなくって。
一人で歩いていたつもりだった。たった一人で生き残って、絶望のままやってきたつもりだった。
それでも、道が違ったとしても近くに誰かがいたから。
「みんなに感化されたんだと思う」
「ああ。店長は背負ってたんだよ。いろんな思いを」
絶望ばかりを背負って巻き戻した一周目。
絶望のために進んで、いろんなものを背負った二周目。
絶望を乗り越えるために、世界の思いを受け取った三周目。
そして今、絶望を越えたここに、私たちは立っている。
銀太の隣に座って空を見上げる。こうして同じ空を見ていられるのも、これが最後かもしれないなって思って。
そんなこと無いって、どこかでそう願った。
「なあ、店長。ずっと考えてたんだ。俺――」
「ううん。ダメ」
「まだ何も言ってない」
「銀太の言いそうなことはわかる」
白い目を向ける。それはダメ。言っちゃいけないことだよ、銀太。
「――言わせてくれ。俺もこの世界に残りたい。残って一緒に居たいんだ」
「あーあ。言っちゃダメなのに……。まったくもう」
絶対そう言うと思ってたから、予め言うべき言葉は準備してあるんだ。
そうじゃないときっと、私はまた迷っちゃうから。
「銀太は帰るの。外に出れば銀太の人生が待ってる。それを無視したらきっと後悔するよ」
「でもっ、それじゃあ、もう二度と会えないかもしれない。だから、店長、俺は……っ」
「また会えるよ。きっとね」
最近わかるようになってきた。
この不思議な確信はきっと運命だ。運命の神様が、ミルラが私たちを導いている。
あの性悪な神は今もどこかで世界を見ているんだろう。そしておもむろにサイコロを振って、それすらも調律して運命にしたてあげる。
願えばきっと届く。求めれば与えられる。ミルラもまた、この優しい世界の神様だ。
「また会おう。言葉の続きは、その時聞くよ」
「……わかった。必ず会いに来る。だから、待っててくれ」
「うん。今度は待ってるよ。ちゃんとね」
前みたいな嘘は無しだ。いつかその日が来るまで、私はここにいる。
見上げた夜空はぼやけて霞む。一人で見上げる空はやっぱり寂しくて。
胸の中に受け取ったたくさんの温もりを感じて、私は静かに目を閉じた。