エピローグ 3話
夕暮れの港地区では剣戟が鳴り響いていた。
激しく巨剣を打ちつけるのはヨミサカ。大鎌で一撃必殺を狙うのはフライトハイト。
攻略組最強の二人が、今ここに雌雄を決さんとしていた。
「あ、来たですね。待ってましたよー」
「おー。こっちだこっちー」
シャーリーとおっさんに誘われて観戦席へと移動する。簡易的な決戦場の中心で、両雄は戦い続けていた。
「平和な世界にしたかったなぁ……」
「あいつらは無理だ。諦めろ」
「死ぬまでやりあうですよ。むしろ一回死ぬべきです」
「こらこらこらこら」
リスポーンが解禁されて、彼らは極めて冒険者的思考になっていた。死んでも生き返ればいいや的考え。そういうのよくない。
「死んだら治るかもですよ。なんたって前例があるです」
「いやいや。私の場合、色々特殊だから」
「この際聞いておきたい。あんなに戦闘狂だったお前が、一体何を見たらあそこまで丸くなったんだ?」
おっさんに聞かれて少し迷う。あればっかりは絶望を見てきた人にしかわからない。
実際朝日ちゃんの記憶を見たジミコは変わらず戦闘狂だったし。でも、そうだな、強いて言うとすれば。
「倒すべき敵を知ったんだ。私が抗うべきは絶望だったってこと」
「……そうか。大変だったな」
「相変わらずわかんねーです。ちゃんと説明するです」
「みんな死んで絶望して、巻き戻して頑張ったけどまた死んで、投げやりになってた時に朝日ちゃんの記憶見たの。で、世界守りたくなった」
「わっけわかんねーですよ!」
説明したのに怒られるとはこれいかに。
一行で分かる私の物語。大体合ってると思う。
「おっさんとシャーリーはなんで残ってたの?」
「シャーリーは帰りたくないですー! 現実なんてくそくらえー!」
「……こいつが帰るのを見届けるまでは帰れん」
おっさんは頭を抑えてため息をついた。苦労人だなぁ。
シャーリーもちゃんと帰るんだよ。きっと待ってる人がいるんだろうから。
「お前はどうするんだ?」
「決まってるでしょ」
「……そうだな」
答えなんてとっくに決まっていた。今更迷うこともない。
激しく切り合うヨミサカとフライトハイトの戦況は拮抗していたが、ヨミサカが【激神大崩脚】を構えたことで大きく動いた。一瞬のスキを縫ってモーションを済ませ、ヨミサカの放った激震がラインフォートレスを襲う。たまらず空中に逃げたフライトハイトを追いかけてヨミサカも飛び、戦場は空中へと移った。
裂空と裂破が激突し、凄まじい轟音とともに勝敗が決する。無事に着地したのは、ヨミサカだ。
「584勝対581勝。ヨミサカがまた一歩リードを広げたです」
「ごひゃ……っ、どんだけやってんの!?」
「さあな。あいつらも惜しいんだろ、この時が」
一戦を終えたヨミサカとフライトハイトはガッチリと握手をかわす。そして、私の方を振り向いた。
そのなんとも言えない顔にひらひらと手を振る。
「ああ、お前か。どうだ、一緒にやるか?」
「ヘラクレス呼んでもいいなら」
「……レイドボスを呼ぶのはズルだろう」
うちの子が覇王様にレイドボス扱いされてる。あいつ、本当に行くところまで行き着いたなぁ。
「タイマンは遠慮しとくよ。さすがに生身だとちょっとね」
「ふむ、そうだったな。システムを取り戻す術は無いのか?」
「あってもやらない。私にはもう要らないの」
「そうか」
残念そうなヨミサカにちょっとだけ心が痛む。でも、こればっかりはね。
「なら、生身になる術はないか? 対等の条件ならば良いだろう」
こいつやべえ。
生身でやりたがるとか正気の沙汰じゃない。痛覚100%なんだぞ分かってんのか。
「ヨミサカは本気で言うから困る……」
「ああ、本気だ。機会があれば本気でやろう。正真正銘の本気で」
「また今度ね……」
この人、現実でもバトルマニアなんだろうか。ヨミサカの私生活がちょっとだけ心配になった。
でも、ヨミサカじゃないけど生身には可能性があると感じた。
電子の体と生身とでは肌で感じられる情報量が違う。知覚領域を研ぎ澄ませられれば、あるいはシステムにより与えられるステータスを越えられるかもしれない。
「ところでフライトハイトはなんでまだいるの? 真っ先に帰りそうだったのに」
「君ね。まるでさっさと帰れと言わんばかりじゃないか」
「いや、純粋に疑問で」
あんなに脱出方法の捜索に血道を上げていたのに。いざログアウトが解禁された後も残っているとはかなり意外。
包み隠さず疑問をぶつけてみると、さすがのフライトハイトもちょっと凹んでいた。ごめんて。
「君に聞きたいことがあったんだ。いや……、君たちにかな」
「私たち? 朝日ちゃんは今いないけど」
「あぁ。独り言のようなものだから気にせず聞いていてくれ」
フライトハイトは夕日が沈む海を見て少し考えこむ。その顔には薄っすらとした疲労と、哀愁が漂っていた。
「僕はプレイヤーの先頭に立ちまっすぐこの場所を目指して進んできた。その果てにMyrlaというデスゲームは完全攻略されて、全てのプレイヤーは無事の帰還に成功した。この上ない勝利と言えるだろう。だというのに、迷うんだ」
「迷う?」
「僕の通ってきた道は、正しかったのか」
ひょっとしたらフライトハイトも、どこかで戦いに疲れていたのかなって。
なんとなくそんな気がした。
「正しいことなんて無いよ。きっとみんながみんな、迷いながら歩いてるんだ」
私たちは誰ひとりとして同じ道を歩かなかった。
私も、朝日ちゃんも、ジミコも。ヨミサカも、フライトハイトも、他のみんなも。神様たちだってそうだ。どいつもこいつもやりたい放題だ。
みんなが自分の信じる道を歩いて、それが行き着いた場所がここだったのなら、私たちの歩みは無駄じゃなかった。
「道が違っても一緒に行ける。誰もが同じことをする必要なんてない。それが共に生きるってことなんだよ」
「僕は……。僕らはこれから、君と違う道を行くかもしれない。それでも僕らは君たちと一緒に進めるのか?」
「私たちがそう望む限り」
突き出した拳は、みんなの拳にこつんと触れ合った。拳5つ分のぬくもりを確かに受け取って、大事に胸にしまい込む。
ヨミサカと、おっさんと、シャーリーと、フライトハイトと、それからいつの間にか来ていたジミコと。
私たちはこの美しい世界に沈む夕日をずっと見ていた。