エピローグ 2話
神殿から外に出る。今日も世界は美しい。
ラインフォートレスに戻るため、銀龍を呼びに楽園の端へと向かう途中。魂桜が見たくなってふと足を向けてみた。
桜並木の側にある泉のほとりに腰掛け、その人は桜を見ていた。
「ここ、お気に入り。色々見てきたけどここが一番好き」
私もここ好きだよ。楽園の貴重な釣り場として。
「ジミコはこれからどうするの」
「……世界征服に乗り出そうかな」
「まてまてまてまて」
今となっては数少ないシステムの力を持つ冒険者だ。その気になればできてしまうかもしれなかった。
観測者とかいいつつしっかりやりたい放題やってるよね。ジミコさんぱねぇよ。
「私は元からこの世界の人間。ログアウトしたって、行き先なんて無い。今まで通り。ずっと見てる」
「そっか。ジミコらしいね」
「でも」
ジミコは私を見上げる。その顔は、柔らかい笑みを浮かべていて。
華やぐように笑うジミコの笑みに、束の間心奪われた。
「見てるだけだけど、私も一緒に行っていい?」
「……もちろん」
泉のほとりに腰掛けて、桜を見上げる。きっと言葉は要らない。
耳をすませば賑やかな音が聞こえてくる。
音を立ててそこに在る世界の中、生身と電子の体の差こそあれど。
私たちは確かに生きていた。
*****
銀龍の背に乗ってラインフォートレスに降り立つ。ほんの少し人気が無くなった街並みを、私はゆっくり歩いていた。
行き交うプレイヤーの姿はほぼ無い。それが少し寂しくて、哀愁を感じながら前に進む。
職人地区の生産ドーム。かつてはラインフォートレスで最も活気のあった場所に誰かいないかと顔を出してみた。
花火があった。
「……何やってんの、リース」
人間花火と化していたリースに人語は届かない。異界人との交流は難しい。
しばらく待って、花火がおさまった頃合いにもう一度話しかける。
「できた……! やっと、できた!」
「何やってんですかリースさん」
「わっ」
よっぽど集中していたのか、リースは素で驚いていた。その顔には色濃い疲れがあったが、それ以上に一仕事やり遂げたいい顔をしていた。
「リースはまだログアウトしてなかったんだ」
「ええ……。この世界を去る前に、最後に何か残せないかなと思って」
そう言ってリースはインベントリから剣を取り出す。二振りの剣だ。
風を纏うその剣からは確かな力を感じる。名剣――いや、神剣の域にすら達した剣だ。鑑定こそできないが、その剣からは他の武器と一線を画す力を感じられる。
「あなたが残した『春嵐』をベースに作った、『天風剣エウロス』と『煌風剣ゼピュロス』です。受け取ってください」
「エウロスとゼピュロス……。え、いいの?」
「はい。あなたのための剣をと思って、作りました」
剣を手渡され、そのあまりの軽さに驚く。まるで風を握っているようだ。剣から発せられる風が私に伝わり、体が軽く感じられる。
馴染む馴染まないの問題じゃない。体の一部、いやそれ以上に二つの剣は私に溶けこんでいた。
「振ってみてください」
一度距離を取り、促されるままに剣を構える。風がふわりと漂って、今なら、行ける気がした。
目を閉じて一瞬の集中。最近奮わなかったけど、これなら。
「【千剣】――っ!?」
やろうとして、一閃を振りかけて、あわてて止めた。
ダメだ。力が強すぎて【千剣万華】なんてしようもんなら生産ドームごとぶっ壊れる。
一度落ち着いて、無難に【ダブルスラッシュ】を振る。空を裂いて風を巻き起こし、生み出された真空が風の流れを作り出す。たった二閃、それだけで生産ドーム内を強い風が駆け抜けた。
「……めちゃめちゃすごいね、これ。自転車にロケットエンジン積んだみたい」
「最高傑作です」
リースはその出来栄えに満足していた。ドヤ顔するのも納得の剣だ。というか、剣が強すぎて私の腕が負けてる。
これを使いこなすにはまだまだ修練がいるだろう。最近あんまり身が入ってなかったけど、今度本格的に鍛えなおそうか。
「後はもう一つ。こちらは職連の皆様から、あなたへと」
リースが渡したのは『飛空船ロイヤル・リリーの羅針盤』だ。生産職の魂そのものとも言う。
職連の技術の粋が詰め込まれたそれを受け取る。ありがとう。みんなの思いは受け取った。
「では……。名残は尽きませんが、私も行くとします。いつか、また会いましょう」
「そうだね。きっとまた会おう」
抱擁をかわす。涙は頑張って我慢した。
最後まで、笑顔で。笑ってリースを見送って、それから少し泣いた。