13章 7話
三人称視点
『……で。どうするのよ、この状況』
リグリは呆れたようにつぶやいた。その視線の先では、巨大カブトムシと50人の冒険者が激しく戦っている。
戦況はほぼ拮抗していたが、若干だがカブトムシに傾いていた。ともすればあのカブトムシ、ラグアより強いかもしれなかった。
『ふむ……。何はともあれ、この場を収めねばならんな』
「それは私がやりましょう。あの子に託されていますので」
カームコールに言葉を返したのは、一人の少女だ。
それは*****と同じ外見を持つ少女だ。しかし本物の*****は魂だけとなって、そこでヘラクレスに戦闘指示を出している。
ならばこの体に宿っているのは誰か。
『まさか……。朝日、か?』
「ご無沙汰しております、ウルマティア様」
*****の体に入り込んだ遠野朝日はぺこりと頭を下げる。
その仕草に見覚えがあったか、ウルマティアは目頭を抑えて空を仰いだ。
『そう、か。久しいな……』
「ええ。と言ってもこの体は借り物ですので、長くはいられませんが」
『それでもいい……。僕は、このために……』
あの時願ったのは遠野朝日だけではない。
ウルマティアもまた朝日との再会を願い、時間という対価を払った。それがゆえに極めて長い時を封印されたまま過ごすこととなったが、その果てに彼らは居る。
人と神の願いは溶け合い、不完全な形ながらも遠野朝日は戻ってきた。
「ラグア様。私はこの世界が好きです。こんなにも命が溢れる、生きたこの世界が大好きです」
『ええ……、そうですね。私も、私たちも。この世界を愛しています』
「ラグア様の危惧することはわかります。以前は私たちが、そして今回はあの子たちが。この世界は確かに二度の侵略を受けました」
人は望みのために侵略し、神はそれを跳ね除けた。たどり着いたのは決定的な衝突だ。
それを生存競争だとするなら。朝日はそれを否定する。
「神の干渉が世を歪めるのなら、力を求めるのも無理はありません。ですが、それだけが答えじゃない」
『……では、聞かせてもらいましょう。あなたたちの答えを』
ラグアはどこか切ない顔で遠くを見ていた。すでに戦う意志は無く、朝日の言葉を待つ。
「ただ共に生きること。それだけですよ」
『そうですね……。ただそれだけなのに、どうしてこんなに難しい』
「決して簡単な道ではないでしょう。争いこそが自然な形であるのかもしれません」
戦うことは簡単で、傷つけることも簡単で。
争わない道を選ぶことは、とてつもない過酷が待ち受けているのかもしれない。
「それでも誰かがいるのなら、どんな絶望も越えていけるから」
人と神とが見守るのは、どたばたした戦いだ。
音速を越えた速度で飛び回るカブトムシを、攻略組がなんとかして包囲しようと画策する。しかし*****の巧みな指示で包囲の薄い点を抜かれ、高空からのヒット&アウェイに苦戦していた。
既に目的を見失った戦いだ。それでも彼らは、笑っていた。
『ここに最後の絶望があります』
ラグアは深く息を吐き、覚悟を決めた。
絶望は終わらない。運命はどこまでも過酷だ。
『ログアウトは私を楔として封じられています。それを解くには楔を抜くしかない。それがどういうことか、わかりますね』
それを聞いても朝日の顔は変わらない。淡く笑い、ラグアを見上げる。
絶望に終わりがなくても、過酷な運命が道を閉ざしても。心折れても立ち上がり、何度でも世界を変える。彼女たちがしてきたのはそういうことだ。
朝日はただ手をかざした。朝日の内よりほとばしるのは運命の力だ。
「その必要はありません」
『……なるほど。あなたも、ですか』
「私たちだから、です。これはあの子の願いです。何かを変える術が欲しいと、そう願ったあの子の」
それは借り物の力だ。ミルラから預かってきた、本来なら*****に与えられるはずだった力だ。
しかし*****は記憶以外を拒み、その願いは朝日を通じて叶えられた。朝日の願いは*****に託された一方、奇しくも*****の願いは朝日に託されることとなった。
回りくどいことをする、と朝日は笑う。そのために彼女たちが引き合わされたことも含めて、結局は何もかも神の手のひらの上だったのかもしれない。
「あの子から言葉を預かっています。そのまま伝えますね」
遠野朝日の思念が*****に伝わる一方、*****の思念もまた遠野朝日に伝わっていた。
共に絶望を見てきた2人だ。行き着いた答えは、同じものだった。
「『1人では無理でも2人なら。2人でも無理ならみんなで。一緒に行こう。一緒に進もう。この世界に、絶望はもう要らない』」
運命が法則を書き換えていく。
弾けた光は6つに分かれ、神々の胸へと吸い込まれた。そして神の中で存在の定義が書き換わる。
その現象に神々は戸惑うばかりであったが、力を振るった朝日だけは理解していた。
神の中で楔としての役割は砕け散って再構成され、システムの断片は神の権限に加えられていく。ログアウトは完全にラグアの管理下に置かれ、今ならば彼女の意志ひとつで解放することもできるだろう。
そうあれと、世界は書き換えられた。
(――理解はできませんね。ミルラ、結局あなたは何を望んだのか)
神々を楔として一部のシステムを封印したのも、世界にシステムの法則を付け足したのも。そんなことができる存在はミルラしかいない。
しかし人間に運命の力を与えて、そのシステムを書き換えさせたのもまたミルラということになる。
その行動に合理性は無い。神の思惑は、人間には測りかねた。
(いえ、あるいは――)
ひとつの考えが朝日の頭を閃く。しかし、そのあまりに荒唐無稽な考えを、頭を振って消し去った。
今考えるべきことはそれではない。見上げれば、空に舞うのは魂桜の花びらだ。
それを眺めながら、いまだ戦い続けるやつらをどうやって止めようかと、思いを馳せた。