13章 6話
それは戦いでは無い。
それは狩りですら無い。
それはただのゲームだった。
「【風精の靴】を切らすな、足を取られるぞ。風をまとった鞭はフォートレスが受けろ。雷速の鞭は魔法職でも耐えられるが、回復の用意は常にしておけ。神技は気にしなくても良い。もう使った後のようだ」
高度な連携を取りながら攻略組はラグアを追い詰める。
抵抗は許さない。僅かなあがきすらも無効化し、一切の犠牲を作らず残酷なまでに効率的に戦闘を進める。
目指すのは完封。犠牲無き勝利。死神の群れは一方的にダメージを与え続ける。
その光景を、私はただ見ることしかできなかった。
『止められ、なかった……』
失敗した。
ダメだった。止められなかった。人と神との戦いが始まってしまった。
言葉が届こうともラグアは闘争を望み、それは死神の群れを呼び寄せた。
私はこの未来を――変えられなかった。
――いいえ、そんなことはないですよ。
朝日ちゃんの声が届く。
だとしても、結局ダメだったんだ。ここに行き着いてしまえば全ては手遅れだ。
人が神を討とうとも、神が人を討とうとも、私達の願いは叶えられない。確かに掴んだと思っていた未来は、今まさに手のひらから滑り落ちた。
――まだ終わってません。諦めるには早すぎます。
諦めたくなんてない。
でも、どうやって。手なんてもう無いんだ。
体は失い、残ったのは魂だけ。声だけで何ができる。何か手を考えようとも、道がないという現実だけが突きつけられるばかりだ。
何も出来ない無力さばかりが募る。
――違いますよ。あなたには願いがある。何かを変えられる、強い願いが。
…………。
だとしたら。
ここから何かを変えられるなら。まだ遅くないのかな。
――いいえ、既に変わっています。あなたの願いが、私の願いを引き寄せたのだから。
既に変わっている……?
私の願いが、朝日ちゃんの願いを引き寄せた? それってつまり、あの夢のこと?
――私が願ったのは人と神の融和。しかし私では無理と言われてしまったので、せめて誰かに願いを託すことにしました。まさか、こんな未来になるとはついぞ思っていませんでしたけどね。
ああ、そっか。
私とジミコだけじゃない。朝日ちゃんもミルラに願ったんだ。
そしてそれは、私を通して叶えられた。
――かの神より言伝を預かっています。一言一句、そのまま伝えますね。
朝日ちゃんの言葉を通じ、ミルラは語る。
――『これはお前の時空。これはお前たちの運命。全ての線は過去に始まり、今ひとつの点が未来に行き着こうとしている。終着点で我は待とう』
その言葉とともに巨大な概念が私の中から立ち上る。触れた瞬間、理解した。
これは運命。時空を越えて混ざりあった、私たちの運命。
迷いねじ曲がり、何度も打ちのめされたけど。過酷な運命に諦めてしまったこともあったけど。
それでも私は、私たちは。
進み続ける。
――諦めないでください。私たちはもう、
『ひとりじゃない、だよね』
どれほど過酷があろうとも、私たちは進み続ける。
痛いほどの覚悟と、優しさに溢れた決意を胸に抱いて。
私は心に光を灯した。
何をするべきかは分かっていた。体から溢れ出す運命が教えてくれる。
消えそうな体で、ただ手を伸ばした。
『あなた……、一体何を……!?』
ほとばしる運命を感じ取ったのか、リグリが焦る。
何をって、今までずっとやってきたことだよ。未来なんて何度でも変えてやる。
『これは――、この力は……。そうか、朝日は、君に託したのか』
依然ラグアに縛られたままのウルマティアがそうつぶやく。
これは朝日ちゃんから託された願い。長い時の果てに私が受け取った運命。
『人は分からんな。何をしでかすかまったく読めん。だからこそ面白い』
アーキリスは腕組みをしたまま、興味深げに言った。
ま、これはとびっきりのズルだから。こんな無茶苦茶ができるのも今回だけだよ。
『ふははははは! なんだかよくわからんが、やってみると良い!』
爆笑しながらゼルストは手を叩く。
ぶっちゃけ私も何が起こるかなんて分かってない。だからもう、全力で運命を叩きつけるだけだ。
『お主……。それは世を歪める力だ。しかし止めはしない。存分にやるとよい』
カームコールからのゴーサインが出た。やっぱこのおじいちゃん甘いから好きだ。
その言葉で確信を持つ。これは神の領域にある力。無闇に使えば世を歪める力なんだろう。
『……そうですか。やはりあなたは、神に選ばれたのですね』
違うよラグア。
私じゃない。私たちだ。
溢れんばかりの運命が世を歪める。次元が軋み、ひび割れ、砕け散る。
はじけ飛んだ次元の裂け目から、巨大な存在が姿を表した。
黒い光沢を持つ二本の角に、黄褐色の外翅。大きく広げた翅はほとばしる運命を吸収して燦然と輝く。
『来いっ――』
呼び出すのは最強の下僕。
数多の死線を共に越え、苦楽を共にした唯一無二の友。
たとえ次元の彼方に幽閉されようと、必ず彼は舞い戻る。
次元の壁をぶち破り、時空の境を飛び越えて。彼は再び空に舞う。
その身に課せられた運命を越え、存在の定義すら越え、限界を越えた空でさらなる高みを目指す。
そう、彼の名は。
『ヘラクレスオオカブトムシ――!』
ヘラクレスオオカブトムシです。
朝日ちゃんから受け取った願い。人と神との融和。それを果たすために、かの神が遣わしたカブトムシ。
ちょっと言ってて苦しくなってきた。ぶっちゃけ人選ミスだと思う。あの神マジで何考えてんだ。
しかもメタリック外装じゃなくて生ヘラクレスだし。なんか巨大化してるし。もうわけがわからん。
派手なエフェクトを撒き散らしながら召喚されたヘラクレスは、人と神との視線を一身に受けて優雅に空を舞い、相対するラグアと攻略組の間に降り立った。
…………。
『…………で?』
「いや、こっちが聞きたい」
至極真顔でフライトハイトが言った。この場にいる人と神は、きっと今同じ感情を共有していた。
何しに来たんだこいつ。
召喚した私にも白い目が向けられる。いやだって、しょうがないじゃん。あの神が呼べって言ったんだもん。そりゃ呼ぶでしょ。
『ラグア、フライトハイト。一度剣を収めて。私たちは分かり合える』
「ここからシリアスはちょっと無理なんじゃないか?」
『うるせえ黙れお子様ランチ食わすぞ』
「暴言が雑すぎる」
ヘラクレスを攻略組の方に差し向ける。全長3.5mの巨大カブトムシに向かい合う攻略組は、とても嫌そうな顔をしていた。
もうなんでもいいや。やるべきことは時間稼ぎだ。後はあの子に任せよう。
「余興と言うにはナンセンスだ。が、嫌いではない」
一歩足を踏み出したのはヨミサカだ。そしてその巨剣で、ただ戦意だけを示した。
「お前とは決着をつけたいと思っていた」
『言っとくけど、やるってならルールは無いよ。正真正銘全力で相手してあげる』
「委細承知」
私(が操るヘラクレス)とヨミサカは臨戦態勢を取る。ひりつく死線が一瞬の内に形成され、これ以上なくグダグダなラストバトルがはじまった。