3章 2話
「ってわけだから、さっさと作っちゃいますよ」
「いや、うぅん……。もっとこう生産にかけるこだわりとか、使用者の使いやすさを考えたりとか、そういうのは無いのかの?」
「あのねぇ……。分かってないようなら教えてあげよう。創意工夫ってのは後発弱小生産者が生き残る術なんだよ。私は農地と『救命草』という2つの強固な生産基盤を手に、錬金業界最大手に成り上がるの。小細工なんて必要ない。豊富な資源と先端技術に物を言わせて米帝プレイするんですよ」
「面白そうな話をしてますね」
後ろから声をかけられて振り向く。びっくりした。
その顔を見て、懐かしさに口元だけで笑う。まさか彼女とまた会える日が来るなんて思ってもみなかった。
ただ二周目ではまだ面識が無いから、軽くとぼけとこう。
「どちら様?」
「リースです。鍛冶屋の方をさせてもらっております。あ、プレイヤーですよ」
「ラストワンだよ、よろしくね」
「生産職とお見受けしますが……、専門は錬金ですか?」
「んーと……」
錬金はやる予定だけど、別に専門ってわけじゃないし。
「特に専門とか決めてないけど、あえて言うなら消耗品全般かな。そっちは鍛冶専門なの?」
「ええ。より詳しく言うなら金属加工を担当していて、主に刀剣類と重鎧を生産しております」
鍛冶屋のリース。間違いなく生産職ガチ勢だけど、本人はそう言うと絶対に否定する。
真面目に生真面目を上塗りしたプレイスタイルで、素材供給の難易度から生産界隈で最もマゾいと呼ばれる金属加工をぶち抜いた奇跡の人だ。
リースは特別PSが優れていたり奇天烈な才能を持ってたりするわけじゃないけど、ただの真面目さ一本で攻略組の速度に食らいつき、最前線の素材を加工しては攻略組を始め前線に装備を供給しまくっていた。攻略組の補給状況はかなり悪かったとは言え、なんとか戦ってこれたのは最前線で通用する装備をリースが作れていたことが大きな理由だ。
「して、ラストワンさん。不躾なことを聞きますが、先ほど大変興味深いお話をされていたようですね」
「あー……。まあその、あれは言葉の綾と言いますか。創意工夫を否定するつもりは無いんですよ?」
「ああいえ、そういうことが言いたいのでは無くてですね。ただ1つ、どうしても聞き逃せないことがあって、こうして声をかけさせていただいた次第です」
「ほほう、と言うと……。米帝プレイってところかな?」
ちょっと声を潜めると、リースはこくりと頷いた。
「金属加工は鉱石がなければ始まりません。しかし現状、鉱石の採掘できる場所はフィールドのみ。通常のゲームであればそれでも問題は無いのですが……」
「分かるよ。デスゲームじゃフィールド素材を採るのも命がけだ。加えて言うなら消極的なプレイヤーが生産職に回った結果、フィールド素材は軒並み需要過多で価格がうなぎのぼり。それが直撃した結果、生産っていうシステム自体が停滞しつつあるんだよね」
「ええ。今はまだそこまでは至っておりませんが、状況は概ねその通りです。ですが、あなたの口ぶりによると錬金ではブレイクスルーがあるようですね?」
この素材問題ってやつは解消されることが無い問題だ。序盤のフィールドならともかく、中盤、終盤と行くに連れて最前線で素材採集ができる人口はどんどん限られていく。素材の供給量は減る一方で決して増えることはない。
「残念だけど、錬金の米帝プレイは農業が肝になっている。鉱石は畑からは採れないからね、鉱石を安定供給する術は無いと思うよ」
「そうですか……」
「ただ、問題を解決するのは何も鉱石の安定供給だけじゃない」
一周目において、素材問題は最後まで根本的な解決には至らなかった。だがそれでも、事実として最前線に一線級の装備を供給することは可能だったんだ。
素材問題を場しのぎ的に解決する術ならある。なんてことはない。誰でも思いつくような方法で、しかも放っておいても自然淘汰的に為される術で。
「それは、一体……?」
「んーと、大きく分けて術は2つあるよ」
ぴっと指を一本立てる。
「まず1つ目が、素材をみんなで採りに行く。デスゲームだってみんなで歩けば怖くない」
「それは……。まぁ、そうですね。他には?」
普通のことを言ってみた。リースのテンションが1下がった。
「待て待て、落胆するのはまだ早いよ。採りに行くメンバーってものがある。扱う素材ができるだけ被らないように、生産職人で横のコミュニティを作るんだ」
生産界隈にも色々ある。
大きな分類だけでも、金属加工、皮革加工、縫製、木工、錬金、工芸、料理、etc...
更に小分けすれば、鍛造鍛冶、鋳造鍛冶、弓杖職人、金属鎧製造、革鎧製造、布装備製造、アクセサリーにポーション類に家屋、船舶、魔道具と枚挙に暇がない。
種類が多い分、それぞれの職人が扱う素材は被らないことが多い。
「素材を自力で採りに行く根性のある生産職だけを募って、その内部でだけ素材を融通しあうの。少なくともコミュニティの中では素材不足は緩和されるし、一緒に素材採集しに行けば安全度もかなり上がるよ」
「しかしそれではあまりに閉鎖的すぎませんか? 独善がすぎるように思います」
「独善で何が悪いの?」
他人に配慮したって良いこと無いんですよ。残念ながら。
みんな仲良く物作りしましょうの精神は美徳だけど、Myrlaの生産システムは基本的に1人で完結している。同系の職人と協力する利点が無いと来たら、待っているものは技術競争だ。
ことMyrlaにおいて、技術競争は熟練度というわかりやすい指標で表される。
「2つ目はもっと簡単で、熟練度を上げればいい。これは素材持ち込みにおいてのアドバンテージを狙ったものだね」
「素材持ち込み?」
「生産職と最前線の差が開いていない今はまだ活発には行われていないだろうけど、差が開いて生産職が最前線について行けなくなると、攻略組が素材持ち込みをするようになるんだ」
生産システムと戦闘システムは完全に独立していて、生産を頑張ったから戦闘で役に立たなくなるってことは基本的には無い。その気になれば生産と戦闘を両立させることもできる。
ただしかし、ここでも時間という貴重な資源の配分が課題になる。単純な話、生産職が生産してる時間を全て経験値稼ぎに振ったのが攻略組だ。当然時間が立つほど差は開く。
攻略組は全てのサブコンテンツを投げ捨ててレベリングを進めている。狂ったように回り続ける経験値カウンターを止める術は無い。
「ここで問題。あなたは攻略組の一員で、今から素材持ち込みで生産依頼をしようとしています。やってきた職人地区には職人たちがたくさん居ました。あなたは誰を選びますか?」
「……なるほど。選ばれるのは一番熟練度が高い職人、ただ1人ですね」
「そゆこと。知名度とかツテとか、そういうのもちょっとは影響されるけど、一番は熟練度だね。一番熟練度の高いただ1人にのみ生産依頼が集中し、他の職人たちとの熟練度の差は開く一方になる」
「それはまたなんというか、バランスが悪いというか独善的というか、MMOらしいというか……」
「まあ言っちゃえば、加工系の生産スキルなんて誰か1人がカンストさせればそれで十分だからね」
Myrlaにはスタミナシステムなんて無いし、生産にかかる時間だってそう長くはない。ただ1人の職人が前線全員の装備を作ることも理論上は可能だ。というか、一周目の時のリースはそれをやっていた。死んだ顔になって、来る日も来る日も同じ場所で金床を叩き続けていた。
「ってわけです。ヒントにはなったかな?」
「ええ……。両手を上げて万々歳とは行きませんが、1つの解決策であることは確かです」
「リースはお人好しだなぁ。MMOなんて出しぬいてなんぼのゲームなのに」
「オンラインゲームですからね。みんなでわいわい遊びたいんですよ、私は」
デスゲームでもエンジョイ勢とはなかなかやるな。それでいて生産覇者の座まで上り詰めるんだからつくづく只者じゃない。今はまだ只者だけど。
「ところでラストワンさん。1つ疑問なんですが、あなたはそのコミュニティと言うやつを作らないのですか?」
「や。私、フィールド出るの怖いもん。パスだよパス」
「…………」
ラストワンちゃんレベル1。外には怖いお化けがいっぱいいるから、ずっと街中で遊ぶのよ。よろしくね。
「ってのは冗談で。錬金素材は農場で賄えちゃうから、今のところフィールドに出る必要が無くってさ」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
「だから悪いけど、コミュニティの立ち上げにも協力できないんですよ」
「言い出しっぺの法則って知ってますか?」
「そんなこと言われましても。フィールド出たくないでござる。安全な防壁の中にぬくぬく引きこもりたいでござるよ」
「何キャラですかそれ……。仕方ないですね、なんとか人を集めてやってみます」
頑張ってください。ラストワンは頑張るトッププレイヤーを応援しています。
フレンド登録を交わし、リースは礼を言って去っていった。
「むにゃ……。お嬢ちゃん、お話は終わったかの?」
「居たんだじいさん」
「お嬢ちゃんの話は難しくてわからんわい。みんな平等でええじゃないの」
「これだからゆとりジジイってやつは」
「なんじゃそのパワーワードは」
ずっとほったらかしにしてた薬草の粉末を、錬金釜に張った水の中に叩き込む。クラフトウィンドウを表示して自動クラフトをポチリ。がっこんがっこん加工されて、『低級ポーション』が山ほど出来上がった。
「ああっ! また自動クラフトをしおって! 水磨きとか挽き方とか蒸らしとかウマミを引き出すエッセンスとか隠し味とか色々あるのに!」
「コーヒーか。どうでもいいじゃんそんなの。結局質より量なんですよ。世の中コーヒーって言ったら自販機のボタン押したら出てくる奴が一番愛されてるんですよ」
「またそういう方々に喧嘩を売るようなこと言いおって!」
完成した低級ポーションを一本飲む。体力が回復した。
味のほうは、なんというか、その辺に生えてる草を粉にして水に溶かしたらこうなるよねって感じの味だ。
つまり、だ。
「くっそまじぃ」
「じゃろ! そうじゃろ!? 今なら美味しいポーションの淹れ方を教えてやらんでもないぞ? ん? どうする? どうするぅぅうう??」
ジジイうぜぇ。
販売カウンターに行って『蒸留水』を1スタック購入する。錬金釜に1スタック分の『蒸留水』をぶちまけ、その中に謎の種から採れた『フラッシュストレートフルーツ』を放り込む。それからまた自動クラフト。
「何作ったんじゃ?」
「『フラッシュストレートジュース』だよ。私、この味好きなの」
もっかい薬草を1スタック粉末に加工して、『フラッシュストレートジュース』に放り込む。自動クラフトでがたがたごとん。『低級ポーション・フラッシュストレート』が山ほどできた。
一本飲む。不味くはないけど特別おいしくもない。強いて言うならミネラルウォーターみかん果汁入りって感じ。味は普通だけど飲みやすいおかげで、戦闘しながらがぶ飲みしても味が気にならないのが利点だ。
じいさんにも一本渡してみる。
「飲んでみ」
「ふ、ふん。多少手を加えようと所詮は自動クラフト。これも先ほどの草水とそう変わらな……、なんじゃこの味はあっ!? 薬草の苦味や青臭さが完全に無くなっておるぞっ!?」
「細かいボケをありがとう」
「しかし、どういうことじゃ? 実はお嬢ちゃん、ワシに隠れて美味しいポーションの研究でもしておったのか?」
「それは秘密。まあ、ポーションのテンプレレシピなんて大体決まってるんですよ」
ポーションなんてまっさきに研究され尽くされたジャンルだ。私みたいな元最前線の住人でも有名どころのテンプレレシピくらいは知っている。
「て、テンプレとな……。お嬢ちゃんには人間味が無いのう。物づくりの一番楽しいところを捨ててでも、容赦なく効率を突き詰めおる」
「そりゃ手探りプレイが一番楽しいんだろうけどね」
――こんなこと、NPCに言っても詮無いんだけど。
「私はこんなデスゲーム、真っ向から楽しむ気なんてさらさら無いってこと」