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プロローグ 1話

よろしくお願いします

「ああああああああああッ!!」


 雄叫びを上げ、双に構えた剣を休むこと無く振るい続ける。

 剣を振り、足を上げ、立ち位置を変えては何度も斬りつけ、飛び上がって頭上を取り、斬撃を振り落として、フェイント混じりの拳を叩き込む。

 されど、それらの攻勢は全て受け流された。


「まだやるの?」

「当たり前だッ!」


 猛攻を受け流しながら、なんでもないように問いかけたそいつに唾を吐く。

 ここまで来て今更諦めてたまるものか。簡単に諦められるようなことだったら、ずっとずっと前に諦めてる。

 必要なのは問答ではなく、研ぎ澄まされた殺意だ。一速、また一速とビートを上げて、速く速く切り刻む。

 それでも有効打は一打として入らないまま、剣戟だけが重ねられていく。


 通らない。届かない。もう一速、まだ一速、行動を最適化してより高いDPSを追い求めて、それでもまだ遥かに届かない。

 それほどまでに実力の差が隔絶しているんだ。私は弱く、こいつは強い。そんなことは最初から分かっていたけれど、でも、何をどうしたってこいつを殺さなきゃならない。


 ほんの一瞬だけ集中が緩んだ間に、防戦に回っていたそいつが蹴りを放つ。スローモーな世界の中、見えているはずの蹴りに、技後硬直で伸びきった体は反応できなかった。


「がッ……!」


 それが放ったのは武器による剣閃ですらなく、ただの蹴りだった。その蹴りは吸い込まれるように腹にめり込み、強烈なノックバックに勢い良く吹き飛ばされた。

 ごろごろと床を転がり、壁にしたたかに叩きつけられてようやく止まる。


 すぐに立ち上がろうとして、猛烈な頭痛が頭を揺らす。スタンだ。


「ねえ、まだやるの?」

「っ……」


 頭痛が収まるにつれて少しずつ体の自由を取り戻していく。そいつはその間、悠長に待っていた。

 息を吸って、大きく吐く。少しだけ気分が楽になる。


「まだ、だ……!」


 立ち上がり、痺れの残る体を跳ね飛ばして走りだす。双剣を交差させて突撃し、首筋目掛けて大ぶりの斬撃を放った。

 そいつはそれを避けようともせず、軽く構えた長剣を上から下に振り下ろす。


 私の双剣とそいつの長剣が正面からぶつかり、そして、紙を裂くように私の双剣が切り落とされた・・・・・・・


「ねえ、」


 手の中で武器が砕け散り、目を見開く。

 そんな私を気だるげに見下ろしながら、それは何でもないように問いかけた。


「まだやるの?」


 その問いには答えられなかった。

 床にへたり込んで見上げる。もう手がない。剣は折れ、策はとっくに尽きた。

 言うまでもない、負けたんだ。


「それでも……」

「もう諦めてさ、さっさと楽になりなよ」


 そうか、私は死ぬのか。そりゃそうだ。だって負けたんだ。負けたら死ぬんだ。

 それは何度も繰り返されてきたことだし、負けて死んだのは私だけじゃない。私の仲間も、みんな負けて死んでいった。

 私はただ、最後に負けたってだけだったんだ。


 首筋に長剣が添えられて、そいつは覚悟はいいかと問いかける。

 まだ、まだ死ねないのに。諦めたら何もかも終わってしまうのに。それでも体は鉛のように動かない。


「だいたいね、準備が足りないんだよ君たちは。よくもそんな生半可な備えでこの僕を殺そうと思えたね」

「……時間がなかったんだ。一秒でも速くこの世界を脱出しないといけなかったんだ」

「それで全滅してりゃ世話ないね。呆れを通り越して悲しみすら覚えるよ」


 事実として攻撃を当てる段階にすら達してないじゃないか、とそいつはうそぶく。

 たとえ準備が万全で、最高の装備と最高の人員を揃えたとして、私たちはこいつに勝てたのだろうか。

 いや、それでもかなり分の悪い戦いになっただろう。こいつはそういう風に作られている。


「何はともあれ、このゲームは僕の勝ちだ」


 ……それでも。

 どんなに分が悪い戦いだとしても。

 たとえもう手がなくても。勝ち目が無くても。


「負けられないんだよね」


 ふらりと立ち上がり、武器を抜く。剣はもう無いから鞘を抜いた。

 刃がついていないだけだ、これでも戦える。これでも私は、こいつを殺せる。

 ただ一心にそう信じた。そうしないと立ち上がることすらもできなかったから。


「どうして、そこまでして」


 そいつは距離を取り、長剣を構えた。その声音には困惑と、わずかな恐怖が混じる。

 何もかもで負けていたけれど、気持ちでは勝っていたようだ。淡く笑って目を閉じる。


「願いが、あるんだ」


 言葉を紡いで形にする。たとえ体が死んだとしても、絆が途切れてしまわないように。


「皆の祈りが、託された想いが、信じた絆が、触れ合った心が、あるんだ。絶対に無駄にしちゃいけない、無かったことになんてできっこない、大切で、愛おしくて。……願いが、あるんだ」


 1つ1つ思い出しながら、言葉に変えていく。これはきっと、遺言だ。


「弓職人のジミコは良い相棒だったよ。口数が少なくて戸惑ったこともあったけど、あの子は誰よりも優しくて、辛いときはいつだって側にいてくれた。

 死軍のシャーリーは不器用だけどいい子だった。他人なんて気にしない振りして、結局誰かを助けたくて頑張ってる。素直になれないお人好しだったね。

 NINJAのおっさんは苦労人だったなあ。私たちの無茶苦茶のフォローをしてくれてたのは、いつだっておっさんだった。外の世界に戻ったら肩とか揉んであげたかったな。

 巨剣のヨミサカは最高のリーダーだった。どんな時だって強く前を見据えて、ちぐはぐな私達を強引に引っ張ってくれた。ヨミサカがいなけりゃ私たちはここまで来れなかった。

 パーティの皆だけじゃない。鍛冶屋のリースも、部長のフライトハイトも。どいつもこいつも最高の仲間たちだったよ」


 でも、と前置きをして、言葉に変えた。


「みんな死んだ」


 そいつは存外静かに聞いていた。相変わらず長剣は軽く構えたままだが、微動だにすること無く聞いていた。


「みんな、みんな、この世界で死んでいったよ。この鳥かごの中でお前にねじ切られて死んでいった」

「僕を殺そうとしたくせに自分たちが死ぬのは嫌なの? 随分と身勝手な理論を恥ずかしげもなく振り回すんだね」

「何が正しいとか、何が間違ってるだとか、身勝手だとか不公平だとか、そんなものはもうどうだっていいんだ。大事なことは一つだけだよ」


 ぐっと足に力を込め、前に立つ敵を強く見据える。瞳に炎を宿し、焼きつくさんばかりに強く、強く見据える。

 その身に戦意を迸らせ、漏れ出る殺気はゆらぐ陽炎を生み出す。体の隅々まで気力を漲らせてそこに立つ。

 誰かが私を『狂人』と呼んだ。その誰かはもういない。たとえ誰に呼ばれなかったとしても、私は――。


「お前は、私が殺す」

「あは、いい顔だ。そういえばその顔が見たくて、君を最後にしたんだっけか」


 そいつは背伸びをすると、長剣を構えなおして剣先を私に向ける。少しはやる気になったようだが、その目は見開いて、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。


「名前教えてよ。これから君の首は僕のコレクションになるんだけど、表題が無いと名無しさんになっちゃうからさ。最近増えたコレクションはどうも名無しさんが多くて困っちゃうよね。

 ああでも、君のおかげで僕のコレクションの中の7つに名前がついたんだった。ジミコにシャーリーにおっさんにヨミサカにリース、それからフライトハイトだっけ?」

「好きに言ってればいいさ。どうせお前はこれから死ぬんだ」

「仕方ないなぁ。僕の名前はウルマティアだ。ほら、君も名を遺しなよ。ちゃんと覚えておいてあげるから」


 舌打ちと共に名乗りを返す。それを最後に、言葉は無かった。


 そして私とウルマティアは剣戟を奏でる。

 長い長い剣閃の交差の末に、私の持つ2本の鞘が砕け散り、静かに目を閉じた。


(…………死んで、)


 目を開き、双眸に宿す炎を猛々しく燃え上がらせる。祈りを、想いを、絆を、心を、そして願いを。私の中に積み重なったありとあらゆるものを媒介に、瞳の炎は強く強く燃え上がる。


「たまるかああああああああああああああッ!」


 その叫びを最期に、私の首は滑らかに切り離された。


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