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お花屋さん ー秋ー  作者: ニケ
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月光に輝く

出ていってしまった速水の後ろ姿をぼんやりと見送った後、西森はしばらく閉められた扉を見つめていた。こんなに激しく波打っている心が余裕ができたからだなんて。速水は何を言っているのだろう。聞きたいことがいっぱいあるのに、当の本人はもうここにいない。西森はため息をついた。



「速水さんは、やっぱりずるい人だ。そばにいてもいなくても、心を乱してくる」



悔しいような悲しいような。出ていった速水がなんだか幸せそうで、憎みたくても憎めない。もどかしいざわめきが心の奥からクツクツと溢れてくる。西森は思わず口を尖らせた。どんなにここでふて腐れても速水はいない。急に可笑しくなって一人笑った。手元にあったポカリはもうぬるくなっている。そっと頬に当ててみるとペットボトルなのに優しい感触がした。



部屋を出て旅館のロビーに行くとなにやら周りが騒がしい。不思議に思って歩みを進めれば、奥の方から女将の姿が見えた。少し足早に大浴場の入り口で掲示板を書いているアキラに話しかけて、首を傾げている。何かあったのだろうか。



「あら、西森くん。ゆっくりしていていいのに。でも、ちょうど良かったわ」



困った顔が柔らかく明るくなっていく。女将の安心した表情が無性に嬉しくて西森はふわりと笑った。



「実はね、持病を患っているお客様がいらっしゃって。長期滞在を希望されているのだけど。。。」



明るくなった女将の顔がまた曇った。難しい持病なのだろうか。この田舎町ではそういう客は珍しくはない。空気が澄んでいて雄大な自然が広がる田園風景とゆったりとした温泉。心も体も休息を求めてやってくる。自然に欲してここに導かれるようにやってくるのだと西森は感じた。



かつての自分もここの何とも言えない温かくて優しい雰囲気や心の奥を真っ直ぐ見てくれる人の心に惹かれた。大好きでずっとここにいようと決めたことは大きな決断だったが、自分の心のままに従って良かったと心から思う。都会の暮らしも長い間こつこつと貯めていた貯金もすべて投げうった。人間関係も淡い期待も絶った。持ってきたのは自分という存在だけだ。



「そうですか。ふふふ、わかる気がします」



都会にいた頃は自分のことを頼りない穴だらけの存在だと思っていたのに、今ではこんなにも豊かで温かい繋がりに恵まれている。ここに惹かれるその人のことを西森はとても愛しく思った。



「?西森さんってなんていうか。。どっしりしてますね」



隣で静かに聞いていたアキラが目を丸くして西森を見ている。女将も同じような表情をしていて思わず西森は笑ってしまった。もっと儚い印象だったのに。ぼそっとしたアキラの呟きがさらに笑いを誘う。女将は驚いた後西森に釣られて笑っている。



「なんだか頼もしいわね。そうだわ、西森くんって普段は繊細そうなのにいざって時は落ち着いているものね」



満足そうに女将は頷いた後、その客について話を続けた。



「親子で一緒にね。お父様が車椅子の生活で、娘さんが支えていらっしゃるわ。あまりお話にならないけれど。。」



気になる点があるのか、もう一度女将の顔が曇る。女将が言うには、二人はお互いに話さないらしい。父親はそれはそれは無口でいつも眉間に皺がよっていて、娘も諦めたように話しかけないそうだ。



「親子なのに。。?親子だから、かな」



身近な存在だからこそ、許せないこともある。こうしてほしいという期待も深く強くなってしまう。東京に残して縁が切れてしまった自分の両親を西森は懐かしく思った。後悔はしていないが、胸が痛む。旅館に来ている親子はまだ完全に縁は途切れていない。自分にできることがあれば、力になりたい。



「長期滞在ですか。。この辺りには医者がいません。もし何かあった時に、対応ができませんね」



アキラの指摘に女将が大きく頷く。せっかく旅館を気に入ってくれた大切な親子を無下にはしたくない。医者となればここから車で一時間ほどかかる大きな病院にしかいない。



「兄貴は医者免許持ってるけど、忙しいだろうし。こういう時、ちょっと困るな。。。」



アキラが手持ちぶさたに携帯をくるりと回した。田舎町特有の何もないことがマイナスになってしまう。知り合いの医者もいない。速水が帰ってきたら相談してみよう。ここでこうしていても始まらない。西森は明るく、しょうがないよと笑った。



「笑顔を無くした人が、ここに集まる気がする。伝わればいいな。温かい、何かが」



もう会えなくなった両親をその親子に重ねているのかもしれない。自分のようにはなってほしくなかった。



あれから女将とアキラは仕事に戻り、西森も夕方の花籠作りに繰り出そうと服を着替える。親子と聞くとどうも心がざわめく。同性しか愛せないことを許さなかった両親。冷たく光る二つの目が瞼に消えた。



「速水さんに会いたい。。うーん、俺、情けないかも」



ありのままがいいと言ってくれた速水の優しい目を思い出す。冷たさと温かさと、不思議な痛み。うまくいかないものだ。



「生んでくれた両親のこと、忘れたくない。でも、辛いな」



認められないのは、辛い。受け入れられないのも、辛い。弱くなってしまった心を西森は励ますように大きく息を吸った。この痛みを忘れない。ただ受け入れよう。



「よし!花籠、花籠!」



速水はどうやら遅くなるらしい。どこか楽しげに出ていった後ろ姿が少し憎らしい。ウジウジと悩む西森を速水はいつも温かく見守ってくれる。なんだか照れ臭く、同時に悔しくて西森は綻んだ自分の頬を軽くつねった。



自転車のペダルを強く踏む。もうすっかり肌寒くなった風を全身に感じる。この愛しい田舎町をゆっくりと回った。秋になれば満開の秋桜。白や桃色の可愛らしい花が顔を覗かせる。花が好きだ。花は何も言わないのに元気をくれる。胸の辺りを締め付けていた痛みが柔らかくなるのを感じた。



「やっぱり、秋桜かな。元気をわけてね」



いつものように花たちへ感謝を伝えると一つ一つ丁寧に摘んでいく。お互いに話さない親子のことを想いながら、昔の自分と両親を想いながら。離れた心が少しでも繋がればいい。きっかけになればいい。



「あの。。あの!もしかして、この前のお花屋さんですか?」



急に表れた人影に西森は驚いて体を震わせる。固まってしまった西森に人影はすまなそうに頭をかいた。その顔には見覚えがある。温かくなった春。祖母の花屋で出会った人だ。驚いた顔で見上げる西森にその人は笑って見せた。



「こんにちは。一生懸命、花を摘んでいるんですね」



あの時はとても沈んだ顔をしていたのに、今では穏やかに笑っている。なんだか嬉しくて西森は大きく頷いた。春から半年も経っていない。大切な人を亡くして暗い顔をしていたその人は、深い優しい眼をしている。



まるで、途方もない長い年月を過ごしてきたかのように。



あれから何があったのかその人は話してくれた。仕事にも復帰して忙しく過ごしている。今日は亡くなった妻に無性に会いたくなって、またこの田舎町にやってきたそうだ。ここにくると妻を思い出す。優しい温かい気持ちになれると。



「私は、妻が亡くなってからホスピスに興味を持って。死と向き合う患者さんのサポートをしているんですよ」



あれだけ欲しかった名声も出世も興味がなくなり、目標を失ってただ事務的にこなすだけの日々。助けてくれたのは妻だったと笑った。亡くなってからもこうして支えられている。不思議なものだ。



「人は亡くなるとそれっきりだと思っていました。命が尽きると今までの思い出も、共に生きた日々もすべて消えると思っていた。けれど、違ったんです。繋がってるんですね、今でも」



まるで妻がここにいるようですよ。胸に手を当てておどけてみせる。その人はとても幸せそうで西森も自然と顔が綻んだ。最愛の人を亡くして得たもの。命が消えても繋がっている。遺してくれたものがある。すべてが消えるわけじゃない。



「私も旅館に戻ります。お仕事が終わったのなら、一緒に行きませんか?」



出会った春には見られなかった穏やかな瞳。西森は嬉しくなって何度も頷いた。

お久しぶりです~!なんと!1年と2ヶ月ぶり!いやー!胸がジリジリしました。すごく不思議なエネルギー!出会ってほしいなぁ、読んでほしいなぁと心から思います。出会ってくれたあなたの心に温かいものが届きますように。心を込めて。読んでくださってありがとうございます。。!

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