月明かり
淡い光がキラキラと輝いて湯船を照らしていく。速水の優しい手の温もりが西森の頭を何度も撫でた。だんだん速水の言った意味がわかってきて嘘みたいに心が弾んでいる。嬉しくて速水の顔を見上げるとそこには穏やかで温かい笑顔があった。
やっぱり、一緒にいるって良いな。
速水を見つめていると自然と優しい気持ちが溢れてくる。先程まで腹を立てて拗ねていたのに。もうすっかり夢心地だ。速水の手を捕まえて近くに引き寄せる。武骨な大きい手。この手が煌めく指輪を作り優しく頭を撫でてくれた。西森はこの目の前の手を優しく両手で包み込む。精一杯の感謝と愛しさを込めて大切に握りしめた。
「西森。。ただいま。お前の元へ帰ってきたよ」
目を閉じて大人しくなった西森を速水は優しく見つめている。掴まれた手をそのままにのんびりと見守った。西森の指に光る指輪。女将から、この温泉は成分が優しいので指輪をつけても大丈夫だと許可をもらったらしい。西森から何度も聞かれてどうしたのかと尋ねられた。
「まあ。。どうせ見つかると思うんですが。。」
西森に指輪を贈ったのだと伝えれば、ふわりと柔らかな笑顔を向けられて速水は急に照れ臭くなった。
「ふふふ。速水くんも粋なことをするのね。西森くんへの愛しさ故かしら」
花のような美しい笑顔に少し気後れしたが、そうだと軽く頷く。杉崎の指輪は話題に上らないのに、なぜ自分たちはよく構われるのだろう。温泉へ入ろうとした時にアキラにも指輪のことを聞かれた。
「あの指輪は、西森さんにピッタリですね。速水さんって結構。。あ、いや、何でもないです」
弟分のアキラから言われるのも、なかなか照れる。アキラの幸せそうな笑顔は初めて見たなとぼんやりした意識の中で思った。何も言えずに黙った速水にアキラが楽しげに笑って速水を送り出す。ふと後ろを見ると、アキラは雅也と何やら嬉しそうにこちらを見ながら話していて、また照れてしまった。
「速水さん?顔が赤いですよ。温泉に入り過ぎたのかな。。」
西森が心配そうに見上げている。速水は慌てて何でもないと呟いた。物思いにふけっていたようだ。西森の真っ直ぐな目が美しい。まだ心配そうなので、大丈夫だと穏やかに笑った。指輪がとても似合っている。贈って良かったなと改めて思った。
「この指輪を作ってる時、いつもお前のことばかり考えていたよ」
解放された手でまた西森の頭を優しく撫でる。西森は気持ち良さそうに目を細めた。長い間そばにいなかったから西森がいてくれることがとても嬉しい。速水はほっとして一つ穏やかに息を吐いた。
西森に触れているととても安心する。温かな気持ちが心の中でゆったりと広がって心地よい。西森には不思議な力があって、いつも自分を優しく包み込んでくれる。出会えて良かったなと心から思った。
「え。。?お、俺のことを。。ですか?」
恥ずかしそうに頬を染める西森が可愛い。緊張しているのか少し体が震えた。聞きたいような聞きたくないような、複雑な顔をして速水を見上げている。可笑しくて速水は笑いながら頷いた。
西森のことばかりを考えていた。配達の仕事と研修の勉強の合間で、昔から馴染みの工房に通って作った。期間は一週間だったけれど、あっという間にできてしまった。指輪の出来上がりを見た馴染みの親父が、ぜひうちで働いてくれ!!と何度も誘ってくれた。
「この宝石な。。原石から研磨したんだ。今はこうして輝いているけど、最初は誰にも見向きされなかったんだよ。綺麗だってわかるけど、大変だからさ」
西森の指にはまっている指輪をゆっくりとなぞる。西森は何も言わずに速水を見上げていた。話の先が知りたいのか、キラキラと輝く目で見つめている。参ったなと速水は思う。どうも自分は西森の目に弱い。その目が泣いていようが怒っていようが、笑っていても拗ねていても。すべてが愛しいと思ってしまう。とんだ可愛らしいものに惚れてしまったようだ。瞬きをして自分の気持ちを誤魔化すと速水はまた口を開いた。この宝石との出会い。捨てられる予定だった原石をもらったこと。研磨がとても大変で時間がかかったこと。西森は興味深く聞いている。
「輝くって誰もがわかっているのに、大変だから何もしない。いや、出来なかったんだよ。時間や労力がなくて。それで、輝かせることが出来ないなら、自然に還そうと。その方がこの宝石にとっても良いかなって決まったんだ」
あともう少しで捨てられる予定だった。土に還されてもう二度と人とは会わなかっただろう。その宝石が何度も磨かれ西森のそばで輝いている。自分に研磨をさせてくれたこの宝石に速水は心から感謝していた。
「俺の我が儘でな。どうしてもこの宝石にお前のそばにいてもらいたくて、工房の親父にも頼み込んだよ。その宝石の研磨をさせてくれって。みんな協力してくれた」
とてもありがたいなと速水は思う。工房の親父や働く人達は速水の努力と根気を褒めてくれたけれど、それができたのは周りで支えてくれた人達がいたからだ。本当に自分は人との繋がりに恵まれていると思う。今度はその恋人と来いと急かされて困ってしまったけれど、温かい人達だ。
「研磨は、時間がかかったけど、俺にとっては幸せな時間だったよ。お前のことばかり考えていたからさ。それにこの宝石は輝くって信じてたから。楽しかった」
西森の指輪が月の光で煌めいた。宝石にも意志がある。西森のそばで輝くことを選んでくれたこの宝石に心から感謝したい。速水は西森の手を強く引いて静かに指輪にキスをした。西森は穏やかに身を委せている。何も言わずに速水を見つめる西森は美しい。速水はゆっくりと温泉の中に入り西森を抱き寄せた。
月が水面に映って揺れている。美しい薔薇たちも優雅に舞っていた。
すっかりのぼせてしまった西森を速水は楽しそうにからかいながら抱き上げる。体の火照りも凄いが、何より速水に抱き上げられているのが腹立たしい。そのお陰で西森は先程から膨れっ面だ。体は動かないが口は動くのでこれ幸いと憎まれ口を叩く。速水はただ楽しそうに笑っていた。
「だ、だいたい、速水さんが悪いんですよ!や、優しい顔をするから。。お、温泉はゆったりと浸かって寛ぐ所です。なのに、は、速水さんは!!」
自分もほだされた部分はある。自覚はしていた。でもほとんど流された気がする。速水は西森を包み込むのが上手い。始めは警戒していたのに、すっかり速水のペースだ。温かく包み込まれて熱に浮かされて動けなくなる。いつものパターンだ。
「あー、わかったわかった。ほら、牛乳飲むか?体が熱いな。。クーラーで冷やして。。アイスノンでもいいかな」
てきぱきと世話を焼いてくれるのは嬉しいが体が動かない。その熱と痛みを考えると気恥ずかしい。速水の熱くて野性的な光を見るとどうも自分はだめだ。体が熱くなって身を委ねてしまう。求めてくる愛しさに心も体も包まれて普段とは別の自分が目覚めていく。その大きな温かい熱に何もかも奪われてどうしようもなくなる。速水には敵わない。悔しいが西森は心から思う。だから憎まれ口くらいしっかりと叩いて応戦するのだ。
「こ、これからは温泉には一人で入ります!速水さんはテレビでも見ててください。それと、ポカリありますか?俺はポカリが飲みたいです!!」
ここぞとばかりに我が儘になってやる!布団を敷いている速水を思いっきり睨めば、はいはいと軽く流された。動けない西森のそばにいき優しく頭を撫でる。備えてある冷蔵庫を開ければポカリがちゃんと準備されていて西森は驚いた。旅館にポカリはない。あるなら自動販売機だ。それも旅館の玄関の前にある。どうしてそこにあるのか。
「お前がどうせ飲みたくなるだろうと思ってな。大浴場に行ったついでに買ってきたんだよ。お前の考えることなんて、なんとなくわかるんだよ、バーカ」
バ!バカ!?ショックを受けている西森を速水は楽しそうに見つめながら笑っている。悪戯っ子のような幼い笑顔に西森の胸は高鳴った。初めて見る笑顔だ。無邪気な速水の笑顔は魅力的でドキドキと落ち着かなくさせる。西森は驚いて崩れた睨みをまた強くきかせた。悔しい。速水には敵わない。
「西森。。お前。。何て言うか。。そんな目を俺以外のやつにするなよ。はぁ。。お前って時々怖くなるくらい誘惑してくるよな」
楽しげに笑っていた速水が一瞬ぽかんとすると、今度はため息をつき始めた。何なんだ?意味がわからなくてじとっと睨むと速水もじっとこちらを見つめてくる。真剣で熱い視線に戸惑って西森が逸らすと上の方から笑い声が聞こえてきた。
「あんまり誘惑するなよ。今日はゆっくり寝るさ。お前もきついだろうしな」
からかうような労るような声だ。そりゃあ、きついけど。心の中に浮かんだ声を静かに閉まって上を向く。先程の真剣な目から優しい目に変わっている。西森はほっと息を吐いた。速水の真剣な目は好きだが、心が激しく暴れるのでなるべく見たくはない。でも今日はもう見ることができないのだとわかったら、なんとなくつまらなくなる。西森はあれ?と思った。
「西森?どうした?なんだよ。そんなに寂しそうな顔をして。。明日から一緒だからな。心配するな」
寂しそう?自分は寂しいのだろうか。速水は労るように西森の頭を撫でている。穏やかで優しい速水が好きだ。真剣で熱い速水は恥ずかしくて、自分が自分でなくなるから怖くて逃げたくなるのに。もうその衝動が訪れないとわかったら、ぽっかりと心に穴が空いたような不思議な気持ちになる。西森は速水を見上げて呟いた。
「速水さん。。俺、おかしいんです。。速水さんに襲われないってわかったら、こんな風になっちゃって。。変ですよね。。速水さんに触れられると、恥ずかしくて苦しいのに、嬉しいんです。速水さん。。俺、どうしよう。。」
西森の呟きを速水はきょとんとした表情で聞いている。速水に伝えてもわからないだろう。自分にもよくわかっていないのだから。変なことを言っている自覚はあるが、どうしようもない。ぽつりと呟いた後、西森は速水を見つめて、ごめんなさいと謝った。速水は黙って見つめている。
「わからないですよね。。変だし。。ごめんなさい。速水さん。もう寝ましょう。明日は花籠作り手伝ってもらいますからね」
速水は休みだ。西森には花籠作りが待っている。旅館の近くの花畑で目ぼしい花たちを見つけた。変な気持ちはさておき明日のことを考えよう。西森は速水が敷いてくれた布団へと体を動かそうと試みた。
「。。。西森が。。怪物になった。。」
手を伸ばして進もうとする西森を速水は抱き寄せる。湧き上がる熱情を遠慮なくぶつければ西森の目に驚きとかすかな喜びの光が宿る。ああ、こんなにも自分は愛されていたのだなと速水は目を細めた。
「は、速水さん。。あの。。」
西森が好きだ。どうしようもなく。西森を強く腕の中へ閉じ込めると少し震えた後、応えるように背中へと手を回して強く抱き締められた。
大好きだよ。西森。
この想いを伝えられるなら、いくらでも伝えよう。西森の喜ぶ顔が見たい。優しく頬に手を添える速水を西森は照れながら嬉しそうに微笑んだ。
夜は静かで長い。月と星だけが知っている。恋人たちにとっては優しくも温かい夜だった。
皆様こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
お久しぶりです!お花屋さん。なかなか一人になる時間がなくてやっと書くことができました!ありがとうございます(*^^*)人が人を愛しいと思う。素晴らしいですね。。ゆったりと書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします!皆様への愛と感謝を込めまして。。
ではでは皆様これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)