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お花屋さん ー秋ー  作者: ニケ
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月の宝石

西森は旅館の食堂で晩御飯を食べていた。隣の杉崎は好物のコロッケが献立に並んでいるのを見てとても嬉しそうだ。一口ずつ大切にほおばりながら目を閉じてじっくり味わっている。感動しながらまた目を開けて口に入れる杉崎を西森は見守りながら優しく笑った。



「旅館のお味噌汁、最高ですよね。寮のお味噌汁も美味しかったけど、これはまた格別ですよ!ほっとします」



西森も旅館のお味噌汁は大好きだ。この味とご飯を花屋でも食べたくて特別に作り方を教えてもらった。今日は旅館に泊まることになり、久しぶりにお味噌汁を頂いたがやはり美味しい。旅館ではじっくり鰹と昆布で出汁を取る。想像以上に時間のかかる仕事だった。



「美味しいね。。いろんな味の甘味がお味噌を引き立てているよ。この味のお陰で具も柔らかくて優しい」



一口啜れば安心して力が抜けていく。旅館が人気なのは料理が優しくて美味しいことも含まれる。西森はゆっくりと笑った。



「かなり人気なんですってね。今日も10組ですよ。平日なのに。隠された名旅館って言われてて、泊まった人が誰にも教えたくなくて、リピーターが多いって聞きました」



お忍びで来る人が多いんですよね。好物のコロッケを食べ終えた杉崎が西森に釣られてお味噌汁の匂いを嗅いでいる。何かを食べる時の西森の癖だ。



「そうなんだ。。知らなかった。言われて見れば、見たことのあるお客さんが多いね」



花籠に惹かれて西森と出会った車椅子の少女とも夏の終わりに再会した。キラキラと輝く笑顔はそのままで、素敵な友達を連れている。後ろから車椅子を友達に押されながら秘密の花畑へと行く二人の姿はとても優しくて微笑ましかった。



「春頃に雑誌で特集されて、それから急激に増えたんですが、予約が取れなくて諦める人も多かったとか。今泊まっている人達は粘り強かったんですね」



速水に恋をしていて苦しかった春。そういえば速水は雑誌に取り上げられて女性客に囲まれていた。あの時の胸の痛みが心の奥でちくりと疼く。もう遠い昔のことのようだ。西森は無意識に胸の辺りを抑えてそっと息を吐いた。



速水が出張で一週間いなかったけれど、今回は驚くほど落ち着いていた。毎日、夜に速水からメールが届く。西森が好きだと言っていた絵画や風景も一緒に送られてきて、まるで速水と観光したかのようだった。仕事が終わってから送信するのだろう。時々文章が途中で切れていることもある。次の夜には、いつの間にか寝ていたと言い訳のように書かれていた。



「速水さんにもこのお味噌汁、食べさせてあげたいなぁ」



一緒に暮らしている時はよく味噌汁を作って食べさせているが、旅館の味噌汁はまた別だ。具もたくさんあって栄養のバランスもいい。



「いつも、お味噌汁とご飯と梅干し。。おかずなんて卵焼きや野菜ばかりだし。。速水さんにはお肉も必要なのに」



この田舎町では野菜や果物はすぐに手に入るが、肉は難しい。魚は速水が休みの時に捕ってくるので肉ほどではないものの、速水は休み自体が少ない。よって肉も魚も滅多に食べられなかった。自分はそれで良いけれど速水にはたくさん美味しいものを食べてほしい。西森は出張先で肉料理はあるかと何度も聞いた。



「は?。。お前、俺を太らせようとしてるな。よーし、わかった。野菜しか食べないようにする」



速水は電話で西森をからかうように笑っていた。憎まれ口を叩いていても、本心は西森のことを心配している。出張後には必ず肉や魚を土産に買ってきた。



「俺も食べるから、お前も食べろよ。もう少し太った方がリスっぽくていい」



心配そうに肉や魚を見ている西森の頬をつまんで楽しげに笑っていた。



「西森さーん!今、速水さんのこと考えていたでしょ。わかりますよ。。はぁーあ、俺もさつきさんに会いたいなぁ」



杉崎から指摘されて違うと首を振っても柔らかな顔で微笑まれる。慌てて何度も否定した。杉崎の少し切ない響きに、そういえばと思い出す。さつきは派出所から本庁勤務になった。遠距離恋愛だ。



「さつきさんも夢がありますからね。俺はしっかり支えて待っています」



さつきが本庁転勤になることがわかった時、杉崎はさつきにプロポーズをした。西森が気になって幾度となく聞いてみても、詳しくは教えてくれない。ただ、とても緊張したことと幸せな瞬間だったこと。何よりもすべての景色がキラキラ輝いて眩しかったらしい。杉崎の薬指にはシンプルな指輪がある。



「俺にはさつきさんもそうですが、大切な人がたくさんいますから。幸せ者ですよ」



指輪をじっと見つめていた西森に杉崎は気づく。西森の秘めた声が聞こえてくるようでこっそりと笑った。速水さん、速く帰ってこないかな。温かな味噌汁を一口啜ってぼんやりと外を見つめた。



晩御飯を食べ終えて杉崎は夜のパトロールへと戻る。西森は何度も部屋で待つように言われたが、旅館のロビーへと戻った。少しでも早く速水に会いたい。旅館の外で待ちたいと告げたら杉崎から渋い顔をされた。危ないと顔に書かれていて西森は吹き出す。やっぱりそうかと諦めた。



「じゃあ、行ってきます。寒くないように暖かくしていてくださいよ」



旅館のロビーでは泊まっている客がゆっくりと寛いでいた。新聞を読んでいたりテレビを見ていたり。顔見知りが多いので会話が弾んでいる。穏やかに賑わうロビーを西森はのんびりと見つめた。たくさんの人達がいて不思議にここへと集まってくる。心を休めるように、自分の気持ちを見つめるように。この旅館は不思議な所だなと改めて思った。



ぼんやりとしていた。外の暗闇を見つめながら優しい会話の声を聞いていた。



急に左手を温かなものが包む。驚いて跳ね上がる手を優しく抑え込んで動きを封じられた。戸惑う西森が面白いのか、口角は上がっている。このドキドキとする胸の高鳴りを呼び起こすのは、この世でたった一人しかいない。西森は嬉しさで騒いでいる心のまま左手を握り返した。



「速水さん」



振り返って顔を見ようとした西森がまた動きを止める。左手が二つの温もりから包み込まれている。一つは手の動きを捕らえて、もう一つは指に何かをはめ込んでいた。指先に通る冷たい感触に頭が真っ白になる。ゆっくりと離れていく温もりを感じながら、恐る恐る薬指を触ってみた。



「。。あ。。」


硬いもの。しっかりとしていて指にはまっている。どうして?指の大きさなんて教えたことも聞かれたこともなかった。



「西森、ただいま。少し、外へ行こう。光が綺麗だから」



西森が何かを口にしようとした瞬間、その左手が強く引かれる。前のめりになった体が優しく受け止められて、そのまま強引に連れていかれた。ぼんやりとしていたので足がもつれたが、手を引く相手はお構い無しで簡単に西森を抱き寄せる。肩を強く引かれて外へと連れ出された。秋風が僅かに肌寒い。そう思っていたら温かい上着が肩を守ってくれる。西森はやっと見たかった速水の顔を見上げた。



「速水さん」



月明かりが美しい。今日は晴天だったのか。ほんの半日前のことなのに、すっかり頭から抜け落ちている。キラキラと輝く星たちが楽しげでそんな夜に守られている速水もとても楽しそうだ。じっと見つめられた後強く抱き寄せられる。一週間ぶりの抱擁は西森の心を簡単に溶かした。



速水が帰ってきた!



気持ちがいい。熱くて穏やかで安心する。やっと落ち着いて眠ることができる。西森は強く抱き締めている速水の背中に自身の手を回してもう一度、おかえりなさいと呟いた。



長い間抱き合っていたようだ。急に吹き付けた寒い風に西森がくしゃみをする。速水は驚いたように体を離した。



「ごめん。つい。。な。寒くなってきた。戻ろうか」



西森の顔を心配そうに覗き込む。速水はまた背が伸びた。少し屈まないと西森の様子を見ることができない。優しく何度も頭を撫でて嬉しそうに笑う。西森はぼんやりとただ見つめていた。ゆっくりと手を取って旅館へと導く。速水の後ろ姿に西森は改めて帰ってきたんだと実感する。月の光が綺麗で、思わず立ち止まった。



「速水さん。。その。。」



久しぶりに直接話すので、西森は照れてしまう。自然に振る舞える速水が羨ましい。止まった西森に速水が振り返った。勇気を出して伝えると速水の顔が柔らかく優しくなっていく。暗闇の中なのに美しくて西森はまたぼんやりとしてしまった。



「綺麗です。。これ、えっと。。その、ありがとうございます」



辛うじてそれだけ伝える。握られた手の温もりに左手の指輪に、すべてが唐突で戸惑う。確かに欲しいとは思っていたけれど、口に出したことはなかった。指に美しく輝く指輪。速水は何も言わずに笑っている。西森にもわかる。これは白くて硬くてとても高価なものだ。まさか自分が贈られるとは。暗闇でも月の光を受けて美しい。



「西森。それは俺の手作りだから。お前しか合わないんだ。お前しか、身につけないものなんだよ」



え?勢いよく顔を上げた西森の元に温かい何かがたくさん降り注ぐ。驚き、戸惑う西森をからかうように、慰めるように優しく触れていく。心地よい温かさとくすぐったさに西森は可笑しくなって笑った。いろいろ聞きたいことはたくさんあったのに、今はいいかと思えてくる。なんだかほだされてるなぁと西森は速水を見上げた。



慌てなくなった西森に速水は嬉しそうに笑っている。もう一度、ただいまと呟いて強く抱き締めた。速水の首を包み込む自分の左手に指輪が光っている。つい先程はめてもらったのに、もう馴染んでいる。西森は照れ臭くなって、また大きく笑った。

皆様こんばんは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

小説を書き始めて半年が過ぎました。ここまで続いているとは。。驚いております。いつも読んでくださってありがとうございます(*^^*)

いろいろ小説について考えたのですが、私はこれからも自分にしかないものを大切にして自分らしさを磨いていこうと決意しました。

読んでくださる方々に愛や感謝の気持ちを込めて書いていこうと思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします(*^^*)

ではでは皆様これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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