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お花屋さん ー秋ー  作者: ニケ
1/7

新月

季節は巡っていく。失ったものも得たものも優しく包み込んで、ゆっくりと巡っていく。暗くなった田舎町の旅館で西森はぼんやりと外を見た。



今日は速水が研修から帰ってくる日だ。一週間ほど都会の大手会社で技術を学びに家を空けていた。配達の仕事をしているうちに興味を引かれることに出会えたらしい。お前には内緒だと嬉しそうに微笑んでいた。何かを真剣に勉強しながら、とても楽しげな速水の横顔を思い出す。幸せな気持ちが溢れてきて西森は静かに笑った。



何も興味が持てなかった速水が夢中になっている。その何かを知りたいけれど、尋ねる度に楽しそうに目を細めて自分を見るので、いつか教えてくれるのだなと嬉しくなる。出会った頃の速水は表情が乏しかったが、今ではだいぶ豊かになっていると思う。無口なのに昔と纏っている空気が違った。これといった具体的なことは思い付かないが、自然と溢れてくる速水の心を感じることができて、西森は心がじんわりと温かくなった。



「速水さん、変わったなぁ」



目を閉じて浮かんでくる速水の姿に気を取られていると、急に風が吹き抜けた。



ずいぶんと気温も変わったものだ。暑い暑いと言い合っていたほんの三ヶ月前が懐かしい。目を開けて風が吹いてきた方を見つめるとちょうど杉崎が旅館へと戻って来た。夕方の見回りから帰ってきたのだろう。



杉崎はここで用心棒のような仕事をしている。夏に起こった事件の後に警察を退職した。正確には老人から引き抜かれてこの旅館で働いている。思いも寄らぬ急な転職に杉崎から打ち明けられた時は西森も速水も驚いた。



あんなに警官であることを誇りにしていたのに、後悔はないのか。真っ直ぐ見つめながら尋ねた速水に杉崎は無垢な笑顔をしながら、ありません!と大きく口を開いた。



「俺、やっと自分にとって大切なものを見つけたんです。今まで探して探して、手に入れたのに、どこかしっくりこなかった。いつも誰かに恨まれて疎まれていた。そんな中でやっと見つけたんですよ。これでいいんです」



杉崎は速水に向かってゆっくりと頭を下げていく。ありがとうございます。小さく呟く杉崎は少し震えていた。速水は複雑な顔で杉崎を見つめている。いろんな想いがたくさん込み上げて、整理できていないのだなと西森は何となく感じる。今まで築き上げてきたものをすべて捨てるのだ。痛みも未練もあるだろうに。西森にも様々な想いが溢れてきて、つい息が詰まった。



下げていた頭を上げて杉崎は視線を合わせる。穏やかに笑う杉崎の目には迷いも苦しみも見当たらず、ただ美しく輝いていた。



「俺、何をしても誰かに足を引っ張られていた。恵まれてる、才能があるって言われる一方で、生意気だ、気に入らないと反感ばかり買ってました。だから、突っ張ってたんですよ。信じることから逃げて」



カッコ悪いですよね。照れ臭そうに笑いながら杉崎は頭を掻いた。この田舎町にやって来た杉崎は明るく朗らかだったがどこか影があり、ふとした瞬間攻撃的だった。何かを警戒して、心を閉ざしていた。



「今ならわかるんです。昔の自分には足りなかったもの。俺はいつの間にか他の人達を馬鹿にしていたんです。無意識だったけど。俺はお前らとは違うんだって。両親が亡くなった悲しみから逃げてたから」



不意の事故だった。不祥事だと言われてもそんなことはどうでもよかった。大好きな両親が死んでしまった事実。理由が何であれ、もう二度と会えない。泣き叫んでも恨んでももう得ることはできない。



「憎かったですよ。警察が。育ててくれた養父には感謝しています。とても優しくて強い人ですから。でも。。無くならなかったんです。どうして自分の両親が死ななければならなかったのか。何で俺の両親だったのかって」



他の人でもよかっただろうに。どうして自分が。心に溢れてきた疑問と、どこにこの悲しみをぶつけていいのかわからない。同時に溢れてきた養父への想い。育ててくれた養父のようになりたい。警察を憎みながらも、育ててもらった恩との狭間で引き裂かれるようだった。



「だから、俺は逃げたんです。俺の両親が亡くなったのは、俺が特別な存在だから。人とは違う存在だから、優秀な成績で卒業できるし、こんなに悲しいことが起きるんだって」



本当は普通になりたかった。両親がいて平均的な家庭で、平凡な幸せが繰り返されるはずだった。でも、なれなかった。どんなに願っても両親が亡くなったことは事実だ。杉崎は大きく息を吐いて、速水と西森を見つめた。



「情けないですよね。養父のように偉くなって実績を上げれば、悲しみから逃れることができるって思ったんです。何かを手に入れれば楽になれるって」



だから警察に執着していました。わかりやすい名誉や成績。人の心や見えない想いなどどうでもよかった。昔の自分を思い出して杉崎は苦笑する。ここに来て西森と出会った。今まで見たこともない速水とも出会った。仲良く寄り添って、弱さも至らない所も見せ合う二人を見ていると、気を張っていた心がするすると解れて肩の力が抜けていく。



誰かに頼ればよかった。悲しいと心から叫んで思いきり泣けばよかった。誰かに助けを求めることは強さだ。頑なに人の好意を拒んだ自分は弱かったんだ。



「両親が亡くなった時に助けようとしてくれた人は養父以外にもいました。警察でも孤立する俺を心配して話しかけてくれる先輩もいたのに。俺は受け入れることができなかったんです」



誰かの力を借りたら、今までやってきたことが崩れてしまうような。弱い自分だと認めることが怖かった。



「西森さんが花を教えてくれたでしょ?先輩への憎しみや思い通りにならない悔しさでぐちゃぐちゃになった心を純粋で無垢だと言ってくれた。花が俺を真っ直ぐ見つめてくれた。大きな青空の中で、受け入れることができたんです。俺は、弱かったんだって」



春の爽やかな風だった。何処までも花畑が続いていた。地上の花とそれを温かく見守る大きな空。天空。手の中には小さな可愛らしい花が杉崎を見つめていた。



「ここに来て、自然に触れて西森さんや速水さんやさつきさん、たくさんの人達に出会って、過ごして。俺、すごく恵まれてるなって。嫉妬されてもしょうがないなって思ったんです」



警察を去るとき、自分をここに送った上司や先輩達に心から感謝の気持ちを伝えた。自分が馬鹿にしていたこと。心を開かなかったこと。すべてをありのまま伝えて謝罪した。老人の力はとても大きく、今回特別に引き抜かれた杉崎に辛く当たっていた先輩達が、杉崎の話を聞いているうちに涙ぐみ、おいおいと泣き始めた。周りや外見を気にしていた先輩達が脇目もふらず子供のように泣く姿はパリッとした制服には不釣り合いで杉崎は思わず吹き出す。滑稽で可笑しかったが、杉崎はとても嬉しかった。



大切なものを守りたいんです。



最後に告げた杉崎に上司や先輩達は何度も頷き、見送ってくれた。



「俺、幸せですよ。大切な守りたいもののそばにいて、守ろうと力を尽くせるんですから。だから、後悔なんてないんです」



嬉しそうに笑う杉崎を速水は優しく見つめている。そうか。短く告げてゆっくりと近づいた。



「お前がそう決断したのなら、納得しているのなら、いい」



噛み締めるように言葉を紡ぐ。絞り出すような声だ。杉崎くんのこと本当に心配していたんだな。それっきり口を閉ざして安堵している速水を西森は優しく見守っていた。



「西森さん!速水が帰ってくるんですよね。全く、あの人、美味しい所を持っていくんだから」



自然にやっている所がまた似合ってて悔しいですよ。口を尖らせながら顔をしかめる杉崎に西森は優しく微笑みながら頷く。杉崎くんもとても魅力があるよ。思ったことを伝えてみれば、慌てたように飛び上がった。



「!!??な!!西森さん!そういうことは言っちゃだめですよ!!俺、即座に逃亡者になりますから!西森さんの梅干しだって、先に食べたら温泉で大変なことに。。」



速水とアキラと温泉に入った。温泉が初めてのアキラにゆっくりしてもらおうと露天風呂を薦めてほっと一息ついていれば、速水がたわしを容赦なく背中に当ててくる。なぜだと問えば、梅干し。。と小さく呟かれた。



「お前。。空気読めないな」



アキラが露天風呂から戻ってきても攻撃は収まらなかった。なんだかんだと八つ当たりされている気がする。前よりも速水が心を開いて自分を構ってくれるのは嬉しいが、なんだか扱いがひどい。複雑な気分だ。



「はぁ。。速水さんが帰ってきてほしいのか、怖いのか。俺はわかりませんよ。まあ、あの人がいないとなんか締まらないってのは事実ですね」



ころころと変わる杉崎の表情が面白い。杉崎も速水がいなくて寂しいのだなと伝わってきた。速水のことを大切に想っている存在がたくさんいる。穏やかに笑って頷いていると、遠くから女将の姿が見えた。客の夕飯を持ちながら食堂へと合図を送っている。もうそんな時間か。



「先にご飯を食べませんか?西森さんがお腹を空かせているなんて、俺は後が怖いですよ。西森さんのことは速水さんから頼まれてますからね」



ぶるっと小さく震えると杉崎は大きなため息をついた。がっくりと肩を落とした杉崎を西森は声を立てて笑った。

皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

お花屋さん、秋がやって来ました。今回は静子さんの手紙など過去と今と未来の繋がりをテーマに書いていこうと思います。過去を感謝の気持ちで手放して、未来へと生きていく。そんな優しい変化を書いていこうと思います。よかったらお付きあいください(*^^*)

ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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