保志野 -1-
保志野は男の背を見送っている。時折男は振り返り、大仰に手を振って見せてくる。その優しげな笑顔は、親しみやすくもあり、頼りがいが無くも感じられた。保志野もそれに負けじと、より大仰に手を振る。やがてその男――保志野の夫である――が曲がり角に消えると、保志野は踵を返して自宅の玄関に足を掛けた。すると、チャイムが鳴った。
「お届けものです、済みませーん」
保志野が慌ててドアを開けると、白目が松脂のように黄色く濁った、大柄の色黒の男が立っていた。その肌の黒さと目の黄色は、健康的な日光よりは酒による肝臓機能の低下を思わせるものだった。男は、客である保志野の顔を見るより先に、お品物です、ここにサインを、とぶっきらぼうに言い捨て、小包と伝票を保志野に差し出した。
ところが、その宅配業者の男は、目の前にある女の顔を見て硬直してしまった。身長は150台といったところか。髪型は、黒髪のショートボブ。青色のワンピースを着ている。それらは流行のファッションなどからは程遠く、彼が足繁く通っている店の女性と比べても決して蠱惑的なものではないはずだが、彼は目の前の女から目を離せない。
男は、自分の興味を惹くものが目の前の女性のどこから発せられているのか確かめようと、保志野の顔を見つめた。はっきりとした二重で、少し目尻が垂れた目。少し大きめで、表情豊かな笑みを演出しそうな唇。そして鼻は高すぎず低すぎず、それぞれのパーツが絶妙な調和を示しているのであった。年齢は、20代であるようにも見えるが、見ようによっては10代のようにも、30代のようにも見える。
――美人。確かにそうだが、それだけか?――そう呼ばれる人間には、彼もその人生の中でそれまでにも何度も出会っている。しかし、それらの記憶の中の女性たちとは一線を画する、抗いがたい魅力のようなものを目の前の小柄な女性から感じてしまっていたのだった。
「お待たせしました」
保志野の声に、一瞬我を忘れていた自分に気付いた宅配業者の男は、結局その魅力の源泉を突き止めることは出来なかった。彼は彼女の手から伝票を受け取ると、あ、どうもありがとうございます、私小出と申します、と、奇妙にはきはきとした態度の挨拶と共に、名刺を差し出した。保志野にその名刺を渡すと、彼は纏わりつくような視線を保志野の肌に残して去って行った。保志野は無関心そうな素振りで名刺を靴箱の上に投げ出すと、小包を持って奥の部屋へと足を進めた。小包の差出人の名前は、春太であった。