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雪と春  作者: haru
溶けない雪
3/9

雪次 -3-

 雪次は二人と別れ、四ツ谷駅から程ないところにある春太たちのアパートに向かった。キャリーバッグの車輪が道を転がる振動をBGMに、頭に浮かんでいたのは、先ほど思いがけず聞かされた保志野の事であった。雪次は、保志野を先ほどの会話で思い出した訳ではなかった。病室で保志野と会った際、雪次は保志野と連絡先を交換したが、それは福島たちと連絡先を交換したのとは目的を違えていた。雪次は保志野に強引なアプローチを試み、その結果かなり手厳しく拒絶されたのである。雪次は、拒絶された際の言葉が頭に蘇ってくるのを意識的に拒否するように軽く頭を振った。

 春太のアパートの前につくと、雪次はまずポストを開け、中の紙束を一枚一枚改めた。ピザ。タウン情報。ガス代領収書。マンション購入。デリバリーヘルス。目的のものは無い。ポストの上にそれらの紙類を置くと、目的の一〇三号室のドアの前に立つ。雪次は合鍵をキャリーバッグから取り出すと、ノックする事も無く乱暴にドアを開ける。雪次には、ここに誰もいない事が分かっていた。三日前に、一週間前の母親の忌引きからずっと会社を無断欠勤しているが心当たりないか、と春太の勤めている会社から連絡が入っていたのである。

 雪次は玄関に靴を脱ぎ捨て、玄関に置いてあった車椅子を乱暴にどけると、奥の部屋へと進んだ。ここが、ウナギの寝床のように部屋が連なっている2DKの造りであることを、既にこの部屋を訪ねた事のある雪次は知っていた。まずは手前の部屋。リビングとして弟夫婦が使っていた部屋である。雪次は乱暴にテーブルの上の物をどかしながら、目的の物を探した。

 雪次が探している物は、母の遺言書である。乱暴に捜索作業を進める雪次の頭に、いつも感じるある思いが去来する。

 母の大腸癌が発覚してから、面倒を見ていたのは自分である。それなのに、つい先日のその母の葬式でも、弔問客は皆一様に車椅子の春太の事を気遣い、彼に声をかけるのである。無論、雪次も弟の身体の事を不憫に思わないわけでは無い。小さい頃、自分の後ろをちょこまかと追いかけて来た弟。長じてからも、優しくいつも一歩引いて自分を立ててくれた弟。しかし、いざその弟と並べられた際に、どうしても周りに自分を蔑ろにされているように感じてしまい、それが雪次の弟への思いを複雑にさせていた。

 そして、そうした雪次の忍耐を嘲笑うような出来事が起きたのである。母が春太に、田舎の実家の広大な土地に設置したソーラーパネルの権利を全て譲る、という遺言書を書き、彼に送っていたというのだ。それは、父母の財産のほぼすべてを注ぎ込んで設置したもので、事実上財産のすべてを弟に譲る、と言っているようなものであった。母は雪次に、「春ちゃんもあんな体になっちゃって大変だから、お兄ちゃんも協力してあげてね」と告げたのである。

 ――俺が何を協力するって言うんだよ、馬鹿らしい。さっきの話だと、春太は大分回復してるみたいじゃないか。なら、俺と春太は何が違うのか?ましてや、春太は障害者枠で大企業に入社して、そこで結婚もしてる。俺よりも将来は安泰なんじゃないのか?何で俺が何でも譲ってやらなきゃいけないんだ?――雪次は湧き上がる感情に身を委ねるように、手荒く部屋中を引っ掻き回した。

 雪次がこの部屋に入って五分程度であった。その短時間で、部屋は獣が餌を食い荒らした後のように散らかってしまった。そしてそこまでしても目的のものを見つけられなかった雪次は、この部屋に入って来た時よりも更に乱暴に奥の部屋へと足を進めた。しかしドアを開けると、その雪次の足が一瞬止まった。

既に部屋が荒らされているのである。一体誰が、と思いながら、雪次は目的の物を探す。しかしここにもない。雪次は、そこに手がかりがある事が分かっているかのように、白い机の上に置いてあるノートパソコンに手を伸ばす。そして、インターネットの閲覧履歴を見ると、長崎行の経路を検索した跡がある。

 「エセ障害者とクソ魔女…」

 雪次は独りそう呟くと、ノートパソコンを静かに閉じた。

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