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雪次 -1-
新宿駅に到着した長野からの特急列車から、一人の男が降りてくる。髪は短く整えられているが、顔は無精髭に覆われた男である。汗で背中が少し黒く変色した灰色のTシャツに、カーキ色のズボンを身に付けている。身長は少し低め。右手で、紺色の小さなキャリーバッグを引き摺っている。半袖から覗く腕は、筋肉質と言いてもよいものであったが、下腹は少し出ている。男の名は、雪次と言った。四月、まだ春用のコートを着ている者が何人もいる中、彼の格好は少し目立っているようだが、彼はそれを気にする様子もなく、左手でスマートフォンを操作している。四ツ谷行の電車に乗る方法を探しているのである。スマートフォンの画面を見つめる彼の目の下には大きく隈が出来ており、また目尻には左右に二本ずつ、深い皴が刻まれている。
四ツ谷駅に到着し、改札を出た雪次は周囲を見渡すと、駅前のファストフードの店へと向かった。イラッシャイマセエ、とどこかイントネーションのおかしい日本語で声を掛けてくる女の店員に軽く頭を下げると、奥のテーブル席へと足を進めた。