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アートレスキン  作者: へるん
3/3

1-2 初めの一手


何故彼女の印象が薄かったのか。



現実的にあり得ない髪の色をしている少女のことを、キョウタはその他大勢と同等であると判断したからだ。

この学校では染髪は特に珍しくもない。最近に稀な自由な校風で、指定制服はあるが私服登校も認められている。化粧もアクセサリーも制限はなし。

入学するときに配布される学年のピンバッチさえつけていれば文句は言われない。

但し、責任は自分で持つこと。

責任が生じるのが嫌なら何もするな。つまりはそういうことだろうとキョウタは解釈している。

とにもかくにも、そういうわけで彼女は記憶に残らなかった。そもそも後ろ姿しかみていなかったのも原因かもしれない。


改めてあんな美人がクラスメイトだと知ったとき、キョウタの胸にあったのはちょっとした興奮と優越感だった。






そういうわけで、今日は朝から彼女の後姿を観察している。観察、というか黒板までの直線上に彼女がいて、どうしても視界に入ってしまうというのが正しい。

一限の自己紹介でわかったことだが、彼女はしゃべることができないようだった。

担任いわく、過去になんらかの事故に遭ってから話せなくなったらしい。

生きているのか怪しい真っ白な指で黒板に名前だけを書いて着席した彼女の挙動は、クラスメイトを黙らせるのに十分だった。

クラスメイトはそのとき何を思って黙ったのか。

彼女のことが可哀想で黙ったのか、彼女の暗い瞳が黙らせたのか、それとも担任が鼻をすすって泣いていたことに興ざめしたからなのか。


自己紹介でわかったことは、名前が()(いろ)夕日(ゆうひ)だということ。


ただそれだけだった。















(で、どうしてこうなったんだろう…)


キョウタの左には明らかにヤバそうな一般的には不良と呼ばれる人種。

右側には例の無口少女、日色夕日その人。


自己紹介後、中高一貫校の初授業でいきなり二人一組になれと無慈悲な命令を下した担任によって、余った三人が組まされた結果だった。

触ったら破裂しそうな左の奴ならともかく、日色夕日ならば同情した優しい誰かが進んで組みそうな気もしたが実際は違うようだ。


何のために組まされたかというと、これから一年バディとして行動するためらしい。

高校は何かと実技が多くカリキュラムに組み込まれているから、その都度決めていられないのだろう。

しかしそうとなれば話は別だ。

これから何かと絡むことになるだろう二人のことをよく知っておかなくてはいけなくなった。


「あ、あの…」


簡単なあいさつをしようとすると、場所を教室から体育館へ移すと担任に移動を促される。


内心ため息をつきながら木でできた廊下を歩いていると、右肩にずしっと重みが増える。


「よっ。なに辛気臭い顔してんだよ、キョウタ」

「…あぁうん。まぁ色々あって」


少し後ろからついてくる無口少女と体の周りに不可視の壁を作り上げる不良を横目で見ながら濁すと、大体の事情は察してくれたようだ。

あくどい笑みさえなければほろりと涙をこぼしたところだ。


「月照のクラスも移動?」

「あぁ。ってか多分全クラス移動だと思うぜ。なんせこれからお楽しみが待ってるからな」

「お楽しみ?」


それがキョウタにとってもお楽しみであることを心から祈っていると、月照の後ろからぴょこっとツインテールが飛び出す。


「つっきー! クラスごとに行動ってせんせー言ってたじゃん!」

「あー、ごめんねぇ。ちょーっとこいつのこと慰めてあげないと今にも泣きそうな顔してたからさー」

「え! なになに、どうしたの? 失恋したの!?」


赤毛の少女は赤ブチの眼鏡越しに目をキラキラと輝かせてこちらに迫ってくる。

両手をわきわきと動かして何やら手つきが怪しい。

感覚的に関わったら面倒なヤツだと一瞬で判断を下したキョウタは苦笑いで逃げることにした。

同時に月照に説明を求める目配せをする。


「クラスメイトでバディの()加瀬(かせ)()()だよ。ちょこまかと小うるさいけど、中身はマシなヤツだから安心していいぜー、なっ、ハカセ」

「ちょっと、マシってどーゆーこと!? つっきーは外面だけ良くて中身は最悪だもんねー」

「あれ? この子月照のことよく知ってるんだね」

「おいちょっと待てキョウタ、ここは心に傷を負った幼馴染を癒す場面だろ」


知らんふりしていると、正面に葉加瀬千瀬がくる。

クリッとした丸い目がキョウタの瞳を覗き込む。まるで観察されているようだった。

焦りのようなものを感じ、慌てて目をそらす。


「よろしくね、えっと、キョウタ君?」

「あ、よろしくお願いします、キョウタでいいよ。葉加瀬さん」

「ハカセじゃなくてチセって呼んでよ、ハカセってなんか響きが固いじゃん」

「たしかにそうかもね、わかったよ」


改めて見るとリスみたいな子だなとキョウタは思った。

するとチセは唐突に何かを探しているようにきょろきょろしだす。


「キョウタのバディはどこにいるの? 一緒じゃないの?」

「こいつのバディはあの問題児二人だってさ」


月照が指差す先には相変わらず表情が変わらない無口少女と、相変わらず透明バリケードを築きあげている不良がいる。

それを見たとたん、チセはあちゃーとつぶやいた。


「人形姫と暴君代一かぁ。キョウタ、もしかして残りもの押し付けられた?」

「の、残りものって…」


他人のことながらあまりにもひどい言われようである。

いや、他人ごとではなかった。そもそもキョウタも残りものだったのだ。

その言われように傷つきながら、人形姫って? とだけ辛うじて返す。


「日色夕日だっけ? あの子何もしゃべらないじゃん。中学の時から一度もしゃべったとこなんて見たことないよ。それに生気なさそうな顔してまるで生きてないみたいだから、人形姫」


たしかに。見たままをただ言葉にしただけのセンスのないネームである。

だが腰まであるサラサラの髪と神秘的な瞳が相まって、精巧に作られた西洋人形に見えるのもうなずける。


「で、もう一方は…」


キョウタとしては無害そう方よりこちらのほうが知りたい。

見た目はともかく、中身がどうなのか。とりあえず噂だけでも聞いておきたかった。


「名前は代一(よいち)(ひろ)(あさ)。見た目だけならまぁそこらの月照とあまり変わらないんだけど、問題なのは中身」

「おい! 今のは流石に聞き捨てならないぜ」


月照の突っ込みは無視して顔をお互いに寄せて内緒話のような形態になる。

あまりにもチセの表情が真剣そのもので、聞かれたらヤバい話でもするのかとごくりと唾を飲み込む。

しかし放たれたストレートは左下へ突っ込んだ。


「あいつ、ホモなの」

「…はぁ?」


事情が呑み込めずに頭が混乱気味だ。

横では月照が、あーあと憐れみの視線を向けてくる。

それとは反対にチセはこれ以上ないくらい目を輝かせて、博士のように眼鏡のツルを押し上げる。


「放課後あいつに呼び出されて帰ってきたものはみな声をそろえて、掘られるかと思ったって言うの! 絶対あれよね、後ろの危機的な何かだと思うの!! 高校になってからまだ被害は聞いてないけど、中学の時は二桁超えるくらいの被害件数があったんだから」

「待って! それってちょっと笑えない冗談…ははは。冗談…だよね?」


底知れない何かが背中を這いずり回る感覚を覚える。

聞き返せずにはいられなかった。


「キョウタ…気をつけろよ。んじゃなぁー、クラス別に並ぶらしいからな。帰りにまた」


嫌な笑みを浮かべて退散していく月照を恨みがましい目でにらみつけていると、チセがちょこちょこっとこちらに来る。


「まだ暴君はいいんだけどね、人形姫には気を付けた方がいいよ。あの子、故意に人に触られると発狂するから」


とだけ物騒なことを言い残すと、月照と同じような笑みを浮かべて退散していく。

呼び止めて詳細を聞きたかったが、整列を呼びかけられたので仕方なく自分のクラスで並ぶ。

移動時間だけでどっと疲労が蓄積した気がした。できるなら床に座り込みたい気分だ。


(なんでこう、変人が多いかな…)


中高一貫ならではのオープンな何かがあるとでもいうのだろうか。


そもそも元凶である月照は何故自分をここへ呼んだのか。まだその答えは聞いていなかった。

ただ彼は、


「面白いことがやりたいならこっちに来ないか?」


とだけ言った。

それに釣られたのはキョウタ自身だが、ただ無意味に自分に声をかけたとはどうしても思えない。

というより、何か意味があると思いたいのかもしれない。

面白いならなんでも良いわけじゃないが、常に面白くないのも風情がない。

それならまだ、忙しいけど常に面白い方が数倍マシだ。


だからか、これから起こるだろう「お楽しみ」に多少なりともわくわくしている自分がいる。

たとえそれが自分の身を滅ぼすものだとしても、キョウタは笑って迎えられる自信があった。

自分でもわからない初めての感覚だった。


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