一 僕、魔王になりました
唐突に思い付いたので小説にしてみました。
取り敢えず、頑張ろう。
「魔王よろしく」
唐突に、それこそ夕食中の何気ない会話の如く、僕は姉ちゃんにそう言われた。
ぶっちゃければ、僕は姉ちゃんの残り物で出来た様な存在だ。頭の回転も遅ければ、身体能力も低い。"魔族"の中では普通より高いが、姉ちゃんとは雲泥の差だ。唯一、姉ちゃんに勝てるのは逃げ足だけ。見事なヘタレっぷりである。
とまあ、自傷行為はそれまでにして、僕には姉ちゃんの言っている意味が分からなかった。親父は魔王だったらしいが、ケツの青かった僕には実感が湧かないから、へぇーそうなんだー、という程度。魔王には姉ちゃんがなるものだと思っていた。
「いや、姉ちゃん。何を言っているの?」
昔から姉ちゃんに徹底的に弄られていた僕は、家の立場も低い。と言うか、逆らっときに何をされるか考えただけでも恐ろしい。
「だからさ、父さんが死んで……百年くらいかな?まあ、それ位経つでしょう?だからいい加減、次の魔王を決めなくちゃいけないのよ」
僕達魔族が住む魔界には、勇者と名乗る人間が攻め行ってくる。姉ちゃん曰わく、人間と魔族の交流会らしく―――絶対に違うと思うけど―――勇者と魔王は大体百年程の間隔で戦うらしい。
親父が死んだ戦いだと言うのに、姉ちゃんにとってはお遊戯会程度らしい。何とも誇らしいことだ。
「何でそれで僕が魔王なの?」
力こそ全てという魔界では、魔王は強い者がならなくてはいけない。だから普通は姉ちゃんがなるべきなのだが…。
「私は他にやることがあるの。だから魔王は貴方よ」
そう言って一枚の書類を出す姉ちゃん。受け取ってみれば、そこには全く覚えのない僕のサインと判が押された書類であった。内容は実に簡潔に
魔王です。
たった一言、そう書かれていた。うん、手を抜き過ぎじゃなかろうか。社会を嘗めすぎだろう、姉ちゃん。
「そういうことで、よろしくね」
「え、いや、あの―――」
僕が文句を言うより早く、姉ちゃんは風のように去ってしまう。お前の意見はどうでもいい、ということらしい。手厳しすぎるよ、姉ちゃん。
「……どうしよう」
取り敢えず今日を以て、僕は魔王になりました。
「どうしよう…」
自分の寝室で頭を抱える僕。先程から脂汗が滝のように浮いてくる。
原因は実に簡単。やってくる勇者が姉ちゃんだったのだ。
「いやいやいやいやいや、無理無理無理無理無理無理無理無理」
魔族最強が勇者とか勘弁してほしい。と言うか、あの人何で聖剣なんて持てるんだよ。
「と、ととと、取り敢えず電話を……」
部屋の隅にある水晶を目の前に置き、僕は友人へと回線を繋げる。
接続して十秒も経つことなく、友人が水晶に移った。
「どうしたでござるか弟君」
聞き慣れた言葉に僕は少しだけ安堵する。水晶に移った青年の名前は風魔。昔から僕の話し相手になってくれた魔族の友人だ。何でも、忍者に憧れているらしく奇妙な話し方をする。
カッコいいのだが、如何せんこの口調と性格から損をしている。良い奴ではあるのだが…。
金色の短髪に、筋肉のある身体。一見すれば寡黙で頼りになるイメージなんだけどなぁ。
「今失礼なことを考えなかったでござるか?」
「ううん、そんなことないよ。それより―――」
「魔王のことでござるか?祝いの品は既に決まってるでござる」
「…え、それ何処で知ったの?」
幾ら何でも早過ぎないだろうか。言われたのが昨日だと言うのに。
「昨日、姉君が言いまわってたでござる」
あの姉、僕を逃がす気はないらしい。
僕は拳をきつく握る。これはヤバい。完全に魔族の大将が僕にされてしまった。
「災難でござるなぁ」
同情するような風魔の声。ホント、災難過ぎるよ。
「で、そのことで困っているのでござろう?そんな弟君の為に、皆でアイデアを出し合っていたでござる」
皆、と言うのは何時も僕がつるんでいる友人達のことだ。皆個性的だけれど、とても優しい。
流石は皆だ。僕がこうしている間にもアイデアを考えていてくれているなんて…。
「でも、その、来る勇者が…お姉ちゃんなんだ」
その言葉に、風魔が固まる。そして次の瞬間。
「満場一致で土下座と出たでござる。焼き土下座だと尚良しとのこと」
「………」
まぁ、分かってた。相手が姉ちゃんとか勝てる気がしないもん.
「そ、そんなこと言わないでよ。とにかく、何時もの場所に皆に来るように連絡して!僕も直ぐに行くから!!」
「む、了解したでござる」
それだけ言うと僕は回線を切る。きっと姉ちゃんのことだ。僕を追い詰める為に少しずつ、ゆっくりと向かって来る筈。その間になんとかしなくては―――!
僕は外に出る為にタンスを開け―――直ぐに戻した。
「………」
何だろう、何かピンクとか黒のフリフリしたのが見えた気がする。
僕はタンスを少しだけ開け、中を覗き見る。うん、見間違いじゃない。何かフリフリした女物の服しかない。
「まさか外出手段を奪うとは…」
それ程までに僕を追い詰めたいのか姉ちゃんは。
「ジャージは、流石に拙い」
これで外にでたら絶対親父の部下だった人が煩い。姉ちゃんの部屋の服は全て消えているし…。
「着るしか…ないのか?」
こんなことで、姉ちゃんに屈服しなくちゃいけないのか…。どうする、どうする僕!
魔界。人間達には暗い空と荒れ果てた土地が広がっていると言われている世界。けれど、実際にそんなことはなく。地上と同じように青い空が広がり、緑が生い茂っていた。
そして、その空の下。小さな一軒の店の中に、僕はいた。
「「「「「おぉ~」」」」」
仲間達の声が妙に気に障る。しかし、今の僕にはそれに構っている余裕はない。
「可愛いでござるな」
「良く似合ってるよ~弟君」
「前からそうだと思っていたが、やはりそうだったか」
「うん、自分に正直になるのは良いことよ」
「……可愛い」
「君達あとで殴る」
結局、僕は姉ちゃんの力の前に屈服しました。仕方ないじゃないか、まさか服を奪われるなんて思わないよ。
あんまり女の子っぽくないように黒のシンプルなドレスの様な服したけれど、正直意味が無い様に思える。
「髪は後ろで縛ったんだ~。女の子らしくて良いよぉ」
のんびりと喋る桜色の髪の女性。彼女の名前はエリー。サキュバスと言う種族だ。尤も、彼女は他のサキュバスと違い、あまり性行為をしない。彼女はそう言ったことに興味が無いらしい。
「…可愛い」
「褒められてるのかなぁ…」
人形の様に綺麗な肌をした黒髪の少女。名前はユイ。フランケンシュタインだ。フランケンシュタインと言う物の、継ぎ接ぎなど何処にも見当たらなく、凄く可愛らしい。本人曰く完成品だそうだ。
「うん、偶には良いんじゃないか?」
うんうんと頷く眼鏡を掛けた赤髪の青年。彼の名前はアルカード。魔族としては高位に属するヴァンパイアだ。正直このメンバーの中でも相当強い方だと思う。いや、たぶん皆、僕より強いと思うけど。
「ほら、怒らないで」
そう言って僕の頬を引っ張る銀髪の女性。皆の纏め役で、名前は雪。種族はよく分らないけど、魔法が凄く得意な人だ。この面子の中だと風魔の次に付き合いが長い。
「さて、弟君で萌えを補充した所で、会議に移るでござるよ」
「萌えとか言うな」
「会議は、勇者となって我々に向かって来る姉君をどう撃退するかでござる」
「はいはい!俺に任せろ!」
そう言って最初に手を上げたのはアルカード。何やら自信満々の様で、余程自分の作戦が成功すると思っているらしい。
「それでは、アルカード以外で誰かー」
が、当然の如く僕らはそれをスル―。
「おいィ!ちょっと待てよ!何でだよ!?」
「ちょっと、お客さん。煩いよ」
テーブルに身を乗り出して抗議するアルカード。騒ぎ過ぎた為、店員に注意を受けてしまった。アルカードはすんません、と頭を下げ、改めて身を乗り出す。
「どうせアルカードの作戦は特攻でござろう。却下」
「バカ野郎、俺だって真面目に考えてんだよ!」
「へぇ、どんな作戦なの?」
「……興味ある」
アルカードの言葉に全員が興味を抱く。
「弱い魔族を出していけば、あっちは俺達が消耗戦を挑もうとしてると思うだろう?その虚を突いて短期決戦にするんだよ」
「向こうも全力とかwwまず勝てないでござるよwww」
「……馬鹿」
「それで勝てないから、こうやって作戦会議をしているんでしょぉ?」
風魔、ユイ、エリーの言葉にアルカードは何も言えなくなる。確かに、全員で挑んでも勝てないからねぇ。勝率ゼロパーセントの戦いは自殺行為以外の何物でもないよ。
「あ~っ、もう!だったらどうすんだよ!?あの人に勝てる策なんかあんのかよ!!?」
「それを考える会議だよ?」
「いや、まぁ、そうだけどよぉ…」
「…私に案が」
「はい、ユイ」
静かに手を上げたユイは突然僕を見る。
「やっぱり焼き土下z――――」
「却下!」
力強く、僕はユイの案を数瞬の躊躇いなく却下する。そんなのは絶対に嫌だ。と言うか、それで許してくれる事は絶対にない!断言できる。
「…と言うのは冗談」
「何だ、良かっt「男を送って籠絡」―――うん、無理」
半殺しか全殺しで終わりだと思う。と言うか、それが成功しても嫌だよ。弟の僕はどんな対応すれば良いんだよ。
「じゃぁ、次は私?」
皆の顔を見回しエリーが手を上げる。エリーはごほん、と咳払いをすると口を開いた。
「お金でk「聞えませ~ん!僕には何も聞えませ~ん!!」―――もう、解決すれば何でも良いじゃない」
何か凄く生々しい策な気がしたけど気のせいだろう。とにかく、何か凄く汚れた気がする。
「弟君は文句ばかりでござるな。貴殿には何か策でも?」
「え?」
そう言われてしまうと非常に困る。そもそも、僕が浮かばないからこうして皆を呼んだ訳で……あれ、僕って結構我儘?
「そ、そんなことを言ったら、風魔と雪には何か案はあるの?」
「あるわよ」
「あるでござる」
「え!?ど、どんな案!」
二人の言葉に僕は自然と身を乗り出す。頼りになるのはもう二人しかいないのだ。
「弟君が姉君を落とせば良いのよ(でござる)」
「…え?」
「「「それだっ!」」」
「………え?」
大声で同意する皆。そんな中で、僕はただ一人困惑していた。