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ニチジョウフウケイ

作者: 夏野 狗

 運命を信じているか、なんて――。


 

 そんな質問自体が下らな過ぎる。

 そんな非科学的なものがあってたまるものか。

 例えば、この世に宇宙人とか超能力者とか、もっとぶっ飛んでない存在で言えばサンタだとか、そんなのがいないのと同じように、運命などありはしない。

 運命の出会いだとか、赤い糸だとか、バカバカしい。

 そんなものがあるのなら、どうして、人は平気で嘘を吐く?

 例えば、結婚式で誓い合う愛の言葉的なアレ。

 生涯愛し続けることを誓いますか? と訊かれ、互いがそれに同意したはずだ。

 まあたぶん、少なくともその時はどっちも気分ノリノリで『俺達生涯ずっと愛し合ってるゼ☆』とか想ってるんだろうけど、そんなものは十数年と持たずに数年で崩壊するだろう。

 崩壊するまでならまだしも、結婚した多くの夫婦が離婚をしている。

 えーっと確か……。

 まあ覚えてないからそんなのいいや。

 仮に離婚してないにしても、何十年も互いに愛し続けるなど不可能と言っていいだろう。

 その証拠に、離婚をしていなくとも、結婚して何十年と経つ夫婦に『あなた方は今幸せですか?』と訊いて、心の底から『はい』と言える者など数えるほどだろう。


 人は、その数えるほどの人間の幸せを掴みたがっているのだろうけれど――。


 俺だって、そうだ。

 いや、そうだった。

 ちょっと前まで付き合っていた彼女を心の底から愛していたし、愛されているという自信もあった。

 だから、追々だけれど、結婚もしたいと思っていた。

 彼女もそれには同意していたし。


 毎日バカみたいに幸せだった。

 彼女が自分の為に部屋の掃除をしてくれたり、自分の為に洗濯(いや主に洗濯機だけど)をしてくれて、料理をしてくれて。

 そんな生活が三年も続いていたものだから、いつしかありがたみも薄れて、幸せだとは感じていたけれど、どこか当たり前のように思えていた。

 彼女が掃除をしてくれて、洗濯をしてくれて、料理を作ってくれて、――傍にいてくれて。


 だけど、そんなもの実にあっけない幸せに過ぎなかった。


 ある日突然

『好きな人が出来たから別れて欲しい』

 と一方的に言われた。

 そりゃもちろん、俺はそれに対して『ああ、そうですか。じゃあ別れましょう』などと言えるはずもなく、みっともなく、泣いた。

 とりあえず良く分からなかったけれど、涙が出てきた。

 自分自身、驚いた。

 その涙を拭い、彼女に色々訊いた。


 えーっと、なんだったっけな。

 いつどこで知り合ったどいつだ、とか。

 俺よりそいつのが好きなのか、とか。

 だったかな?

 それに対して彼女は、

『いつどこで知り合った誰かということはあなたに言うことじゃない』

『あなたよりそっちの人のが好きだから別れて、って言ったの』

 とか言ってたと思う。

 彼女は平静なままで、とても冷静な対応と声だった。

 そこで俺は思った。

 そういえば、いつからか声を上げて喧嘩をすることが無くなったな――と。

 以前はよくつまらないことで喧嘩をして彼女を泣かせて、互いにギャーギャー声を張り上げて喧嘩をしていたのに、最近はそういった喧嘩という喧嘩を一切していなかった。

 ただ、互いに何かあると指摘したりせず、溜め息を吐いたり、心の内に留めておくだけだった。

 そして俺は悟った。

 ――いつからか、互いの『愛』は失われ、枯れていたのだと。


 ああ、どうしようもないな。

 そう思い、彼女に分かったと告げた。

 すると、俺の気のせいかもしれないけれど、彼女はどこか怒ったような、哀しい顔をしたように見えた。

 彼女はその日のうちに、部屋にあった少ない荷物をまとめ、出て行った。

 一度も、こちらを振り返ることなく、彼女は俺の知らない世界へと行ったのだった。

 ただ、彼女が扉を開け、出て行く時に『さようなら』と言った気がした。

 とても小さな声で、弱々しかった。泣いているような、そんな声だった。

 それを訊いた瞬間、彼女の手を引き、何かを言いそうになってしまった。

 結局のところ、何もせず、その寂しそうな背中を見送ることしか自分には出来なかった。

 喉元まで出かかった言葉に対し、自分自身、つくづく情けない人間だと感じた。


『行かないで――ねえ』

 どの口が、そんな言葉を言おうとしたのか甚だ疑問だ。

 彼女はもう、彼女の世界に向かって歩き出している。

 それを、俺が水を指す様な真似をすべきではない。

 だから、これでいいのだ。

 そう、納得しても、自分の目から涙が溢れ止まることはなかった。

 数時間泣いたのちに、さすがに枯れたけれど。

 彼女がいなくなった、という事実によって、途端に自分の部屋が無機質な物に思えた。

 泣きまくって痛くなった目を擦りながら、部屋を見渡す。

 彼女の持ってきたものは少なかったけれど、それでも目に付く場所にある物も多かった。今は、その全てが無い。

 自分の置いた物しかない。とても寂しい部屋だ。


実に、あっけない。

幸せなど、実に壊れやすい。


 昔、彼女によく言っていた好きとか愛してるとか、今じゃ滅多に口にしなくなったのがいけなかったのだろうか?

 この幸せに慣れ、彼女がいるのを当たり前と思ったのがいけなかったのだろうか?

 彼女の俺に対する愛を、信じて疑わなかったのがいけなかったのだろうか?

 ――自分自身すらも、分からなくなるほどに、自分の彼女に対する想いが薄れていたから?


 たぶんどれも間違いで、どれも正解なのだろう。

 失ってから、大事さが初めて分かるというけれど、あれは本当だな。

 いなくなってしまった今じゃ、自分の想い一つ伝えることすら出来ない。

 好きだとも言えない。

 大好きだとも言えない。

 愛しているとも言えない。

 ごめんとも言えない。

 何も、伝えられなくなってしまった。

 人は、幸せというものに慣れてしまう。

 いつしか、その人物だったりを大事に想う心が欠落する。

 穴が空いてしまう。

 そうなってしまったら、終わりを迎えてしまう前にどうにか気付いてやり直すしかない。

 けれど、それが難しい。

 俺はもう、失ってしまった。

 きっともう、永遠に手が届かない――。

 どんなに足掻こうが、それはもう悪足掻きに過ぎず、もう、触れることは許されないのだ。



 運命なんて、無い。

 神様だって、いやしない。

 ただ、運命ってものがあるのなら、願わずにはいられない。

 ――彼女に再び逢えることを。

 ただ、神様ってものがいるのなら、願わずにはいられない。

 ――彼女の幸せを。


 嗚呼、もう――。

 彼女が幸せならそれでいいや――。


 泣いて腫れた重い目を、閉じる。

 今日はゆっくりと寝れそうだ。

 明日仕事が休みでよかった。



 好きって感情を消せれば、楽になれるかもしれないけど、この気持ちは捨てられそうにない。

 運命なんて信じちゃいないけれど、彼女への愛を自分自身が信じることくらい、いいだろう――?

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