8.強面(こわもて)刑事(デカ)と筋肉質(マッチョ)のサラリーマン
8.強面刑事と筋肉質のサラリーマン
マンションの前に停められたタクシーから降りてきたのは、いかにもサラリーマンと言った中年の男だった。 しばらくすると、マンションから出てきた女をタクシーに乗せて走り去った。
「ご苦労様です」マリは男に頭を下げた。
「仕事とはいえ、あなたのような美人と一緒にいられるのは光栄です」男は照れくさそうにそう言った。 しかし、マリは男の言葉には耳を貸さなかった。
商店街に入ると、ジングルベルが流れ、大売り出しのチラシを配るサンタクロースがあちこちに見られた。 もうすぐクリスマス…。
マリが働くとすれば水商売しかない。 車を買ったということは、手持ちの金も多くないはずだ。 当面は安いモーテルのたぐいに身を隠しているに違いない。 健司の推理は的中していた。 しかし、どこを探しても、誰に聞いても、この町に入ってからの足取りがつかめないまま数日が過ぎた。
もう、この町にはいないのかもしれない。 そう思い始めた頃、松波から連絡が入った。
「大事な仕事がある。 すぐに戻って来い。 うまくいけば借金は帳消しにしてやってもいいぞ。 どうだ? やってみるか?」松波はそう言ってきた。
借金を帳消しにしてくれるのは願ってもないことだ。 しかし、それほどの仕事なら、相当ヤバい仕事に違いない。 それくらいのことは健司にも分かった。 しかし、やるしかない。 健司は覚悟を決め、後ろ髪をひかれる思いで、一旦、東京から離れることにした。
向井は、すぐに若田部に報告した。「野郎が東京から離れました。 松波からヤバい仕事を頼まれたらしいです」
ちょうどその時、事務所のドアが開いて、二人の男が入ってきた。「今、松波とか言ってたな? 若田部さん、まさかとは思うが、あんたヤバいことに手を出したんじゃないだろうな?」二人のうち、年嵩の強面の男が若田部に近づきながら言った。
向井はその男を止めようとしたが、男は構わず、若田部の机に腰掛けた。
「相変わらずですな、権藤さん。 いくら金を積まれても松波なんかと関わったりしませんよ」若田部は笑いながら、その男に行言った。
「それを聞いて安心したよ。 松波んとこの鉄砲玉がこっちに来ていると聞いて、あんたなら何か知ってんじゃねえかと訪ねてみたんだが…」男は机から離れると、今度は向井の周りを歩きながらそう言った。
「その鉄砲玉に刑事さんが何の用ですか?」向井が訊ねた。
「知らないならそれでいい。 松波とは関わるな。 相当ヤバいことになってるって噂だからな」権藤刑事はそう言って、ニコッと笑って見せた。
「どういうことかね?」若田部が聞く。
「例の政権交代で工事が中止になったダムあんだろう。 あれに裏で相当の金をつぎ込んでるらしい。 工事が中止になって投資した12億がパーになったって話だ。 地元の開発団体に天下った元国交省の役人に騙されたって怒りまくってるそうだ。 そこで、その役人は当局で保護しているらしいが、怒りがおさまらない松波は鉄砲玉にヤツを狙わせると言ってるらしい」そこまで話すと、急に口を押さえた。「今のはオフレコだかんね!」そう言って権藤は若田部に手を振りながら部屋を出て行った。
この権藤もまた、俊彦と同じように若田部と持ちつ持たれつ、いい関係を保っている。
健司が東京を離れた。 その情報はすぐに俊彦へも伝えられた。 俊彦は久しぶりに店へ顔を出した。 マリと知り合って以来だ。
マリがこの店で働くようになって1週間。 どうやら、馴染みの客が付き始めたらしい。 マリは特に俊彦を意識する様子もなく相手をしている客と話をしている。 俊彦の前には以前からこの店で働いている陽子という女が付いた。
「お久しぶりね、 黒木さん」そう言いながら、俊彦の水割りを作る。
閉店時間になると、店に残っている客はマリに好意を抱いているのが見え見えの若い客と、俊彦、送り役のサラリーマンに変装した筋肉質のボディーガードだけだった。 陽子は、終電に間に合うように先に帰った。 マリと3人の男は一緒に店を出た。
若い男が「メシでも食いに行こう」とマリを誘っている。 俊彦はボディーガード役の男に「危険は去った。 仕事は終わりだ」そう耳打ちした。 すると男はニヤリと笑い、マリを口説いている若い男を軽々と担ぎあげ「黒木さん、お休みなさい」と俊彦に挨拶をしてその場を後にした。
俊彦はマリと並んで歩いた。 マリは俊彦の腕に自分の腕をからませ、俊彦にもたれかかった。
「今日は俺が送ろう」俊彦はそう言ってマリの顔を見た。




