4.スウエットと折りたたみ自転車
4.スウエットと折りたたみ自転車
川村奈美恵が高校三年の時、両親が離婚し奈美恵は母親に引き取られた。 高校を卒業すると奈美恵は電機メーカーの工場で働き始めた。 工場の寮に入ると母のいる家に帰ることが少なくなった。
奈美恵の母は生活のために夜の仕事をするようになり、いつしか男を連れてくるようになった。 男は奈美恵にも優しく接してくれたが、奈美恵は本当の父親が忘れられなくて、家にいるのを苦痛に感じるようになった。
工場で働いていると、そこに出入りしている運送会社の社員と仲良くなった。 しだいに付き合うようになり、寮を出て男の部屋で同棲するようになった。
加藤健司は運送会社で働きながら、コツコツと金を貯めていた。 独立するつもりで貯めていたのだが、出入りしている電機メーカーの工場で働いている女を好きになり付き合い始めると、格好いいところを見せたくて貯め込んでいた金を浪費し始めた。
彼女が同棲することを承諾した時に、今のアパートより広いマンションに引っ越した。 彼女が喜びそうな家具や家電製品を一通り買い揃えると、貯金の残高もだいぶ少なくなった。 それでも、働いていれば家賃や光熱費を払ってもやっていけるだけの稼ぎはあった。
健司は奈美恵との結婚を真剣に考えるようになると、奈美恵に仕事を辞めさせ、花嫁修業と称して家事に専念するように頼んだ。 しかし、実情は勤め先で他の男と一緒にいるのが心配でたまらなかったのだ。
そうとも知らずに奈美恵は、健司の申し出を快く受け止め、工場を辞めて健司の妻のように振舞うことに幸せを感じていた。
そんな矢先に、健司の勤めている運送会社が倒産してしまった。 健司は少ない退職金と貯金していた金でダンプを購入し、フリーで土建業者の仕事を請け負うようになった。 最初は仕事にも恵まれ、今までよりも多い収入があった。 しかし、長続きはしなかった。
健司のことを愛していた奈美恵は、健司の収入が減ってくると、自給のいい水商売で働くようになった。 気が付けば、いつの間にか、奈美恵が健司を養っていた。 健司は次第に自暴自棄になり、仕事もしなくなるとダンプを売り払った金をギャンブルにつぎ込んだ。 借金を抱え、身動きが取れなくなると、奈美恵を取り立て屋の経営する店へ働きに出した。
朝食が済むとマリは進んで食器を片づけた。 システムキッチンに備え付けられた食器洗い機に食器を入れると、扉を閉めてスイッチを押した。
「すごい部屋ですね。 お家賃けっこうするんでしょう?」マリは何げなく聞いてみた。
「そう思うだろう? ところがそうでもないんだ。 この部屋、訳ありでね。 通常の半額で借りられたんだ」俊彦は一瞬、意味ありげな笑みを浮かべて答えた。
「訳ありって…」マリは少し不安そうな表情で訊ねた。
「それは聞かない方がいい」俊彦はそう言うと、その理由については一切話さなかった。
「それより、車のキーを貸してくれないか?」
「キーですか? どうするんですか?」マリは俊彦にクーペのキーを差し出した。
「君のクーペを駐車場に移してくる。 ついでに俺の車を持って帰る。 俺が戻るまでに部屋の掃除をしておいてくれ。 それに、シャワーも浴びた方がいい。 服や道具はあるものを適当に使っていいから」そう言うと俊彦はクーペのキーを持って部屋を出た。
ひとり取り残されたマリはあっけにとられてしばらく呆然としていた。 部屋を見渡しても掃除しなければならないほど汚れても散らかってもいない。 マリはシャワーを浴びることにして浴室へ向かった。
俊彦はマンションの前の路上パーキングに停めてあるマリのクーペの駐車代金を清算すると、クーペに乗り込みマンションの専用駐車場に移動した。 自分の車の駐車スペースにマリのクーペを入れると、部屋専用のトランクルームから折りたたみ式の移転者を取り出した。
シャワーを浴びたマリは、体にバスタオルを巻いて、着替えの服を探しに寝室へ向かった。 クローゼットの扉を開けて、着られそうな服を物色し俊彦のスウエットを借りることにした。 その場でスウエットを着ると、自分が寝かせてもらったマットレスをベッドに戻した。
俊彦は自転車で車を停めたままの駐車場まで行くと、乗ってきた自転車を折りたたんで車のトランクに放り込んだ。




