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17.事実と真実

17.事実と真実



 俊彦は運転席の窓から顔を出して叫んでいる男には目もくれず、助手席に座っている奈美恵を見つめた。 車から降りると、マ奈美恵が乗っているワゴン車の助手席側へ近づき、ドアを開けた。

 奈美恵はどうしていいのか分からないといった表情で俊彦と運転席に座っている健司を交互に見た。

 健司は車を降りて、俊彦のところへやって来た。 松波が送った殺し屋だと勘違いした健司はいきなり俊彦に殴りかかった。 俊彦はそれを軽くかわし、健司の腕をつかんだ。 そして、健司に向かってこう言った。

「早まるな。 松波の手下なら、今頃、軽井沢警察の留置所にぶち込まれているところだ」

 奈美恵の表情に安どの色が浮かんだ。 健司は奈美恵の表情をみて、この男が東京で奈美恵をかくまっていた男だと察した。

「とりあえず、中で話をしよう」俊彦はそう言って、別荘の方を見た。 その時、白いセダンが俊彦の車の後ろに止まった。 マッチョが降りてきて俊彦と奈美恵に頭を下げた。


 四人は別荘の居間に集まった。 奈美恵はコーヒーを淹れている。 しゃれたガラスのテーブルをはさんで、俊彦と健司が向かい合って座った。 マッチョは窓から外の様子を見張っている。


 元国交省の役人の件は、未遂に終わった。 これはラッキーだった。 家宅侵入と傷害は免れないが、殺人での立件はなくなった。 それも、松波に脅されてやったとなれば情状酌量の余地はある。 問題は工事現場での事故の方だった。 本当に健司が手を下したとなれば、事情はどうあれ、殺人ということになってしまう。

 健司はその時の状況を話し始めた。

「松波に命令されて、あの男に近づいたのは事実だけど、あれは本当に事故だったんだ。 溢れたコンクリートを一輪車に積み込んで工事用エレベーターに乗せようとした時にバランスを崩して足場から転落したんだ。 俺は何もしていない」

「そのことを証明できるか?」と俊彦。

「その場には二人しかいなかった。 たぶん、誰も見ていなかったと思う」と健司。

 俊彦はしばらく考えて立ち上がった。 そこへ奈美恵がコーヒーを運んできた。 奈美恵はそのまま健司の横に座った。 俊彦はマッチョも呼んでコーヒーを勧めた。 その時、俊彦の携帯電話が鳴った。 若田部からだった。 俊彦は話を終えると、ゆっくりソファに座って、コーヒーカップを手に取った。「ヤクザの親分が飲むにはもったいないカップだな。 だけど、もう、持ち主ではなくなったようだ」俊彦がそう告げると、他の三人は一斉に俊彦の顔を見た。


 マッチョの通報で連行された松波の手下は警察に洗いざらい白状した。 松波の命令で健司達を消そうとしたこと、健司に元国交省の役人を襲わせたこと、系列の闇金で借金の返済に困った者に保険金をかけて殺していたこと、他にも、自分たちが関わった全ての悪事を白状したのだ。 それを受けて、松波を張り込んでいた刑事達はその場で松波を逮捕した。

 若田部は、向井から工事現場の事故についても耳寄りな情報を仕入れていた。 隣の工区のクレーンのオペレーターが事故の様子を見ていたというのだ。 長野県警が早速そのオペレーターから事情聴取を行い、ウラを取った。 こうして、工事現場での健司の容疑は晴れた。


 俊彦の話を聞いた健司は泣きながら礼を言った。 俊彦は健司の肩に手を置いて目配せをした。 健司はうなずいて立ちあがった。 マッチョに合図をすると、マッチョは健司を連れて出て行った。 その様子を窓から見ていた奈美恵は、二人の後を追った。

 健司は奈美恵を抱きしめた。

「ありがとう。 もう大丈夫だ。 これからはお前の好きなようにやればいい」

それだけ言うと、自らセダンの助手席に乗り込んだ。

 マッチョは一旦セダンをバックさせると、Uターンして去って行った。 去って行くセダンに向かって奈美恵は叫んだ。

「待ってるよ。 待ってるからね」

 そして、セダンが見えなくなると、涙を吸い取るかのように奈美恵の頬に雪が舞い落ちてきた。 俊彦は傘をさして奈美恵の肩を抱き寄せた。


 松波が逮捕されると、系列の闇金や土建業者まで悪事を重ねていた幹部や部下が芋づる式に逮捕された。 健司に襲撃された元国交省の役人も贈賄の容疑で立件されることになった。


 その日の夜、俊彦は奈美恵とリゾートホテルに泊まることにした。 マッチョも一緒に。 そして、若田部と権藤刑事も軽井沢へやって来た。 若田部が向井と権藤を連れてやってきたのにはもう一つの目的があった。 そのことは告げずに、俊彦達をホテルでのディナーに誘った。






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