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15.別荘と新聞配達

15.別荘と新聞配達



 旧軽井沢の別荘地に、藤波が偽名で所有している別荘がある。 年に数回、藤波の家族が利用している。

 他の別荘と比較して、それほど豪華でもなければ貧弱でもない。 この辺りに立ち並ぶ別荘としてはごく普通の建物だ。 近隣の別荘所有者たちはこの別荘の持ち主がヤクザの親分だとは誰も知らない。 表札には“藤波”ではなく、“松本”と書かれてあった。


 松本の表札がある別荘に一台の軽ワゴン車が入って来た。 ワゴン車はウッドデッキのテラス前にある駐車スペースに停止した。 エンジン音と共にライトが消されると、両側のドアが開いて、それぞれ男と女が降りてきた。 男はすぐに女の腕をつかむと、ポケットから鍵を取り出し、別荘の玄関へ向かった。

 女はキョロキョロと観察するように周りの景色を見渡している。 しかし、男に強引に建物の中に連れて行かれた。


 健司は部屋の明かりを付けると、居間の暖炉で薪を燃やし始めた。 それから、キッチンに向かい、冷蔵庫の中身を確認したりしている。 藤波から聞いた通り、当面の生活ができる程度の食料や燃料が蓄えられていた。

 健司は奈美恵の食事の支度をするよう指示すると、シャワーを浴びると言って浴室に入って行った。 

 奈美恵は今のうちに逃げだそうとも思ったが、健司を置いてはいけなかった。



 俊彦は軽井沢駅前のビジネスホテルで夜を明かすと、まだ暗いうちにもう一度ゴルフ場にやって来た。 クラブハウスには、すでに明かりが付いていて、オープン前の掃除が始まっていた。

 入れ替わった二人組をマークしていたマッチョも、二人組が警察へ連行されたので俊彦と合流していた。 どうやら、昨夜の検問は若田部が権藤刑事を通じて長野県警に例の襲撃犯が黒いクーペ逃げているとの情報を流したからだということだった。

 早速、支配人に防犯カメラの映像を見せてもらうと、マリ達が車を乗り換える場面がバッチリ映っていた。 乗り換えたのは白っぽいありふれた型式の軽のワゴンだった。

 俊彦はかすかに映っているナンバーをメモすると、若田部に電話をした。

「お安い御用さ。 すぐに県警から連絡が入るはずさ。なにしろ、10年前に世話になった若いヤツが今では本部長だからなあ」若田部は俊彦にそう告げると、マッチョに変わるように言った。 電話を受けたマッチョは、冷や汗をかきながらしきりに頭を下げていた。



 奈美恵はなかなか寝付けなかったので朝早くから別荘の周りを散歩していた。 冷たい空気が肌を刺すように刺激的だった。 俊彦の部屋から自転車で店に通った時のような心地よい刺激だった。

 疲れのせいで熟睡していた健司は、目が覚めると奈美恵がいないことに気が付き焦った。 すぐに別荘を飛び出し、辺りを見渡した。 奈美恵はすご近くにいた。 健司は奈美恵のそばへ走って行くと手を引いて連れ戻した。

「大丈夫だよ。建ちゃんを置いて逃げ出したりしないから」そう言って奈美恵は健司の手を振りほどいた。

「信じられないな」健司は再び奈美恵の手をつかんだ。

「建ちゃんのことが好きな気持ちはずっと変わらないのよ」

「じゃあ、どうして東京なんかに逃げたんだ? おかげで…」

「その方が建ちゃんのためになると思ったからよ」

 二人が言い争っていると、自転車に乗った新聞配達が近付いてきた。 滞在している別荘にだけ朝刊を配達しているのだ。 健司は奈美恵の手を引いて逃げるように別荘の中へ入って行った。

 新聞配達の青年は通り過ぎる時、二人に「おはようございます」と声をかけたが、健司は無視した。



 俊彦のところにワゴン車の情報が届いたのは昼前のことだった。 盗難車だということだった。 俊彦はマッチョに聞き込みをするように頼むと、人気がなく目立たない場所を考えていた。 そして、車に乗り込むと、軽井沢近辺に点在する別荘地をしらみつぶしに見て回った。 丸一日探し回ったが、数が多すぎてキリがない。 その日は昨晩泊ったビジネスホテルにもう一泊することにした。



 健司は藤波から連絡が入るのを待っていた。 海外へ脱出させてくれる手筈になっていたからだ。



 藤波は事件以来、警察にマークされて身動きが取れなくなっていた。

「ヤツを始末しないとヤバいことになるかもしれんな」藤波は、自宅の窓から張りこんでいる刑事達を眺めながらそう呟いた。



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