1.ワイングラスとアイスクリーム
1.ワイングラスとアイスクリーム
年末が近づいてきて、町の雰囲気がだんだん慌ただしくなってきた。 車のラジオからは、クリスマスソングが頻繁に流れている。
車で営業の外回りをしていると、いつの間にか新しい曲を覚えてしまう。 女の子のいる店で、そういう曲をカラオケで歌うと決まってこう言われる。
「若いのね。 こんな曲、どこで覚えるの?」
女の子といっても、僕と大して年が違わない。 当然の反応だろう。
最近は日常生活の中でラジオという存在は消えてしまった。 僕のように仕事で車を利用する人間くらいしかラジオなんて聞かないのかもしれない。
仕事帰りに寄るいつものスナック。 “スナック”という言葉も最近はあまり聞かなくなった。 ここは、その“スナック”という言葉が良く似合う店だ。
俊彦はまだ他の客がいないのを見計らって人気アーティストがリリースしたばかりのクリスマスソングを歌った。
「私、この曲好きよ」
そう言って、ボクの前に現れた子は初めて見る顔だった。
奥の厨房からマスターが顔をのぞかせ声をかけた。
「トシさん、新しく入ったマリちゃん。 よろしくね!」
そう言ってVサインを出すと、マスターは再び厨房に引っ込んだ。
「トシさんっていうんだ」
マリは俊彦の水割りを作りながら時折、俊彦の方を見て微笑んだ。 この店にいる他の女の子よりははるかに若く思えた。
こういう店では珍しく、マリは黒のパンツスーツを着ていた。 まるで仕事帰りの学校の先生のような。
「取りあえず、着替えておいでよ」
仕事が終わって、店に着いたばかりなんだろうと思った俊彦は、そう声をかけた。
「これ、衣装なんですけど」
マリはそう言って、カウンターの中で一回りして見せた。
まあ、そう言われれば、そう見えなくもない。 確かに、中に着ているシルクのブラウスは、控えめだがフリルのような飾り気がある。
「これじゃあ、色気がないでしょうか?」
少し困ったような表情でマリが訊ねた。
「いや、なかなか魅力的だよ」
俊彦がそう答えると、マリは満足そうに笑って、もう一度、くるりと回って見せた。 不思議な子だ。
結局、この日、店に来た客は俊彦一人だった。 女の子はマリと本来なら、もう一人いるはずだが、この日は体調をくずして休んだようだ。
「トシさん、今日は助かりましたよ。 誰も来なかったらどうしようかと思いました」
閉店時間が近付いてマスターがようやくカウンターに顔を出した。 そして、俊彦への感謝の意味でデザートとして、ワイングラスに盛りつけられたイチゴとアイスクリームをサービスしてくれた。
「サービスです。 酔い覚ましにどうぞ」
このデザートを見たマリは目をキラキラ輝かせながら、俊彦を見る。
「どうぞ」
俊彦がそう言うと、マリは嬉しそうにワイングラスを手に取った。
マスターはアイスクリームをスプーンですくって口に運ぶマリを見ながら、俊彦に話しかけた。
「トシさん、よかったら、マリちゃん送って行って頂けますか? 帰る方向が同じなんですよ」
俊彦は断る理由もないので、そうすることにした。




