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四,魂の話と、「ごきげんよう」

「天国と地獄、なんて話をしても信じない人には全くばかげたおとぎ話にしか思えないでしょうね。


 改めて、魂とはどんな物か、と言う話をしましょう。


 そもそも人は死ぬときどうなるか?と言うのがスタート地点でしたね。

 人が死ぬと魂が肉体を離れ、その際にこの世界の魂に接続してネットワークの検索を受けるというのは話しました。

 人の魂がUSBフラッシュメモリみたいな物で、その本質が記録データであるというのも話しました。

 ここで一つ付け加えると、


 魂のデータというのは、移動する物であり、コピーされる物ではない、のです。


 例えば先ほど殺人によって命を落とした魂がネットワークに検索される際、その怒りや憎しみと言った感情がハードディスクに移されて魂は感情的にフラットな状態になる、と説明しました。

 つまり、魂に記載されていた『感情のデータ』がハードディスクに移動されて、魂から消去されるわけです。


 データは移動しますが、データそのものが消去されることはありません、永遠に。


 ハードディスクに移されたデータはそこにとどまり、例えば、その人を殺した犯人の魂に接続し、そこに書き移され、ハードディスクからは消えます。

 ハードディスクからデータは消えますが、移動履歴は残ります。


 さて。

 今の話で魂とはどういう物か?、主観的な性質が分かりました?」


 紅倉はどう?と期待して問うたが、芙蓉も天衣もさっぱり分からず、客席の東欧人たちはそもそも何を話しているのかさっぱり分かっていないようだった。

 ろくに見えていない紅倉はお構いなしに得意になって話を続ける。


「魂は生きている肉体にとっておまけみたいな物で、全然その人間の本質なんかじゃない、と言いました。

 これを聞いて、やっぱり人間死んだらそれまでだと、性根の腐った犯罪者なんかはほっとしたと思いますが、

 ま、そう思ったってかまいませんよ。

 そう思って盗みでも人殺しでも勝手にやるがいいです。

 ただ、

 魂には、自分と肉体、なんて区別は付きませんよ?

 自分は自分であり、そこに物思う自分がいる限り、どう頑張ったって自分という物を否定なんて出来ません。

 くどいですけど、魂にはその人のすべてのデータが書き記され、そのデータは、肉体が死ぬ瞬間に完全に魂に移動し、肉体には『自分』という意識はいっさい残らないのです。

 そう、生きている人間にとっても魂は一つ大きな役割を持っていて、それは、


 意識の定着です。


 魂が抜けたような顔、なんて言うでしょ?

 感情のない、ぼーっとした顔つきです。

 そういうとき魂は肉体を離れて、いわゆる『生き霊』の状態であることが多いんですけどね。

 お化けの事件で生き霊というのはなかなかやっかいな物で、死んだ人の魂よりずっと自己主張が強く、怨念が強い場合が多々あります。

 でも、そうして生き霊の起こした心霊事件を、当の肉体は全然覚えがないのが普通です。それは肉体の脳に記録データがないんですから当然です。

 つまり、

 人間の肉体は魂なんてなくたってちゃんと働くけれど、意識の連続が途絶えてしまうんです。

 いや、生き霊の事なんて全然知らなくて、その間の意識も記憶もはっきりあるぞ、と当人は言うでしょうが、それは脳が肉体として働いているのであって、確実に『自分』という意識は低下しているはずです。


 例えばですね、こういう経験をしている人はいませんか?

 鏡で自分の顔を見て、なんとなく知らない顔のような、自分ではないように思えてしまう、というような経験?

 これは魂が精神的なストレスや病気などの体の衰えによって肉体から離れかけているか、『悪霊』というような他人の魂が接続している場合が考えられます。


 人は生きている間『自分』という認識の主体は肉体にありますが、肉体が死ぬと、『自分』という意識は魂に移動するのです。


 ですからね、

 生きている間は魂なんて自分の考えや行動に全く関係ない物ですけれど、死んだ瞬間に『自分』は魂になるんです。


 『自分』として人生を歩んだ肉体と、

 その人生の単なる記録装置である魂は別物です。


 ですから今生きているあなたと、死んだ後の魂はもともと別の物です。それを今生きているあなたが『魂なんてどうでもいい』と否定するのは自由ですし、それはメカニズムとして正しいとも言えます。

 が、

 『自分』であるあなたに、生きている今の肉体の『自分』と、死んだ後の魂の『自分』の区別は付きません。

 『あなた』は永遠に『あなた』であり、何度輪廻を繰り返そうが、『自分』という意識から逃れることは出来ません、永遠に」


 紅倉は、それがさも残酷なことのように、ニンマリ意地悪く笑った。


「さて。

 わたしにとってはみんな当たり前の知識なんですけれどね、改めて説明しようとするとずいぶん面倒くさいですね。


 魂にはその人のすべてが記録されている。


 ではその『すべて』とはどういう物なんでしょうね?


 さっきからわたし『地球の魂』とか『ハードディスク』とか『宇宙』とか、普段使わない単語ばかり言ってますけれど、しょせんオカルトの心霊現象をSFの道具立てでそれっぽく言ったって所詮眉唾物だとほとんどの人は思っているでしょう。

 魂だの魂のネットワークだの、そんな物がこの世界のどこに存在しているんだ?

 と、まあ、普通は信じませんよね?

 わたしも頭悪いんでよく理解できてないんですけれど、そもそも宇宙って、『時間の流れ』と言い換えてもいい……んじゃない?」


 紅倉はこれはあまり自信なさそうに芙蓉と天衣に訊いたが、残念ながら芙蓉も天衣も基本的に文系人間でそういう宇宙物理学みたいな話はさっぱりだ。紅倉は諦めて勝手に自分で頷いて納得した。


「まあ、そうだと思うのよ。

 この世界でそういう仕組みが成り立っているのは宇宙の構成要素である『時間』が大きな役割を担っている、と思うのよ?よく分からないけど。


 で。


 魂に記録されているデータには、データとしての『時間』が記録されている、はずなのよ。


 これがどういう意味か、分かるかなあ〜〜?」


 紅倉は悪戯っぽく、しつこいくらいニヤニヤして人々を見回した。


「人が死んで魂をネットワークに検索されるとき、そのデータをすべてロードされる、ということは、そこに含まれる『時間データ』もロードされ、つまり、魂の主観では、自分の人生をもう一度、と言わず、検索されるデータの数だけ、何度でも、繰り返し生き直す、ということよ。

 ちょっと違うわね。

 接続されたデータの主観で何度も自分の人生を生き直す、ということだったわね」


 「うん」と紅倉は満足そうに頷き、ニッと恐ろしい目つきで笑った。


「人殺しの例を話したわね?

 自分が殺した人間の主観で自分に殺されるって。

 それは単なる記憶としてではなく、『時間』も主観で体験するのよ。


 客観的にはデータの検索はほんの一瞬のことです。


 が、

 魂の主観は、何年、何十年、何百年、ひょっとして、何千年と、オンタイムで時を過ごすのです。


 それでこのビデオの意味が分かるでしょう?」


 ディレクターは慌ててビデオを再度再生し、不気味な心霊現象のカッと目を見開いた恐ろしい大統領の顔でストップした。


「魂の検索は死んだ瞬間のほんの一瞬で済むのがたいていです。

 が、接続されるデータが膨大な数であったため、こんなにも長く、数秒間、ロードに時間がかかってしまったのです。

 この大統領は、死の瞬間から数秒間で、おそらく何千年の時間を過ごしていたのです。それももの凄い濃度の体験をして。

 この顔を見ればそれがどれほど恐ろしい体験であったか分かるでしょう?」


 カッと目を見開いて恐怖の叫びをあげる大統領は、スローモーションで再生がスタートし、もの凄い叫びに自ら引き裂かれるように、粉々の霧になって消え、元の死体の肉体に戻った。


「この人が歴史的にどう評価されるべき人なのか、わたしには分かりません。

 が、これだけ人の恨みを受けているのですから、まさに自業自得なんですけれど、哀れですね。

 かわいそうに、彼の魂は壊れてバラバラになってしまったようですね。

 魂は永遠なんですけれどね、こうなってしまってはもう『自分』は保てませんね。

 バラバラの断片だけが永遠に漂い続けるだけですね。それでも『地獄』に追放されることはなかったようですから、それが大統領としてのせめてもの業績ということでしょうか?」


 紅倉は興味なさそうな顔で肩をすくめた。

 気を取り直して。


「ああ、走馬燈です。

 臨死体験をした人が一瞬のうちにそれまでの人生のイメージを見るのは、魂が一度ネットワークに接続して検索されたからですが、魂の主観では何十年の人生も、肉体的にはほんの一瞬の時間に過ぎませんから、魂が死にきれず肉体に戻った際には改めて肉体の時間で『走馬燈を見た』という記憶が客観的に再認識されるのです。


 ああ、一つ注意。


 人を呪わば穴二つと言います。

 人を呪う者は自分も呪い返されると言うことです。

 魂の検索は一方的なものではなく、コンピューターに接続した双方向のものです。

 人への恨みが的はずれな身勝手なものであるなら、それはそっくり自分に返ってきます。

 閻魔大王は公平な正義の人ですからね。


 さて、とお………」


 紅倉は他に言い忘れていることがないか顎に指を当てるお得意のポーズで考え、大丈夫なようでにっこり笑った。


「では最後にこのビデオテープを浄化して終わりにしましょうか。


 昔の人は写真は魂を吸い取ると恐れたようですけれど、全く迷信とも言えないんですよね。

 写真に写った像はもう一人の自分ですから、その瞬間の魂を持ってしまうんですよね。

 ビデオなら尚更その時間が長く、情報量も多くなってしまいます。

 と言うわけで、やっぱり心霊写真とか心霊ビデオとか言うのは接する人、見る人に悪い影響を与えてしまう恐れがあるのでクリーニングしておきましょう。

 この」


 と、薄笑いを浮かべてモニターを眺め、


「哀れな魂をここから解放してあげましょう。どうせたくさんあるコピーの一本だからかまいませんよね?

 カメラさん、準備はいい?

 今からここでこのビデオを再現してあげますから」


 と、紅倉は右手を開いてテーブルの盤面に開いたモニターに被せると、グッと、何か掴み取り、ポイと放り上げた。



 バチイイッ!、



 と、スタジオいっぱいに閃光がスパークし、パアンッと照明がすべて消えた。

 真っ暗闇でスタッフの慌てた声が飛び交い、やがて元通り照明がついた。

「あー、びっくりした」

 と天衣が目をぱちくりさせて言った。

「カメラ大丈夫ですか? 回ってます? はい。


 先生。今すごい光が爆発したみたいになって照明が消えちゃったんですけど、今のは、なんだったんでしょう?」

「ちょっと無茶だったかしら?」

 紅倉はてへ、とお茶目に舌を出した。

「すみません、失敗しちゃいました。やっぱりもの凄いエネルギーの放出になっちゃいましたね。

 面白い現象だったんだけどなあー、撮れたかしら?」

「ただいまスタッフが先ほどのVTRを確認していますから少々お持ちください。……………

 いいですか?

 はい、どうやら照明の切れる瞬間までの映像は撮れているようです」


 先ほどの閃光の発生が映し出されるが、閃光が爆発した次の瞬間、真っ暗になってVTRは途切れてしまう。

 しかし目のいい芙蓉が何か見つけて「うん?」と眉をひそめた。

「今の瞬間をスロー再生してみます」

 紅倉がモニターから手を上げて斜め上に掴んだ物を放り投げて、そこにパッと白い光が現れると、客席の雛壇からいくつもの白い光が立ち上がって、前方の白い光と光線で結ばれ、その数十本の光線が太く膨れ上がり、真っ白に巨大な閃光となり、そしてブツッと途切れた。

「どう?」

 と紅倉に訊かれて芙蓉が指摘する。

「前方の一つの光と客席の光たちが線で結ばれる画で止めてください」

 再びVTRが超スロー再生され、気づいた天衣があっと声を上げ、映像は一時停止した。


 スタジオ全体をステージ側から撮った画。

 ステージ上の宙に簡素なジャンパーを着た男性の後ろ姿が立ち、雛壇いっぱいに白い人影が立ち、その丸い顔面から光の線が発射され、後ろ姿の男性の顔につながっている。


「ニュースのVTRを確認してください。大統領のお化けは消えていると思いますから」

 紅倉の指摘で再生してみると、確かに、死体の顔に二重写しのようになっていた不可解な恐ろしい白い顔は消えていた。

「はい、ちょっとした手品でした。わたしが消した、と言うか引っぱり出したのはこのコピーのビデオテープからで、歴史的に貴重なビデオテープには大統領のお化けが写ったままになっていますから早とちりして怒らないでくださいね?」

 天衣は怖そうに客席を見た。

「先生。わたしずっと気になっていたんですけど、客席に、誰か居たんですか?」

「ええ」

 紅倉は天衣ににっこり笑いかけて言った。

「その、さっき説明した天国の一つからね、ゲストをお呼びしてました。

 あっちのテレビにも生中継されていてあっちの皆さんもご覧になっていたはずですよ。魂のネットワークは光通信完備、地球の裏側だってストレスなしにあっと言う間です。

 もう皆さん成仏されて、別の天国に移動して吸収合併されています。

 一つ天国を消滅させてしまいましたけど、ま、こういうのはかまわないわよね?」


 客席にいた東欧人たちは皆姿を消している。この小説は紅倉の主観にアクセスしたスピリットからの情報を元に書かれているのであしからず。


「さて」

 と紅倉はカメラを見る。


「わたしのテレビのお仕事はこれでお終いです。

 こんなわたしでもお仕事をさせてもらってお金をいただいて、とても嬉しかったです。

 皆さん、これまでご覧いただいてありがとうございました。

 わたしは明日からふつうの綺麗なお姉さんになってふつうの生活を送らせていただきます。

 それではみなさん、


 ごきげんよう」




 こうして現代最強の霊能力者と称えられた紅倉美姫は人々の前から姿を消した。



 おわり。

*ありがとうございました。

 「お札さまの花嫁」後、シリーズは休止し、もう小説書くのやめようかなあー……、と思ってました。

 読者さまに応援のコメントをいただき第2シリーズを開始しました。この「最終回」から一つ順番が逆になってしまいましたが「幽霊の棲む家」「ショウ君が消えた」と第2シリーズへ続きます。

 「ホラー」がどういうところから発生するか考えるとどうしても重苦しい話が多くなりがちですが、読んでくださる読者さまには心より感謝申し上げます。ありがとうございます。

 現在紅倉シリーズはかなり迷走しておりまして、読んでくださいます皆様にはかなり苛々した気分を与えてしまっていると思うのですが、申し訳ございません。

 ……まだ迷走は続きそうです。

 第2シリーズも「猛犬バスカヴィル」を最後に実質的に終了して久しいですが、第3シリーズはどうなるのか?実は構想はある程度できているんですが、なかなか取りかかれる状態にありません。(ファンタジー物をどうしようかなあ……とまだ迷ってまして)

 今回ちょっと久しぶりに紅倉の出てくる紅倉物を書いたら、早い早い、予定よりだいぶ長くなったんですが3日ほどで書き上がりまして、まあ内容は過去作品からの引用で作品世界の設定を解説したような物なので退屈だったと思うんですが、書いている本人はとても楽しかったです。

 どういう形になるか分かりませんが、また書きますのでよろしくお願いします。(2010,10,04)

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