三,紅倉版「魂とあの世の解説」
このスタジオ収録にはゲストはおらず、紅倉と芙蓉と、顔なじみの天衣喜久子が進行役としている。
異様なのが雛壇の客席で、
紅倉美姫は”Medium Benikura”として広く海外でも有名で、今回自国の歴史的映像が鑑定されるということではるばる東欧から五十人もの同国人が見学に訪れていた。
彼らは十代後半から七十歳くらいまで広い年齢層の男女で、白い肌に黒髪、大きな黒い瞳をした者が多く、通訳なしで分からないのだろうが、いささか怪訝な目でじいっと彼女の解説に聞き入っていた。
「さて。
死んだら人はどうなるのか? 誰しも考えることでしょう。
そもそも人間に魂なる物があるのか?、との問いにはわたしは立場上『ある』とお答えします。
これは以前も話したことがありますが、魂とは計測によると21グラムの物質のようですが、わたしの経験上の見解を言えば、その本質はその上に載ったその人の人生の記録です。魂にはその人が生まれて、死ぬまでの、全生涯がすべて記録されているのです。
さて。
魂に記録されている全生涯とは、いったいどのようなものなのでしょうね?」
紅倉はお茶目に笑顔で問いかけ、聞き役の天衣と芙蓉は難しく首を傾げ、紅倉が視線を向けると客席の東欧人たちは変わらぬいぶかしげな目でじっと見返してきた。
「人は死ぬ瞬間にそれまでの人生が走馬燈のように脳裏に甦ると言いますよね? ああ、ところでわたし走馬燈って見たことないんですけど、ろうそくの灯りで影絵がくるくる回る提灯みたいな物なの? まあどうせわたしには見えないからどうでもいいわ」
番組をご覧の皆さんには周知のことだが紅倉はひどく目が悪く、全く見えないわけではないようだが、本人曰く「水に滲んだ白黒映像」程度にしか見えないようだ。
「さて、死ぬ瞬間に走馬燈のようにそれまでの人生が甦る、と言っているのはいわゆる臨死体験をした人たちで、まあ実際には生きている人たちです。死にそうになったけれど死ななかった、またはいったん死んだ状態になったけれど生き返った人たちで、いずれにしてもこの世に生きている人たちの証言です。
本当に死んでしまった人たちがその瞬間にどうであったのか?
は、死人に口なしですから誰にも分かりません」
と、自分は知っているのであろう紅倉はおどけて手を開いた。
「偉い学者の先生なら死の瞬間に見る走馬燈のような人生のイメージを、脳にしまい込まれたそれまでの記憶が死の瞬間の激しい電気信号によって一気に読み出された事による現象だ、と解説するでしょう。
それに異存はありませんが、わたしはインチキな霊能者ですから『魂』というオカルト的道具立てで解釈をします。
死の瞬間、
自分の体を離れようとする魂は、この世と別れてあの世に行くために、その接続を切ろうとします。
そのために、この世の霊的ネットワークは、その魂を切り離してしまっていいものか、一度そのデータを検索します。
データを検索された魂は、その瞬間に世界のすべてとつながり、と言ってもそのネットワークは巨大すぎてすべてと双方向につながることは出来ませんから、自分に関係のあるデータだけピックアップされ、それらと相互に検索し合うことになります。関係のあるデータだけと言っても人一人が一生の内に関わる『世界』というのはそれだけで膨大な物で、それと一気につながるわけですから実はものすごいエネルギーを消費しているわけです。超高感度カメラで撮影すれば死の瞬間に魂の出入り口である首の後ろが白く光るのが見られるでしょう」
そうなのかしら?と芙蓉と天衣は顔を見合わせたが、二人にそれを確かめるすべもなく、紅倉はけっこうその場のノリで口から出任せを言うのであまり真に受けては馬鹿を見る。
「これも前に言ったかしら?
21グラムの魂の本体は今風に言えばUSBフラッシュメモリ?みたいな物で、取り外し、差し替えの出来るコンピューターの記録メディアみたいな物です。
ところでその構成物質であるエクトプラズムは自然界に当たり前にある物です。つまり、この世界の魂となり得る物質が地球上あらゆる場所に存在しているわけで、事実、この世界は『地球の魂』とも言える物を持っています。
ただ、それをメルヘンチックに、純粋な子どものように愛らしい物と考えるのは幼稚な夢想です。
言ったように、魂の本質とはそこに載った記録データなのです。地球の魂にも当然地球が生まれてこれまで生きてきた全生涯のすべてが記録されています。
人や動物や植物やその他物の魂をリムーバルのフラッシュメモリとするなら、地球の魂は地球に内蔵された巨大なハードディスクと言っていいでしょう。
人間の魂のネットワークも巨大な地球の魂に属しながら、その全体に接続することは不可能です。それが可能としたら……それこそ神様だけ、なんでしょうね。
さて。
人間は死んだらどうなるか?と言う話でしたね。
肉体と魂が分かれ、肉体は機能しなくなり、いずれは朽ち果てます。
皆さんは魂こそが人間の本質である、と思いたいでしょうが、残念ながら違います。
生きている人間にとって魂なんておまけみたいな物で、まあ、ただの記録メディアに過ぎませんからね。
生きている人間の本質は間違いなく肉体にあります。
ただ、」
紅倉は時々やるものすごく意地悪な笑いを浮かべた。
「肉体から切り離された段階で魂は新しい生きるための肉体を探します。
しかし、くどいですが、魂はただの記録メディアに過ぎないので、自分でその新しい肉体を探す力はありません。ほぼ一方的に次に所属すべき状態を決定されると言っていいでしょう。
閻魔大王という存在は確かにあります。
人は死ぬとその魂は三途の川を渡って閻魔庁に送られ、生前犯した罪を浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)に映されて閻魔大王はじめ十王の審判を受けて地獄、極楽、その中間の輪廻道(りんねどう)、いずれかへ行くことを決められます。
浄玻璃鏡にはその者の生前の一挙手一投足がすべて映し出され、またその人生が他人にどう影響を与えたか、また他人がその者をどう思っていたか、まで映し出されると言います。
つまり、浄玻璃鏡とは単にその魂の記録データを検索するだけではなく、ネットワークを介したもっと広範な検索を行うのです。
さて。
この閻魔さまの話をさっきの地球の魂とそこに属する人間の魂のネットワークに当てはめると、
人間が死んで魂が三途の川を渡ると言うのは、魂が肉体と別れる現象を言うのであって、まあ、三途の川自体はここ」
と紅倉は自分の首の後ろを触った。
「にあると言っていいでしょう。
三途の川を渡った魂は行くべき世界を決める閻魔庁に送られるわけですが、それは肉体を離れた魂がその瞬間に地球の魂のネットワークに接続することであり、閻魔庁とは魂がネットワークにつながった状態のことを指します。
さて、では魂を裁く閻魔大王は何者かと言えば、魂を検索するネットワークその物であり、具体的な十王と言えば、それは『関係あり』と検索されて魂に接続したネットワーク中の各データと言うことになります。
ここで」
紅倉はいかにも「ポイントですよ?」と言うように指を立てた。
「重要なのは、魂の接続というのは、ただ単にデータを読み取られることではなく、文字通りコンピューターに接続し、こちらも検索する相手のデータを読むことになる、と言うことです。
双方向、インタラクティブ、なんですね」
難しい言葉を知ってるでしょう?と紅倉はえっへんと威張った。
「つまり、魂は生前関わった人たちの主観で自分自身を見つめることになります。
まあ、具体的に簡単な例を挙げれば、
人を殺した人間が、
殺された人間に成り代わって、
自分に殺される体験をする、
と言うことです」
紅倉は平気な顔で言っているが、いささか得意になっているように見えるのは気のせいでもあるまい。
「逆に人に殺されて死んでしまったような魂の場合、肉体を離れて魂のネットワークにつながった時点でその強い感情、
怒りや、憎しみや、悲しみや、無念さを、
接続したハードディスクに書き移して、感情的にはフラットな状態になります。これが上手くいかないと、ネットワークから弾き出されて、あの世に行くことが出来ず、現世をさまよう幽霊になってしまうわけです」
お分かり?と紅倉は客席に小首を傾げてみせた。観客の東欧人たちは難しそうに顔を曇らせてじっと紅倉を見続けた。
「上手くフラットな状態になれた魂はネットワークの検索を経た後、それぞれにふさわしい次の世界に送り出され、将来別の肉体に生まれ変わる者はハードディスクにとどまって、生まれ変わるまでの時間を現世の時間の流れと共に過ごしたり、ネットワークのバーチャルリアリティーの中で過ごしたりします。
完全なあの世、
天国や、
地獄
に行く魂は、それこそ完全にこの世の魂から切り離され、『別の世界』へ行きます。
天国という物がどこにあるのか?
地獄という物がどこにあるのか?
それはこの宇宙という物の成り立ちに関わる問題で、無学でおバカなわたしには分かりません。
わたしたちの一般的な認識での『この宇宙』にはない、と言うことだけはわたしにも分かります。
魂に行くべき世界を選ぶことは出来ない、と、いかにもネットワークに強要されるように言いましたが、そうではないんです。
魂は、正直に、自分が一番行きたい世界に行くのです。
すべての魂は天国に行くことが出来ます。
ただ、それはその魂の主観で『天国』に思えるだけで、客観的にはそれは『地獄』に見える物もあります。
自分の欲のために人殺しをするような人間が、全く暴力や欲のない世界に行って、のほほんと平和に暮らしていることなんて出来ないでしょう?
天国とは、似たもの同士の魂が集まって作ったバーチャル空間なんです。
人殺しの魂は人殺しの魂ばかりのネットワークに入り、そのバーチャル空間で新たな肉体を得て暮らし、そこで自分たちの好きな社会を作るのです。
好きなだけ殺し合って強欲をあさればいいんです。
そこにはどうせ自分と同じ魂の人間しかいないんですからね。
殺し殺され、永遠におもしろ可笑しく生き続ければいいんです。
まさしく『天国』でしょう?」
ふふん、と口の端をつり上げると、これまたよくやる白けきった目つきで続けた。
「ま、その程度の『地獄』は輪廻道に属する物が大半で、ですからそこに送られた魂は、心底本気でそんな生活に嫌気が差せばそこから抜け出すことが出来ます。ですが三つ子の魂百までもと言いますし、ま、百年くらいは軽ーくかかるでしょうがね。
本物の『地獄』はそんな愉快なところではありません。
それは本当に救いようのない魂の、ゴミ捨て場のような物です。
どこにも所属すべき世界を見いだせず、完全に接続を切られ、あらゆるネットワークから切り離され、放出された魂が、巨大な重力、ブラックホールに捕まって、この宇宙の終わりまで永遠にありとあらゆる物を、当然自分自身さえも、呪い続け苦しみ続けるまさに無限地獄です。
これは我々の認識しうる宇宙の別の次元の話ですから、わたしにもそのほんの入り口しか分かりません。
その中身は、無限の狂気の世界、なのでしょう。
わたし、これでも一応まともな人間のつもりでいますので、とてもじゃないですがそんな世界理解できません。あー、怖い怖い。
逆に本物の『天国』は、これは悟りきった100パーセント平和そのものの魂がこの宇宙を解脱して到達する限りなく揺らぎのない世界ですから、これまた俗物のわたしにはまったく理解できません。ま、わたしなんて宇宙の終わりまで永遠に縁のない世界でしょうね。
ちょっと話が大きくなりすぎて、わたし自身しゃべっていてちんぷんかんぷんになってきました。
もっとうんと俗っぽい、わたしの直接知っている、お化け系の話をしましょうか」