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追放された遠征書記官は、勇者パーティの敗因を知りすぎている  作者: 黒猫
第一章 失敗を拾う者たち

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9/10

第三話③ 無傷に近い初勝利

 レインの声に、三人の反応は早かった。


 ミラは迷わず苔袋を引っ掴み、ノアが右手を支柱へ向ける。短い詠唱とともに、木材の表面に薄い石膜が走った。完全に支えるほどの魔術ではない。だが、一拍だけ持たせるには十分だ。


「走るぞ!」

 ミラが叫ぶ。


「順番そのまま!」

 レインも返す。

「先頭ミラさん、二番ノアさん、三番シエルさん! 後ろは僕が見ます!」


 直後、奥の暗がりから石喰い鼠が雪崩れ出た。


 十、いやもっといる。狭い通路いっぱいに広がるのではなく、左右に割れて壁沿いを走る。正面から噛みつくためではない。追い立てて、足を乱し、折れ角で詰まらせるための動きだ。


「嫌な走り方!」

 シエルが息を呑む。


「狙いは足です! 立ち止まらないで!」

 レインは叫びながら、最後尾で壁際へ灯石を投げた。


 明かりが転がり、左側の鼠の群れが一瞬だけ散る。光を避けたのではない。動く光に反応して、進路を変えたのだ。そのズレだけで十分だった。


 ミラが先頭で折れ角を抜ける。

 ノアが半歩遅れてシエルを通し、その背後へ短槌を振るった。先頭の一匹が壁へ叩きつけられる。そこで群れの流れがわずかに乱れた。


「レイン!」

「まだ大丈夫です、進んで!」


 頭上で、また木の裂ける音。


 第三の折れ角を抜けたところで、天井から土砂がばらばらと落ちてきた。完全な崩落ではない。だが一呼吸遅れていれば、通路の半分は塞がれていたはずだ。


「……当たってる」

 ノアが低く呟く。


「感心してる暇はありません! 第二分岐まで戻れば通路が広がる!」


 四人は印を追って走った。


 左壁の白い斜線。一本目、二本目、三本目。自分で引いた基準が、こんなにも心強いとは思わなかった。迷宮ではなく旧坑道でも同じだ。帰るための線があるだけで、恐怖は少し薄くなる。


 第二分岐の手前で、今度はシエルが振り返った。


「レイン、肩!」

 鋭い痛みが走る。


 いつの間にか一匹、壁際から飛び出していた。浅く噛まれたらしい。大した傷ではない。だがここで止まる方が危険だ。


「浅いです!」

「浅くてもダメ」

 シエルはそう言って、走りながら短い聖句を紡いだ。


 白い光がレインの肩を撫でる。熱とも冷たさとも違う感覚が一瞬だけ走り、痛みが引いた。治癒そのものというより、動きを鈍らせないための支え。戦場向けに洗練された聖術だ。


「助かります」

「帰ってからちゃんと見せて」


 そのやり取りの最中にも、ミラは先頭で速度を落とさない。折れ角ごとに一瞬だけ剣先を返し、追いついた鼠を確実に斬る。無駄に追わず、無理に踏み込まず、帰るための剣だけを使う。


 俺はその背を見て、胸の奥で何かが噛み合う感覚を覚えた。


 前へ出すぎない。けれど必要な瞬間には迷わない。

 判断の余白がある剣だ。


「第一分岐、抜けます!」

 レインが告げる。


 その直後、坑道の奥で鈍い崩落音が響いた。空気が揺れる。もし採取を欲張っていれば、ちょうど帰り道を塞がれていた頃合いだ。


 誰も振り返らなかった。


 四人はそのまま入口まで駆け抜け、湿った坑道の外へ転がるように飛び出した。


 外の空気は冷たく、妙に薄く感じた。

 しばらく、誰も喋らない。


 やがて最初に息を吐いたのは、ミラだった。


「……生きてる」

「生きてますね」

 シエルが座り込んだまま答える。


「しかも採取分はある」

 ノアがミラの持っていた袋を見る。


 発光苔は依頼達成に十分な量が入っていた。石喰い鼠についても、途中で倒した数匹の尾を証明部位として回収している。完璧な掃討ではない。だが依頼としては十分だ。何より、四人とも致命傷なし。レインの肩に浅い傷が一つある程度で済んでいる。


 無傷に近い初勝利だった。


 ミラが立ち上がり、土を払った。

 それから真っ直ぐレインを見る。


「聞くけど、あのまま三人で入ってたら?」

「帰れても、かなり危なかったと思います。たぶん採取地点で欲張る。帰りに群れへ追い立てられる。崩落まではいかなくても、第二折れ角あたりで誰かが転ぶ」

「誰か、ね」

 シエルが苦笑する。

「たぶん私」

「私も候補だったわね」

 ミラもあっさり認めた。


 ノアだけが少し黙ってから言った。


「……俺は、崩落の音がしても半拍は残ってたと思う。採取を切る判断が遅れる」

「僕もそう思います」

 レインが答えると、ノアは小さく笑った。


「率直だな」

「必要なら、そうします」

「うん。それでいい」


 ミラが腕を組む。


「昨日言ったでしょう。危ないと思ったら強い言葉で止めろって」

「言いましたね」

「今日ので証明できたわ。少なくとも私は、次からあなたの()()を軽く聞かない」


 俺は少しだけ目を伏せた。


 三日前まで、俺の言葉は勇者パーティの中でしばしば後回しにされた。聞かれないわけではない。だが、()()()()の方がいつも強かった。今は違う。目の前の三人は、少なくとも今日の結果を、自分の目で見ている。


 敗因を拾うだけの人間ではない。

 敗因を避けるために必要な人間として。


 シエルが立ち上がり、レインの肩を軽く叩いた。


「戻ったら報告書、あなたが書く?」

「……え」

「だって、今日いちばん状況を把握してたの、たぶんあなたでしょ」

「ギルド向けに整えるなら、私も補足するわ」

 ミラが言う。

「途中撤退が続いてた理由も、ちゃんと残したい」


 その言葉に、俺は少しだけ息を止めた。


 ちゃんと残したい。


 その発想が、どれほど俺にとって救いになるか、三人はまだ知らないだろう。


「分かりました」

 レインは静かに頷いた。

「なら、今日の失敗も含めて書きます。崩落の予兆、群れの誘導、撤退順。それから……」

「それから?」

 シエルが首を傾げる。


「灯石はもう一つ、投擲用を用意した方がいい。さっきので分かりました。あれは使えます」

 ノアが吹き出しそうになるのを堪えた顔をした。

「もう次の話か」

「次に繋げるのが仕事なので」

「嫌いじゃないわ」

 ミラが笑う。


 坑道の入口に、薄い風が吹き抜けた。


 古びた木柵が軋み、さっきまでの緊張が少しずつ外へ流れていく。完全な勝利ではない。けれど、ただ運良く生き延びたわけでもない。危険の予兆を読み、避け、帰ってきた。


 それだけで十分だった。


 王都へ戻る道すがら、ミラが前を向いたまま言う。


「レイン」

「はい」

「今日で()()は終わり。次も来て」

「……それは」

「必要だからよ」


 昨日と同じ言葉だった。

 けれど、意味はもう少し重くなっていた。


 レインは少しだけ遅れて、頷く。


「分かりました」


 その返事に、誰も大げさには喜ばなかった。

 ただ、前を歩く三人の足取りが、ほんのわずかだけ軽くなった気がした。

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