第二話③ 失敗を武器にできる部隊
ノアが大盾を脇へ寄せ、レインを真っ直ぐ見た。
「一つだけ、俺から条件がある」
「何でしょう」
「危ないと思ったら、遠慮なく引けと言え。強い言葉でいい。ミラでも俺でもシエルでも止めろ。迷ってからじゃ遅い」
「ノア」
「必要な役なら、そこまで込みだ」
ミラは一拍だけ黙り、それから小さく笑った。
「……異論なし」
「私も」
シエルも頷く。
レインは三人を見回した。
勇者パーティとは違う。
派手な肩書きもない。王都で名を轟かせる英雄でもない。だが少なくとも、この三人は最初から失敗の話を卓上に置くことを嫌がっていない。
それだけで、胸の奥が少し熱くなる。
「分かりました」
「じゃあ改めて聞くわ」
ミラが机の上に片手を置く。
その仕草には、昨夜のような探る色はもうなかった。
「レイン・エルマー。私たちと組まない? まずは浅層で一度、試しの遠征から。それで互いに合うか見ましょう」
「報酬は?」
「山分け。ただし初回は少なめ」
「正直ですね」
「騙す気がないから」
レインは、ほんの少しだけ笑った。
三日前までなら、こんな誘いに乗るのは危ういと判断していたかもしれない。名もない探索者三人。実績も不明。失敗を残すことを嫌がらない代わりに、勝てる保証もない。
けれど――
勝てる保証だけを信じて進んだ隊が、どこへ行き着くかを俺は知っている。
「受けます」
「本当に?」
「ええ。ただし条件があります」
「聞きましょう」
レインは敗因録を机の上に置いた。
「失敗は隠さないこと。誰か一人の責任にしないこと。撤退を恥だと決めないこと」
「いい条件ね」
「それから、記録は僕が取ります。必要なら見せる。ただし感情で破るのはなしです」
「それは私も助かる」
シエルが即座に言った。
「紙を破る人、嫌い」
「私もよ」
「俺もだな」
三人の答えが揃って、俺は少しだけ肩の力を抜いた。
ミラが立ち上がる。
「じゃあ今日は装備と分担の確認。潜るのは明日の朝。深くは行かない、一層から二層の手前まで」
「試運転ですね」
「ええ。でも、その試運転で一つはっきりさせる」
ミラの目が細くなる。
それは誰かを試す目ではなく、先を見据える目だった。
「私たちが、失敗を武器にできる隊かどうか」
――――――――――――――――――
その日の夜、宿へ戻ったレインは、机の上に敗因録を開いた。
新しいページに、丁寧に日付を書く。
再出発一日目。敗因を必要とする隊と接触。
少しだけ考えてから、その下に続けた。
条件は良好。隊長は失敗を恐れない。盾役は撤退判断を軽んじない。術師は観測結果を共有できる。
そして最後に、短く書き足す。
初めて、記録が荷物ではなく装備として扱われた。
インクが乾くまでの間、レインはページを眺めていた。
三日前、自分の番だと思って書いた追放の記録。
あの時は、ここから先の空白に何が積み上がるのか想像できなかった。
だが今は違う。
次のページには、きっとまた失敗が載る。
見落としも、ずれも、撤退もあるだろう。
それでもいい、と初めて思えた。
失敗を残せるなら、次がある。
レインは静かに敗因録を閉じた。
明日からは、誰かの後ろに付いて記録するだけじゃない。
自分の記録を武器として持ち込む、最初の遠征になる。




