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追放された遠征書記官は、勇者パーティの敗因を知りすぎている  作者: 黒猫
第一章 失敗を拾う者たち

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3/6

第一話③ 随分探したわ

  日が沈みきる前に宿へ戻る。

 階段を上がり、自室の扉を開けようとしたところで、後ろから女将に呼び止められた。


「レイン、お客だよ」

「……僕に?」


「昼過ぎから来てたんだけどね。あんた、なかなか戻らないから、宿の前で待ってる」


 そんな相手に心当たりはなかった。


 探索庁の人間なら、もっと高圧的に来るだろう。斡旋所の紹介にしては早すぎる。まさかアレスたちが気を変えたとも思えない。


 訝しみながら外へ出る。


 夕闇の石畳に、外套姿の女が立っていた。


 長身。肩までの髪。腰には実戦用の細剣。

 街灯の下で腕を組み、こちらを見ている。立ち姿だけで分かる。場数を踏んだ人間の重心だ。


 女はレインの顔を確認すると、小さく息をついた。


「……随分探したわ」


 その一言に、レインは足を止めた。


「誰です?」

「ミラ・ベルク」


 女は短く名乗った。


「あなたがレイン・エルマーで間違いないわね」

「そうですが」

「勇者パーティ付きの遠征書記官だった人」


 追放されたことまでは言わない。

 そこに、逆に妙な現実味があった。

 彼女は噂話を拾ってきたわけじゃない。ただ必要な人物を調べて、ここまで辿り着いたのだ。


 ミラは宿の壁から背を離し、一歩近づいた。


「話がしたいの。できれば、記録の読める場所で」

「……記録?」


 その言葉にだけ、レインの声がわずかに変わる。


 ミラはそれを見逃さなかった。


「三日前、黒冠迷宮の第三分岐で撤退判断を進言したの、あなたでしょう」

「なぜそれを」

「その判断だけ、妙に正確すぎるのよ。戦った連中より、後ろにいた人間の視点だと思った」


 レインは黙った。


 ミラは続ける。


「私、新しく迷宮に潜る仲間を探してる。剣を振るえる人間はいる。でも、失敗を拾える人間がいない」

「……失敗を、拾う?」

「ええ」


 彼女の目は真っ直ぐだった。

 強さを誇示する目ではない。必要なものを選び取る目だ。


「勝ち方しか見ない隊は、いずれ同じところで死ぬ。私はそれが嫌なの」

「……」


「あなた、持ってるんでしょう? 成功談じゃなくて、見たくない記録の方を」


 レインの手が、無意識に鞄へ触れる。


 三日間、誰もそこに価値を見なかった。

 戦えない。だから要らない。

 そう言われ続けたあとで、初めて違う角度から言葉を向けられる。


 胸の奥で、何かがわずかに軋んだ。


「なぜ僕を?」

「必要だからよ」


 ミラは即答した。


「それに、王都中を回って分かった。あなた、自分を売り込むのが下手すぎるわ」

「……見てたんですか」

「少しだけ。斡旋所にも聞いた。三日も前から探してたのに、入れ違いばっかり」


 そこで彼女は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「だから言ったでしょ。随分探したって」


 レインは、ようやく少しだけ息を吐いた。


 三日分の疲労が、今になって一気に押し寄せてくる。

 だがそれと同時に、完全には消えていなかった熱も胸の底に戻ってきた。


「……話だけなら」

「十分よ」


 ミラは頷く。


「ただし、先に言っておく。私は()()()()()()()()()()なんて言わない」

「どうして」

「迷宮で本当に足りてないのは、剣そのものじゃない時があるから」


 夜風が、二人の間を抜けた。


 レインは宿の扉を振り返り、それからミラを見た。


 追放された夜は、もう終わっている。

 だが、終わったままではいなかった。


「分かりました。部屋へどうぞ」

「お邪魔するわ」


 ミラが歩き出す。


 その背を見ながら、レインは鞄の中の敗因録の重みを確かめた。

 捨てなくてよかった、と初めて思えた。


 この出会いが救いかどうかは、まだ分からない。

 けれど少なくとも――


 敗北を記した紙束を、初めて武器として見た人間がいた。


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