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今は解けし縁の結

作者: 梅ノ木桜良
掲載日:2026/01/27

タイトルの読み方は「いまは ほどけし えにしの ゆい」です。

 きっかけは彼が私の音声配信に来たことだった。


 仕事が終わって家に帰ってきて、おおよそ午後の十一時頃だろうか。数人のリスナーがいる中で話していた私の配信枠に彼がやってきた。


 最初はただの新規リスナーとしか思っておらず、いつものように配信を聴きに来てくれたお礼と軽い自己紹介をしてまた先程まで話していた話題に戻った。


 そうして時間が経ち、一人、また一人と眠りについていって最後まで残って聞いてくれていたのが彼だった。


「みんな寝ちゃいましたね〜」

『そうですね。もう深夜の二時ですからね』

「まだ寝ないんですか?」

『もう少し起きてようかなと』

「そうなんですね!じゃあもうちょい聞いていってくださいよ!」

『ええ、ぜひ』


 それから二人で色々とお互いの話をした。彼が私より三歳年上の二十一歳であること、私と一緒で高校卒業後から仕事をして稼いでいること、自衛隊の所属であること、出身は静岡であること、弟が一人いること等々、彼に関する話をたくさんしてくれた。同じように私も自分についてのことを色々と話した。


 そうして私たちは結構気が合うであろうことがわかった。そして想像以上に意気投合した興奮と深夜のノリでインスタやLINEを交換した。


 翌日の昼頃、彼からLINEが来た。お昼休みに入ったから送ってみた、というなんとも可愛いらしい文面だった。自衛隊、という屈強でかっこいいイメージとのギャップに思わず笑みがこぼれた。私もLINEを返し、二言三言会話が続いた後彼が仕事に戻ると言うのでそこで会話は終わった。


 その後も時間が出来る度に連絡を重ね、夜毎に電話もするようになった。


 そしてさらに数日経って、私は彼から電話口で告白された。私も既に彼に好意を抱いていたのですぐに告白を了承した。


 両想いから始まる恋は初めてだった。


 これまでに告白されたこともしたことも何度かあるが、どれもこちら側からか向こう側からかが違うだけの一方的な想いで終わってしまったことがほとんどだった。自分が振るのも振られるのもかなり心に重いしこりを残していくのでその度に恋なんかしなければ良かったと考えるのだが、結局数日後には次の恋を探していた。私は恋に生きているようなものなのだ。とあるネットの恋愛診断では「恋愛モンスター」だと言われた。まったくもってその通り過ぎて、思わずその場で笑ってしまった。


 そして今回も恋をした。これまでで初めて、ネットで出会った人に想いを抱いた。元々ネットで出会った人には警戒心を抱いていたはずなのだが、そんなものはいつの間にかどこかへ消し飛んでしまっていた。振られてしまったら死んでしまっても構わない、そう思うほどに強く想った。その想いが届いたのだと思った。通じ合ったのだとも。


 今度こそ運命の人だと思った。毎度恋をする度にそう思い、砕ける度に違ったことに失望することを繰り返している訳なのだが、懲りずにまたそんなことを思った。


 恋人になってからも毎日のようにLINEをし、電話をして仲を深めていった。そして彼が休みを取って実家に戻ってくる時に会う約束をした。




 当日。待ち合わせは静岡駅だった。


 思っていたよりもちょうどいい時間の電車がなかったので約束の時刻よりも二十分ほど早い時間に駅に到着した。


『静岡駅着いたよ』

『了解。あと十分くらいで到着すると思う』

『わかった!!』


 彼が出てくると思われる改札口の前で待つことにした。会う前に顔写真は交換したので顔は分かっていた。今日の服装についてもどのようなものか聞いたので知っていた。それでもちゃんと見つけられるか不安で私はまだ彼が来る時間にもなっていないのに改札の向こうをちらちらと見ていた。


 十分ほど経って改札から出てくる人が多くなった。電車の音のようなものも聞こえていたので、そろそろ着く頃だろうと思って改札から出てくる人の顔をしっかりと見ておくようにした。


 しばらくして、スマホの待ち受けと同じ顔の人が改札に姿を現した。


 その人は少し周りを見回して私の方に視線を合わせるとにっこり微笑んで小走りで近づいてきた。その可愛い仕草にまた一つ胸が高鳴る。


「おはよう」

「おはよっ!」

「一応聞くけど奈都音だよね?」

「うん。じゃあ聞くけど啓悟だよね?」

「うん。良かった。安心した」

「えー、なになに、別人かもしれないとか思ってたの?」

「いや、別人かもしれないというよりは夢かもしれないって言った方が正しいかも」

「夢かもしれない?」


 どういうことなのだろうか。


「奈都音と出会ってから毎日が本当に楽しくて、夢みたいな時間だったからさ」

「!!」


 私との時間がそんなに……?


「え、そ、そんなに……?」

「うん。めっちゃ楽しい。今日の約束もすごい楽しみで昨日の夜もそんなに寝てないし」


 彼は笑いながらそんなことを言う。


 遠足前の子供のように無邪気な顔で楽しみにしていたなどと言われるとまたギャップ萌えしてしまうではないか。この人は一体いくら私を惚れさせたら気が済むのだろうか。


「そんなに楽しみにしてくれててとっても嬉しい!私も楽しみにしてたよ!!」

「そっか、それは良かった!嬉しいわぁ」


 彼の嬉しそうな顔を見て、また彼を好きになる。




「いやぁ面白かったね!」

「うん!想像以上だった!!」


 駅で待ち合わせた後、私たちは近隣の美術館で開催中の展覧会を見てきた。私が今朝準備をしている時にテレビを眺めていた母が偶然紹介されているのを視て、それを私に教えてくれたのである。それを行きの電車内で彼にLINEで伝えてみたところ『ぜひ行きたい』と言ってくれたのだった。


「普段美術館とか行かないんだけどまた行きたくなったわ」

「あ、わかるー!ほんとそうだよね!」


 展覧会の感想を語り合っていると美術館発のバスがやってきた。他の乗客たちに続いて乗り込み最後列の座席に並んで座る。


「じゃあ駅ついたら荷物回収してホテル行くか」

「うん!時間的にちょうどいいねー」


 会うのは今日が初めてなのだが、お泊まりする予定でお出かけの計画を立てていた。色々と話し合った結果日帰りで出かけるよりも共に一晩過ごしてより長い時間一緒にいたいという結論に至ったのだ。その後は彼がホテルの予約もしてくれて私は後で宿泊費の半額を渡すだけという状態にしてくれた。


 彼はホテルのチェックイン時間を十五時に設定してくれていた。結構重い荷物もある訳なので早めに行って早めに休めるならその方が断然良い。そこも私と感覚が近しく、親近感と嬉しさを覚える。


「ホテル着いたら少しゆっくりしてお風呂入って……その後はいっぱいしようね……?」

「もちろん!好きな人と楽しめるとか幸せすぎるわぁ」


 そう言ってくれてとても嬉しい。私も同じ気持ちでいる。気持ちが同程度の相手と一緒にいれるのは居心地がいいし、楽だし、何より一番楽しめる。


 幸せな気持ちで彼と話しているうちに、バスはいつの間にか終点へと到着していた。楽しすぎて時間があっという間すぎる。




 駅で荷物を回収してタクシーでホテルに向かう。そんなに距離は遠くないのだが少し疲れたので彼の提案でタクシーで行くことにした。なら割り勘でと言ったのだが彼は奢ってくれた。私はあまり貸し借りは好きではないので割り勘を好むのだが、こうも爽やかに奢ってもらうと素直に従いたくなる。出会って半月ほどしか経っていないのに私の扱い方を心得てくれているように思えて嬉しかった。




 ホテルはそこら辺によくある手本のようなビジネスホテルだった。若者二人が泊まるには十分である。


「着いたー!!」

「お疲れ様。ありがとね」

「こちらこそありがとうだよ!!わがままも聞いてくれてホテルも取っておいてくれてこっちの気まぐれにも付き合ってくれてありがとうしかないよ」

「別にそんな気にするようなことじゃないよ。いいじゃん気まぐれ。俺はなんでもかんでもきっちりしてる方が苦手だからその方が良いと思う」


 こうやって私を甘やかしてくれるところも彼の好きなところだ。本当に私の扱い方をよく知っている。不思議だ。


「そうかなぁ?えへへ、ありがとっ!!」

「おん!荷物置いて少しテレビでも見てるか」

「そーだねそーしよー」

「なんだよそれかわいいな」


 好きな人からの可愛いは照れる。女の子は褒め言葉が可愛いだけではそんなに嬉しくないという話もちらほら聞くがそんなの人それぞれだ。私はとても嬉しい。これを嬉しくないという人の感情は私には分からない。


 こうして並んでベッドに腰掛けて一緒にテレビを見ているだけでもドキドキしてしまう。彼と軽く会話を続けているのだが、何気ない感じで話せているだろうか。ときおり彼が動いて手が触れたりするとそれだけでも心臓が跳ね上がる。


 そして、何気ない話題で会話していたはずなのに話の内容は気づけばエッチなものへと変わっていた。触れるだけで凄まじく緊張していたはずなのに手は既にベッドの上で彼にしっかりと握られている。


 全身が火照るように熱い。


 頭が上手く動かない。


 ぼんやりと彼の顔を見つめることしか出来ない。


 テレビの音ははるか遠く、心臓の音だけが頭に大きく響く。


 至近距離で彼と見つめあう。


 飴が溶けるようなゆっくりとしたスピードで顔が近づいてくる。


 どちらからともなく唇が触れる。


 口の中に彼の舌が入ってくる。


 時間の進み方がゆっくりになったかのような二人きりの世界で、お互いの唇を、口の中を、余すところなく味わっていく。


 気がつけば私はベッドの上に押し倒されていた。




「もうお別れかぁ……」

「まぁほら、もう会えない訳じゃないから」

「それはそうなんだけどぉ……」


 あの後私たちはホテルで一晩過ごし、静岡駅前の商業施設を色々と歩き見た。お買い物をしたり、プリクラを撮ったり、お昼ご飯を食べたりして充実した時間を過ごした。


 そしてそろそろ別れなければならない時間になってしまった。明日は私は仕事があるし、彼は自衛隊の基地に戻らなければならないので帰らなければいけない。だが、一緒にいる時間があまりにも幸せすぎてもう一日くらい一緒にいれやしないかと無理な期待と未練を抱いてしまう。


「また年末にはそっち行くから」

「待ってるからね。絶対来てね」

「大丈夫。ちゃんと行くよ」


 既に私たちは今年の年末に会う約束をしていた。今度は四泊五日の長期間お泊まりである。場所は私の家。一人暮らしの私の家に来てくれるというのだ。これほど嬉しいことがあるだろうか。


「じゃあそろそろ行くね」

「うん……またね!」

「うん、また」


 そう言って私たちは別れた。


 だが、ひょんなことからその会う約束が早まることになる。




 十一月に彼が推しているアイドルのライブが私の住む県で行われることとなった。そして、電話をしている時に彼がそのライブに行くことを話してくれた。


 最初は県内のホテルを取ると言っていたのだが、よくよく話を聞いてみるとどうやらそのホテルよりも私の家の方が近いらしいことがわかった。だから、うちに泊まらないかと提案してみた。


 彼は喜んでその提案に乗ってくれた。ホテル代浮くし交通費安くなるし一緒に過ごせると喜んでくれた。私も来てくれることを喜んだ。


 喜んだのだが。


 何か引っかかった。何かは分からない。だが、何か小さな違和感のようなものを感じた。しかし私自身もよく分からなかったのでどうしようもなく、心の隅に留めておくだけにした。




 十一月中旬の金曜日。彼が私の家にやってくる日だ。だいたい夜の九時頃に羽田空港着との事だったのでその時間に間に合うよう、ご飯とお風呂を済ませて迎えに向かった。


 九時二十分頃に無事に落ち合うことが出来たのでそのまま空港の駅から電車に乗って私の家の最寄り駅へ二人で電車に揺られた。


 その間、心なしか彼のスマホを見る時間が増えたような気がした。そして同時に言葉数も先月に会った時よりも少ない印象だ。たまたまあの時がいつもと違っていただけで普段はこうなのかもしれないが、そうは言っても違和感が拭えなかった。


「あ、次最寄りだよー」

「おお、ついに奈都音の家に……!!」

「そんな大したものじゃないよー」


 大袈裟な彼の反応に思わず笑ってしまう。


「いやいや、彼女の家だぜ?大したものだろー」

「よくあるアパートだよ。しかも今家具無いし」

「あーなんか言ってたね。来月買いに行くんだっけ」

「そうそう。まぁそのおかげで布団が二枚敷けておりますので?ゆったり眠れるかと存じます」

「ほほう。それはとてもありがたいことでございますな」

「ふふっ、帰ったらゆっくり休もう。疲れてるでしょ?」

「そうだなー寝たい」

「着いたら布団にダイブしていいよ」


 軽口を叩きあっているうちに電車を降りて改札を出て、足は私の家へと進んでいく。


「こんな感じの街なんだな」

「うん。どうでしょう?」

「良いと思う。住むならこういう所がいいな」

「だよねー。感覚一緒だぁ」


 さて、そうこうしていればもうそろそろ私の家だ。少し広めの道路に面した住宅地の端の二階建てアパート。そこの一〇三号室が私の部屋である。


「ここだよー」

「おー、ここかぁ。いいじゃん」

「ありがと」


 鍵を解除して扉を開ける。


「さぁどうぞー」

「あ、ありがと。これ荷物そのまま床に上げちゃって大丈夫?」

「うん、全然大丈夫!なんか砂利とかくっついてたら払い落としてくれれば問題ないよ。汚れたら掃除すればいいし」

「いやいや汚さないように気をつけるよ」


 彼は床の上にキャリーケースを置かず、抱えたまま居間まで運んで横に置いた。


「気をつかってくれてありがとね。あ、布団二枚敷いたから好きな方で寝て」

「え、一緒に寝ようよ」

「大丈夫?狭いよ?私寝相悪いよ?」

「大丈夫大丈夫。端に寄って寝るし俺も俺で寝相は悪いし」

「じゃあお互い様だ!!」


 二人でひとしきり笑いあったあと、揃って布団に入った。


「あ、ちょっと待って」

「どうしたの?」


 キャリーケースを漁っていた彼は中から二つ袋を取り出して戻ってきた。


「はいこれ。話してた誕生日プレゼント。奈都音、ちょっと早いけどお誕生日おめでとう!!」

「え、ありがとう!!見ていい?」

「もちろん」


 それぞれの袋から中身を取り出し、慎重に包装を剥がす。中から現れたのは、一つは前々から聞いていた香水、もう一つは私が好きだと言っていた扇子だった。


「え、すごい!!ありがとう!!めっちゃ嬉しい!!」

「そんだけ喜んで貰えてよかった」


 プレゼントの中身も私のことをよく考えてくれているもので心から嬉しかったが、何より喜んだのは彼が石川からわざわざ私のためにプレゼントを持ってきてくれたということだった。そもそも私にとっては彼がうちに来てくれたことそのものが誕生日プレゼントなのだが、そんな私の感情を彼は軽く凌駕してきてくれた。他にもキャリーケースの半分ほどに石川土産を詰め込んで来てくれるような彼氏がいてくれて私はとても幸せだ。まったく、今日はよく眠れそうである。




 ライブ後、彼の迎えに来た。ライブ会場あたりにいると思っていたのでそこまで行ったのだがもう彼は会場の最寄りの駅にいたらしく、すぐ近くのターミナル駅で待ち合わせすることになった。


 駅まで歩き改札前を探しているとスマホを握って周りを見回している彼を見つけた。


「おつかれぇい」

「お、お疲れ様。来てくれてありがとね」

「いーのいーの。どうせ迎えに来ないとうちに帰って来れないでしょ?」

「図星でなんも言えねぇわ」


 二人で並んで歩き出す。近くのスーパーで細々と食料を調達して帰った。最寄り駅から家まで歩く道すがら、彼から「明日ヤろうよ」と誘われた。夜の冷気に晒されて冷えていた頬が一瞬で熱を帯びる。


「うん……楽しみにしてるね……!」

「明日は一日中二人でいれるしいっぱい楽しもうな」

「うん!!」




 翌日、私たちは昨日も行ったターミナル駅まで行き、買い物をしたりゲーセンで遊んだり食べ歩きをしたりして楽しんだ。そして彼の奢りで夜ご飯を買って帰り、初日に彼が持ってきたお酒で乾杯した。


「うわ、奈都音ちゃんまだ十八なのに酒飲むとかいけないんだー」

「もー、渡してきたの啓悟でしょー。それに家でなら誰にもバレないよ」

「ほんとに悪い子だわーまったく。どこでそんなこと覚えたんだか」


 やいのやいのとやったり私のパソコンで動画を見たりしながら夜ご飯を食べ進める。食べながらスマホをいじっていた彼があっと声を漏らした。


「どうしたの?」

「今日この後九時か十時頃から推しの配信があるみたい」

「ふーん」


 見るのかな。


「うーわ見たいなぁ……。あーでもアーカイブ配信もあるのか……。うーん……」


 あー、そこで迷うんだ。


「後からでも見れる感じ?」

「うん。ファンクラブ内でアーカイブ配信をしてくれるらしい」


 じゃあ後で見ればいいじゃん。どうせ明日には君は基地に戻るんだから。


「どうしよう……」


 彼が悩んでいる時点でもう既に私は彼に冷め始めていたのかもしれない。


「…………見ればいいんじゃない?」

「え、いやでも……」

「見たいんでしょ?」

「それはまぁ……」

「じゃあ見ればいいじゃん」

「……いいの?」

「別に。……もう、いいよ」

「ごめん、ありがとう」


 そこまで強くはねつけもせず、彼は配信を見ることを決めたようだった。


 ああ、そうだ。


 今わかった。今回の旅行が決まった時に、彼が初めてうちに来た日に、心の底に蟠るように残った正体不明の感情。


 起因しているのは彼から感じる違和感。うすうすわかっていたことではあるが改めて認知してしまうと結構キツい。


 そう、つまり彼は女がいなくても生きていける人なのだ。おそらく彼の中の優先順位は恋人が一番ではないのだろうし、それゆえ恋人に依存するようなこともない。


 反対に私はかなり恋人に依存してしまうところがある。恋人が出来れば恋人のことが一番になるし、一緒にいる時間はできる限りスマホとかは見ないし、もし仮に推しがいたとして、そのライブや配信があったとしても私は恋人との約束を優先する。


 そこの違いが私の中にしこりを残していったのだろう。それを面と向かって口に出せればいいのだが、私は生憎と犯罪以外は何でも「いいよいいよ」と言ってしまう性格なので言える訳もない。浮気でさえ一言で許してしまう、そんな私がこんなことを言い出せるはずがない。


 好きな人にはとことん甘い。それが私のいいところであり、悪いところである。


 そんなことを考えながら布団に横になってスマホをいじっているといつの間にか配信が終わっていたようなので、そのまま寝ることにした。




 翌朝はカーテンの隙間から差し込む陽の光で目が覚めた。二人とも寝相が悪いせいで肩まで掛けていたはずの布団は下半身にしか掛かっていなかった。


「…………ねむ」

「うんんん……おはよ……」

「おはよ……」


 最終日の朝はコメダ珈琲にモーニングを食べに行こうと話していたのだが、朝八時の時点でこの調子ではどうやらそれは難しそうだ。


「今日は……出発まで家にいようか……」

「え、いいの……?誕プレとか買いに行こうって……」

「ん……いいよ……眠いでしょ……?」

「うん……まあ……」


 彼は眠気と葛藤しているようだった。


「食べるものはないことはないし……ゆっくりしよう……」

「そうだな……ありがと……」


 この後は出発するまで二人でだらだらとしていた。ドラマを見たり、お菓子を食べたりして過ごした。そうやっている間に改めて次は年末に彼がうちに来ることが決まった。最後、出かける直前にやっぱり甘えたくなって彼に抱きつきそのままエッチに突入したが、以前のような高揚感は無く虚しさだけが増したような気がした。




「年末さ、二十五日に友達の結婚式があるからそれ行ってそのまま実家帰ろうと思う」


 三週間ほど経ったある日、彼は電話で突然そんなことを言い出した。


 以前のお泊まりから彼が帰ってからしばらくは次のお泊まりの計画を色々と立てていたのだが、次第にその話題は彼の口から出てこなくなった。もう少し計画を詰めたかったものの私から言い出すことも出来ず、頭の片隅に留めおいていたのだが。


「あ、そうなんだ。いいんじゃない?」

「ありがとう。もしかしたらその結婚式に参列する友達とディズニーとか行くかも」

「ふーん」


 どうやら、私が言い出せないうちに彼の頭の中からお泊まりの話は消え去っていたようだった。年末は彼は三十日頃まで家にいる計画だったし、そのディズニーは私と一緒に行くと話していたものだったはずなのだが。


「結婚式かぁいいね」

「だよなぁ。同級生がもう結婚って聞くともうそういう年なのかって実感するよな」


 彼は現在二十一歳。その年齢であれば、結婚をする人もちらほらと出てくる頃だろう。彼は結婚するなら二十五から二十七あたりでしたいと言っていたから、彼が結婚式を挙げるのはもうしばらくは先のことになりそうだ。


「楽しんできてね。幸せパワー分けてもらうんだよ」

「そうだな、おすそ分けもらってくるわ」


 彼が私との計画を忘れたのか、無かったことにしたのかはよく分からない。だが、やはり彼と私とはそういうところの感覚が違うのだということを突きつけられた気がした。


 この年末の計画が無くなった代わりなのかは知らないが、来年の二月末に二人で東京に行くことになった。というのも、彼の推しのライブが東京で開催されるらしく、泊まりがけで東京に行くのでどうせなら一緒に行かないかということらしい。彼に会いたかった私は即承諾した。


 しかしこの二月末のお泊まりでさえメインイベントは彼の推しのライブであり、この期間中一緒に過ごせるのはどの日も朝と夜しかない。しかも夜は推し仲間とご飯に行くかもしれないらしく、ホテルに戻ってくるのが遅くなるかもしれないらしい。


 別に彼が楽しく過ごしてくれている分には構わない。だが、やはり腑に落ちない。彼女と一緒に出かけるというのに優先するのは推しとその関連事項ばかりだ。


 正直に言ってしまえば不満である。もう少し私と一緒に過ごす時間を取ってほしい。そう言えばいいのはわかっている。言えば彼はやってくれる人だ。だが、彼のやりたいことを押しとどめてまでわがままを通すつもりは私にはない。私が我慢すれば全て丸く収まる。であれば、何でもない顔をして彼を全力で後押しするのが最良の策であろう。それくらいの忍耐力はあるつもりだ。なんと言っても彼と会えるのだから。それだけで私は十分である。




 ……そうは言ったものの。一人で年末を過ごし、旅行先で新年を迎え、その後も友人と電話をしたりしつつ一人で過ごしていた間、考えてしまった。というか、ふと気づいてしまった。


 約一ヶ月半会わない間に私の彼への想いは以前よりも小さくなってしまった。どうやら私はしばらく会えないと恋情が萎んでしまう性格だったようだ。


 好きではある。興味が無くなった訳ではない。だが、確実に以前よりも好きという気持ちが弱まっている。彼からのLINEを見ても前ほどときめかなくなってしまった。電話をかけるのも気が進まない。


 こうなってしまったのは、ここ二ヶ月ほど友人と会えていないのも理由としてあるのだろうとは思う。私はかなり寂しがり屋なので二週間に一度くらいは恋人や友人と顔を合わせたいのだが、私の友人は大体が大学生か浪人生であり、共通テストや大学の後期試験に向けて勉強しているらしく忙しいとのことで会えない期間が続いていた。彼氏と友人、どちらとも会えていないといういわば鬱憤のようなものが溜まっていたのだ。


 そんな今の私には、次に彼に会うまでの二ヶ月という時間は途方もなく長く感じた。何も考えずだらっと過ごしていれば二ヶ月など光の速さで通過していくのはよくわかっているのだが、彼と会うのが待ち遠しすぎてたったの二ヶ月が永遠のように感じてしまう。


 もう少し近くに住んでいたら。


 もう少しお金があったら。


 もう少しお互い自由な時間があったら。


 どうしてもそう考えてしまう。できるはずがないのはわかっている。それができていなかったからこその出会いだったのだろうことも重々承知の上だ。


 私の職場には遠距離恋愛を七年続けている人がいるが、私はそのようにはなれない。会う頻度にもよるだろうが、七年も遠距離で恋愛をし続けるなど今の私には想像もつかない。


 会えない期間に恋は成長する、などと聞くことがあるがそれにも限界があるのだ。私にはそれは一ヶ月が限度のようだということがよくわかった。


 とはいえ。


 彼のことは今でも好きだ。そう、まだ好きなのだ。人としても、また恋愛対象としても彼のことは好きだ。好きだから別れたくない気持ちと好きだからこそ完全に好きではなくなってしまう前に別れたい気持ちがせめぎ合って私を板挟みにする。


 一日経つごとに、私と彼を結ぶ糸が少しずつ解けていくような、そんな感覚に苛まれながら私は彼との思い出が詰まったLINEの画面を開いたまま何もすることが出来なかった。

 読んでいただきありがとうございます!この作品では誤字・脱字報告、感想、レビュー等を募集しております。何かしら書いていただけると作者としてはかなり励みになります。お忙しいこととは思いますが、ぜひぜひお願い致します。

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