Phase 02 死んだ女優と記者
福田菜月が逗留していたホテル。それは――「満月楼」というホテルである。温泉地から少し外れた場所にあって、数ある城崎のホテルの中でも一番格が高い。
私がそこにたどり着いたフェーズで、辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。兵庫県警のパトカーが数台停まっていて、週刊誌の記者がカメラのフラッシュを炊いている。――ゴシップ誌って、下品だからあまり好きじゃないんだけど。
兵庫県警のパトカーがそこに停まっているということは、当然――彼もいるのか。私は、許可なく規制線をくぐり抜けていった。
「――コラッ! そこは関係者以外立入禁止だ!」
刑事の1人が、当たり前のセリフを言う。しかし、私に話しかけてきた刑事は――顔なじみだった。
「――恵介くん?」
葛原恵介。兵庫県警捜査一課の刑事で、主に殺人事件の捜査を担当している。元々はビクトリア神戸という地元のサッカーチームでサッカー選手になるべく努力していたが、高校で補欠扱いとなり、挫折。とはいえ、サッカー選手を目指していたが故に体力は有り余っているので――兵庫県警への就職試験は一発合格だったらしい。
彼は話す。
「……って、彩香ちゃんじゃないか。もしかして、事件を聞きつけてやって来たのか」
「う、うん……。まあ、そんな感じかもね」
私がそう言ったところで、彼は事情を説明した。
「例の連続猟奇殺人事件は神戸での出来事だったけど、今回の事件は豊岡で起きたものだからな。しかも、被害者は僕たちもよく知っている福田菜月だ。――ああ、彼女とは2年間同級生だったか」
彼の話に対して、私は質問を投げかけた。
「そうだっけ? 2年4組のことはよく覚えてるけど……」
私の疑問に、彼は答えていく。
「そうだったな。3年の時にクラスがバラバラになって、僕と福田菜月は特進クラス――つまり、3年1組で同級生になったんだ。彩香ちゃんは2年5組だったから、当時のことはあまり知らないんだっけ?」
「うん。ちなみに、沙織ちゃんも3年1組だったから、私は3年5組で孤立してた」
「なるほど。――事情は分かるけど、ここは関係者以外立入禁止だ。それはわきまえてくれ」
「そうは言うけど、私はあの連続猟奇殺人事件を解決したのよ。それでもダメなの?」
「ああ、ダメだ。君は探偵じゃない」
「そっか……」
それはそうか。私は探偵じゃなくて、ただの小説家だ。――ならば、引き返すべきか。
私は、トボトボと事件現場を後にしようとした。――その時だった。
「あれ? 廣田さん?」
誰? 私はその声に答えていった。
「あなた、誰なの? その素振りだと、私のことは良く知ってるみたいだけど……」
そう言いながら振り向くと、ショートボブの女性が立っていた。彼女はそこで、自分の名前を名乗った。
「ああ、ゴメン。私は春日千捺よ」
「春日千捺……ああ、3年5組で一緒だった千捺ちゃんね。どうしてあなたがこんな場所に?」
*
春日千捺。――彼女は、3年5組での数少ない友人の1人だった。
曰く「廣田さんの保育園の頃を良く知っていた」とのことであり、そういう縁もあってなんとなく一緒に行動することが多かった。確か、小学校が別々で、中学校でまた合流した記憶がある。
腕を組みながら、彼女は話す。
「実はね、私――週刊誌の記者なのよ。講談社の『週刊現代』っていう雑誌で記事を書いてるの。当然、福田菜月のこともずっと追ってたわ」
そうだったのか。――私は話す。
「なるほど。――どうして、福田菜月のことを追ってたのよ?」
「うーん、彼女……色々と複雑なのよ」
「複雑? それってどういうこと?」
「彼女って、あるサッカー選手と熱愛関係にあったのよ。――サッカー好きのヒロロンなら、ガッツ大阪の湯浅隆志選手は知ってるよね?」
「湯浅選手でしょ? もちろん知ってるわよ。ガッツ大阪の生え抜き選手で、ロンドンオリンピックでは得点王にも輝いてる。2014年のガッツ大阪3冠にも貢献してて、そのルックスから女性ファンが多い。――それで、福田菜月と湯浅選手が付き合ってんの?」
「そうそう。それも、吹田にあるタワーマンションで路チューしてたところをバッチリ捉えたわ。――これよ」
そう言って、彼女はスマホに保存したある写真を見せてきた。――どう見ても隠し撮りである。
「確かに、これって湯浅選手よね。そして、キスされてるのは紛れもなく菜月ちゃんだわ。でも、どうして湯浅選手と付き合ってんのよ? どっかで接点ってあったっけ?」
私がそう言うと、彼女は咳払いをしながら話した。
「――コホン。菜月ちゃんって、昔……ガッツ大阪でチアガールやってたのよ。ほら、中継でも良く映ってるチアガールがいるよね?」
「うん、万博記念競技場時代からバッチリ映ってるし、マツシマスタジアム吹田に拠点を移した今でもバッチリ映ってる」
「そのチアガールの1人が、菜月ちゃんだったのよ。――もちろん、今は引退してるけどさ」
「その割に、結婚はしてないのね。何か事情でもあるのかしら?」
私がそう言ったところで、春日千捺は――答えた。
「それを追ってんのが私の仕事よ。ずっと大阪で張ってて、『福田菜月が映画の撮影で豊岡に来る』って言うから豊岡まで彼女を追ってきたのよ。――まあ、今回の事故はご愁傷さまとしか言いようがないけどさ」
「やっぱり、悲しいの?」
「そりゃ、悲しいよ。――これでも、彼女とは中学校と高校が同じだったからさ」
「千捺ちゃんの中学校が第一中学校だとして……高校ってどこだったの?」
「近畿学院附属高校よ」
「ああ、近学か。――確かに、千捺ちゃんの実力だったらそこに進学しても納得はいくけど」
「廣田さんもそう言うのね……。私、好きで今の仕事をしてる訳じゃないから」
「どうしてよ? 講談社って、すごいじゃん」
私がそう言うと、春日千捺は俯いた。――何か、悪いことでも言ってしまったか。
「私、講談社は講談社でも……こういうゴシップ誌の記者じゃなくて、文芸部門で働きたかったのよ」
「文芸部門? もしかして、『メフィスト』?」
私が具体的な誌名を出したところで、彼女は――目をうるうるさせた。
「そうよ! 私は『メフィスト』で編集するのが夢だったのよ! でも、『空きがない』と言われて泣く泣く『週刊現代』の記者になったのよ!」
「そうだったのね……。何か、ゴメン。――知っての通り、私もメフィスト賞出身だからさ」
「講談社に勤めてる以上、それぐらい知ってるわよ! 文芸第三出版部に『廣田彩香』というペンネームの作品が送られてきたと聞いたとき、『マジで!?』って思ったぐらいだし。そして、あなたがメフィスト賞獲っちゃったのも知ってる」
「それはどうも。――正直言って、処女作なんて忘れてしまいたいけど」
私はあくまでも謙虚だ。でも、春日千捺は話す。
「アハハ、そんなこと言わなくても良いじゃないの。――あなたの小説、面白かったし」
「そっか……」
*
そういうくだらない話がしばらく続いたところで、春日千捺はようやく本題に入った。
「それで、今回の件だけど――私は、やっぱり他殺だと思う。彼女が自殺するなんて、とてもじゃないけど考えられないわ」
やはり、そうだろうか。私は話す。
「それは私も思ってた。いくら彼女がメンタルを病んでたとしても、自殺するほど追い込まれてたかどうかと言えば――多分、追い込まれてないはずだし」
「彼女がメンタルを病んでた? それ、もうちょっと詳しく教えてくれない?」
春日千捺にそう言われたので、私は――ありのままのことを話した。
「私、昨日……彼女の部屋に行ったのよ。部屋は乱雑にモノで溢れてて、なんというか――ゴミ屋敷みたいだった。それで、テーブルに目をやると大量の精神安定剤が置いてあったのよ。私だって、自傷行為の常習者で精神安定剤を飲むことがあるけど、それにしては量が尋常じゃなかった。だから、彼女が女優として活躍する中でメンタルを病んでたのは確かよ」
私が話を終えたところで、春日千捺は顎を擦りながら話す。
「なるほど。彼女、意外と繊細だからね……」
「繊細? 中学校で一緒だったけど、そんな印象あったかしら……」
なんとなく、私は福田菜月のことを思い出す。彼女はいわゆる「陽キャ」であり、スクールカーストも上の方だったことは覚えている。部活は女子バレーボール部で、3年生の時は主将も務めていたか。それでもって、生徒会長も務めていたけど……彼女のどこが繊細なんだ?
そんなことを考えていると、春日千捺は話す。
「彼女、ああ見えて……家庭の事情があまりよろしくなかったのよ。いわゆる『貧困家庭』ってヤツね。それで、必死で勉強して――近学に進学した。流石に大学は東京の赤川学院大学だったけどさ、それでも彼女なりに頑張ってたのは確かよ」
「そっか。――もしかして、赤川学院大学に通ってる時に下北沢の劇団からオファーを受けたのか」
私がそう言うと、彼女は――納得した。
「ああ、合点がいったわ。私、縁があって下北沢で舞台を見る機会があってね。その時にパンフレットを見たら『福田菜月』って名前があって、二度見したの。それで、舞台を見てたら――ホントに彼女が出てきてビックリしたのよ。ちなみに、それなりに良い役だったことは覚えてる」
「そうだったのね……。それで、映画デビューとなるはずだった作品の撮影で城崎を訪れて――何者かからホテルの一室から突き落とされて命を落とした。そんなところでしょうね」
「うん。――あっ、葛原くん」
春日千捺が話す先に、確かに葛原恵介がいた。
彼は話す。
「彩香ちゃんはともかく、千捺ちゃんもそこにいたのか。――まあ、千捺ちゃんは週刊誌の記者だし、そこにいるのは当たり前の話だと思うが……」
彼がそう話したところで、春日千捺は不機嫌そうな顔で話した。
「何よ、私がいて不都合でもあるのかしら?」
「ううん、そんなことはないが……」
「だったら良いけど」
それから、彼は話を続けた。
「せっかく2人がいるんだったら、関係者の情報も共有しておいたほうが良いか」
「関係者? ――まあ、映画の撮影をしていたんだったら、そういう関係者の1人や2人ぐらいいてもおかしくはないけど……」
私がそう言うと、葛原恵介は関係者について詳しく話してくれた。
「今回の映画――『川沿いの幽霊ホテルについて』という題名の映画は、ホラー映画界の新鋭と言われている『浅野秀之』という映画監督がメガホンを取っていた。そして、脚本は『御園景子』という脚本家だ。彼女は六本木のテレビ局でテレビ局専属のライターとして脚本を書いていた。ほら、君たちも知っているだろう? 『民玉』という大ヒットドラマ」
そこまで話したところで、春日千捺は話す。
「もちろん、知ってるわよ? 総理大臣と男子高校生の心が入れ替わってしまうっていうコメディドラマでしょ。私、全話リアタイで見てたわよ? 確か、火曜9時だったかしら?」
彼女の話に、葛原恵介は頷きながら話した。
「そうそう。――そして、今回の映画も六本木のテレビ局が資本を出していたとの話だ」
「そうなると、怪しいのは……やっぱり、御園景子よね。多分、どこかでトラブって福田菜月に対して殺意が芽生えたとかそんな感じなんでしょ」
「まあ、関係者はこの2人だけじゃない。また、詳しいことが分かったら君たちにも共有しようと思う。――特に、彩香ちゃんには」
えっ? 私? ――私は、困惑した。
「どうして、私なのよ?」
困惑する私をよそに、葛原恵介は話す。
「君は、神戸で発生した連続猟奇殺人事件を解決に導いたという実績を持っているからね」
彼の話に、春日千捺が反応した。
「ちょっと待って。『神戸で発生した連続猟奇殺人事件』って――あの、『心臓の代わりにリンゴが埋め込まれてた遺体』の事件よね? どうして廣田さんが関係ある訳?」
困りつつ、私は――春日千捺に事情を話した。
「うーん、なんて言えばいいのかしら……。とにかく、友人に『知り合いが巻き込まれたから事件を解決してほしい』って頼まれちゃって、それで巻き込まれたって訳。――まあ、私の心臓も危うく犯人に抜き取られるところだったけど」
そこまで言ったところで、彼女は納得した。
「なるほどねぇ……。友人って、もしかして西野沙織かしら? あなたとよくつるんでたし」
第三者の目にはそう見えるのか。私は話す。
「その通りよ。――沙織ちゃん、ああ見えて大阪に住んでて、製薬会社で働いてるから。知り合いって言うのも、沙織ちゃんの大学時代の知り合いだった訳」
「そっか。――私も、たまには西野さんに会わないとね」
「それはどうかしら? 彼女、今、『豊岡に帰ってる』って言ってたけど……」
まあ、そんな都合の良い話なんてある訳ないか。私はそう思っていた。――その時だった。
「あれ? ヒロロン? ここに来てたの? そして、千捺ちゃんもいるじゃないの」
この温度の低い声は……紛れもなく、西野沙織だ。私は話す。
「沙織ちゃん? どうしてこんなところに?」
西野沙織は、詳しいことを話してくれた。どうやら、ホテルで行われているスイーツビュッフェに来ていたらしい。
「えっ? アタシ? ――アタシは、まあ……たまたまここで行われてるスイーツビュッフェに来ただけだけど……なんか、『諸般の事情』でビュッフェが中止になっちゃったからさ」
諸般の事情……。まあ、ホテル側はそう言い逃れをするしかないか。私は話した。
「なるほど。――その『諸般の事情』って、要するに『人が亡くなってること』なんだけど」
そのことは、西野沙織も織り込み済みだった。
「もちろん、知ってるわよ? テレビの中継で満月楼が映ってて、なおかつ菜月ちゃんが事故で亡くなったのも知ってる。――でも、その様子だと、ヒロロンは『事故』だと思ってないみたいね」
彼女が言いたいことなんて、分かってる。
「その通りよ。――これ、多分……『自殺』なんかじゃなくて、『他殺』だと思ってる」
「やっぱ、そうなるよね。――ここは、ヒロロンのお手並み拝見ってところかしら?」
彼女はそう言うけど、別に私は探偵なんかじゃない。――ただの小説家だ。例の連続猟奇殺人事件だって、解決できたのは「まぐれ」でしかない。
私は話す。
「お手並みって言われても……あの時、私が何かした訳じゃないし」
「でも、結果としてヒロロンの小説は売れてるじゃん?」
「そ、そうだけど……」
クダクダとした会話が続くのが嫌だったのか、春日千捺はキッパリと答えた。
「――まあ、この事件は廣田さんが探偵役ということで事件の解決を任せてもらうかしら? 私、今回の事件の記事をまとめて『週刊現代』に載せようと思ってるし」
「仕方ないわね……」
私は、春日千捺から背中を押されて、再び探偵役として事件の解決を任されることになってしまった。――正直言って、いい加減にしてほしい。
*
「――とはいえ、部外者である君たちにベラベラと事件のことを話す訳にはいかない。ここは一旦、撤収してほしい」
葛原恵介は、そう話した。――当たり前のことだよな。
私は話す。
「それじゃあ、何か分かったら――すぐに満月楼へと戻るから」
彼の答えは、シンプルなモノだった。
「ああ、そうしてくれ」
西野沙織と春日千捺も、彼に話す。
「アタシもそのつもりよ? ビュッフェの件は残念だったけどさ」
「私も、一旦引き返すわ。――どうせ、こんなところにいても勝手に情報が入ってくる訳じゃないし」
私はカワサキグリーンのバイクにまたがって、西野沙織はなにわナンバーの黄色いアウディに乗り、そして――春日千捺は品川ナンバーの赤いフェラーリに乗った。千捺ちゃんだけナンバープレートと車種がバグってるような気がしたけど、細かいことはどうでも良い。
*
実家に戻ると、母親が家庭菜園の世話をしていた。――葉牡丹だろうか。
「ただいまー。それ、葉牡丹?」
私の答えは、合っていたらしい。母親は話す。
「そうよ。――だって、あさってはもう正月やん」
「せやな……」
言われてみれば、今日は令和×年12月30日である。――あと2日で、今年が終わってしまう。だからって何かが始まる訳じゃなければ、何かが終わる訳でもない。そして、元旦だからって浮かれてたら……地震という激甚災害に巻き込まれてしまうリスクもある。まさに今年はそういう年だったし、故に三が日も自粛ムードだった。
だからこそ、来年は良い1年にしたいのだけれど、それは日頃の行いによって左右されてしまう。私は、日頃の行いが良いのだろうか? そんなこと、分からないし、分かるはずがない。
そんな陰気臭いことを考えるとしんどくなるので、私はさっさと家の中に入り――ダイナブックのスリープを解除した。
*
とはいえ、ダイナブックのスリープを解除したところで、やるべきことは――小説の執筆ではなく、例の死亡事故の推理である。
まず、映画監督である浅野秀之を調べていく。彼は大阪出身で、東栄の太秦撮影所で経験を積んでから独立したらしい。そして、自主制作のホラー映画がミニシアターでバズって、東方映画からオファーが来たらしい。――それが、『川沿いの幽霊ホテルについて』のことだったのか。
次に、御園景子についてだけど――あれ? 兵庫出身? もしかしたら、私たちと何か関係あるのだろうか? 今はまだそのフェーズじゃないけど、一応頭の片隅に入れておく必要があるかもしれない。
経歴としては、國學園大學在学中に六本木のテレビ局のシナリオコンクールで最優秀脚本賞を獲って、そのままテレビ局に就職したらしい。そして、ヒット作を連発しているとか。
まあ、この2人のどちらかが犯人とは断定できないし、容疑者はまだまだ出てくるだろう。私はそう思いながらダイナブックの画面を見続けていた。
*
それから、2人の経緯を詳しく見ていく。とはいえ、怪しげなモノが見当たるかと思えばそうでもなく、事態は混迷を極めていた。――頭を抱えるしかない。
そんな中で、母親がダイナブックの画面を見る。――一体、どういうことだ。
「浅野秀之がどうかしたん? 彼、新進気鋭の映画監督よね?」
「それはそうだけど……どないしたんや」
「ううん、なんでもない。――でも、彼が福田菜月とトラブルを起こしてたという可能性はなきにしもあらずや」
「なるほどねぇ……。確かに、監督と俳優がパワハラでトラブルを起こすって事例は増えとるしな」
私が母親にそう話す通り、最近――映画監督と俳優の間でパワハラやセクハラといったトラブルが多発しているのは事実である。ちょっと前にハリウッドで起こった女性解放運動も、そういうセクハラに対するデモクラシーから生まれたモノだったし、日本でもとある監督が女優への性加害問題で干されたのを目の当たりにしている。
そして、陰謀論の域を出ないが――とある俳優が自ら「死」を選んだのも、そういう監督からのパワハラが原因だったという説が一時期出ていた。もっとも、この件に関しては眉唾な部分があるので、真相は闇の中で、なおかつ「死」を選んだ彼だけが知っているのである。
*
そういうトラブルも念頭に入れつつ、私は引き続き福田菜月の死について考えていく。彼女は、なぜ命を落としたのか? そもそも、彼女が命を落とす要素はどこにあったのだろうか?
そんなことを考えていると、スマホが短く鳴った。――西野沙織からのメッセージか。
私は、そのメッセージを読むことにした。
――ヒロロン、あれから推理のほうはどう?
――アタシも色々と考えてたけどさ、やっぱり死に方が「不自然」なのよね。
――仮に「自殺」だとしたらそれまでだし、「他殺」だとしても……誰かとトラブルを起こしてた様子はないっぽいのよね。
――千捺ちゃんからは何か来てない? 一応、グルチャは作っておいたけどさ。
メッセージはそこで終わっていた。――確かに、私と西野沙織と葛原恵介、そして春日千捺によるグループチャットが出来上がっていた。
私は、そのグループチャットを承認したうえでログを見ていく。――どうやら、春日千捺からメッセージが来ているらしい。
私は、彼女が送ったメッセージを読んだ。
――あれから浅野秀之と御園景子について調べてたけど、ウチのアーカイブにそういうスクープの類はなかったわね。
――とはいえ、共演者の方も調べていかないとね。えっと……共演者は「更科誠」に「高塙麻珠」、そして……すごいじゃん? 賞レースの最優秀主演男優賞を受賞した「岡村佳純」も出てるじゃん。一応、彼が主演らしいけど。
彼女のメッセージはそこで終わっていたようだ。
それにしても、岡村佳純か。――別名「日本のトム・クルーズ」なんて言われてて、時代劇からエンタメ大作まで、その主演作品は多岐に渡る。そして、どうやら彼のキャリアとして初のホラー映画が今作になる予定らしい。
もしかしたら、共演者の中に犯人がいる可能性も考えられるか。私は、彼らについて調べていくことにした。
*
って思っていたけど、やっぱり彼らのプライバシーに踏み入るぐらいデリカシーがない訳じゃない。良識を持って彼らを覗き見る手段は、せいぜいSNSを閲覧する程度だったが……特に誰かを名指しで批判したりしている様子は見当たらなかった。――やはり、そうだよな。
岡村佳純にしろ、更科誠にしろ、高塙麻珠にしろ、福田菜月とはフレンドリーに接していた。何なら、撮影現場で記念撮影も撮っている。
となると、他に考えられるケースは――一体、なんだろうか? 私は頭を抱えながら、グループチャットにメッセージを送信した。
――千捺ちゃんのメッセージ、見させてもらったわ。
――特に怪しい様子はないし、現場がギスギスしてるイメージもなかったわ。
――私から言えることは以上かしら。また、何か分かったら教えてちょうだい。
これでいいか。私はそこでメッセージを止めた。
*
数分後、スマホがピコピコと立て続けに鳴った。どうやら、グループチャットに対しての通知らしい。
私は、その中から西野沙織のメッセージを読むことにした。
――アタシもその記念撮影の様子は見させてもらったわよ? 確かに和気藹々で、ギスギスしてる様子は見当たらなかったわね。
――それで、アタシはアタシで共演者の経歴について調べてたけど、福田菜月以外は私たちとは少し年が離れてたわね。
――まあ、同級生じゃないからって殺人を犯さないとは限らないけどさ。
うーん、そうなるか。そこは、彼女の言う通りかもしれない。
次に、葛原恵介から送られてきたメッセージも読んでいくことにした。
――一応、浅野秀之と御園景子の2人から事情聴取を行ったが、両者とも「分からない」の一点張りだ。
――とはいえ、黙秘権を行使している可能性も考えられるから、引き続き2人の動向は注視していくつもりだ。
――それと、映画の共演者からも事情聴取を行ったが……やはり、「福田菜月が突然亡くなったことはショックだ」と言っていたよ。
――一応、ご参考までに。
メッセージはそこで終わっていた。――やはり、今のところはそういう結論に達するしかないか。私はそう思った。
*
結局、何も分からないまま夕方になってしまった。――仕方ないな。
私は、浴室で色々と考え事をする。こういう時、考えがまとまるのは浴室なのだ。
湯船に浸かりながら、福田菜月のことを考えていく。そういえば、彼女と西野沙織がいなかったら、私の心はとうの昔に壊れてたんだっけ。それぐらい、私にとって欠かせない友人だったことは確かである。
でも、福田菜月は――もうこの世にいない。なぜ、彼女は命を落とす必要があったのだろうか? それは彼女にしか分からないし、私が考えても仕方がないことである。――なるほど。
私は、あることを閃いた。これはみんなに伝えないといけない。
そう思った私は、髪と体を洗って、そのまま浴室から出た。そして、葛原恵介のスマホにメッセージを送った。
――恵介くん、今……良いかな?
――菜月ちゃんの部屋に、「手紙のようなモノ」がないかどうか調べてほしいの。
――もし、「手紙のようなモノ」が見つかったら、スマホで写真を撮って送ってほしい。
――ああ、もちろんグループチャットの方に送ってくれたら助かるかな。
これで良いか。既読は付いている。仮に、彼女の部屋から「手紙のようなモノ」が見つかれば罪の告発になるし、なおかつ死の真相も分かるはずだ。
私は果報を待ちつつ、昨晩のすき焼きの残りで作った牛丼を食べることにした。
*
「――なるほどなぁ……。確かに、共演者同士のトラブルで事件が発生したんだったら、合点は行くわね」
「オカンもそう思うやろ? 私もそう思ってん」
牛丼を食べながら、私は母親と話していく。――どうやら、事件について興味津々らしい。
「それで、刑事さんに『ホテルの部屋から手紙のようなモノがないかどうか』を聞いてみることにしたのよ。――まだ、返事はないけどさ」
「手紙のようなモノねぇ……。確かに、死因が自死なら、そういうモノを遺してから命を絶つはずよね。アンタ、ナイスアシストやと思う」
母親はそう言うけど、私は――謙虚になるしかない。
「そう? 別に、私は当たり前のことを恵介くんに聞いただけだけど……」
「なるほど。――まあ、早くこの事件が解決すると良いわね」
「うん。私もそう思っとる」
テレビからは、運動神経が悪いお笑い芸人の無様な様子が映っている。昔はそれで笑っていたけど、最近はすっかり笑えなくなってきた。――感性が鈍っているのか、それとも……自分もそういう「運動神経が悪い人間」に分類されるからなのだろうか。いずれにせよ、私が「今の世間体において生きづらい人間」であることに変わりはない。
*
結局、運動神経が悪いお笑い芸人の無様な様子は最後まで見てしまった。――いい加減、マンネリ化しているのに。
そして、私はスマホのロックを解除して、件のグループチャットを見た。――特に目新しいメッセージは入っていないが、時間帯を考えれば当たり前の話だろう。
ならば、小説の原稿でも書いてやろうかと思ったが、流石に眠い。ここは、寝るか。
*
また、福田菜月の夢を見た。――死人が夢に出てくるって、私のメンタルは相当病んでいるのか。夢の舞台は幽霊ホテルではなく、なぜか第一中学校の校舎の屋上だった。
そして、彼女は話す。
「――私、好きな人がいるのよね」
唐突に言われても、困る。――私は困惑した。
「好きな人? 一体、誰なのよ?」
「湯浅隆志っていうサッカー選手よ。ガッツ大阪に所属してて、日本代表にも何度か選ばれてる」
「なるほど。――でも、どうして湯浅選手が好きなのよ?」
私が話の核心に迫ると、彼女はあっさりと話してくれた。
「私、東京に住むようになってから、結構サッカーの試合を見に行くようになったのよね。それで、『舞台女優』というコネを使って代表戦を見に行くことがあったんだけど、そこで湯浅選手に出会ったのよ。――数少ない関西人として、彼とは波長が合ってね」
「そうだったのね。――結婚とか、考えてるの?」
夢の世界であることを良いことに、私は――爆弾発言をしてしまった。
それでも、彼女は話す。
「それはどうかなぁ……。サッカー選手の妻って、結構大変そうなイメージがあるし」
ああ、確かに。――そういう朝ドラもあったか。もっとも、あの朝ドラのヒロインはサッカー選手ではなく野球選手の妻で、栄養士として成功していく話だったような気がするけど。
そういうことを踏まえつつ、私は話す。
「――そうね。サッカー選手の妻になろうと思ったら、栄養士の資格は必須よね」
私の話に対して、福田菜月は――頷いた。
「だから、女優である私にサッカー選手の妻なんて務まる訳がないのよ。――まあ、マスコミ受けは良さそうだけどさ」
「やっぱり、そこまで考えてんのね」
「うん。――そろそろ、夢から醒めるべきだと思うけど」
そうか。――仕方ないな。
「それじゃあ、私はこれで失礼するから」
そう言って、私はその意識を覚醒させた。
*
スマホのアラームで意識を覚醒させたときには、既に午前9時だった。――寝すぎたか。
そして、スマホの時計には202×年12月31日と表示されている。ああ、今年も終わるんだな。
リビングでは、母親が掃除をしている。邪魔をするのは良くないか。そう思っていても、エンカウントしたら――そこまでである。
「ちょっと、そこの棚拭いてほしいんやけど」
母親にそう言われたところで、私は渋々棚の汚れを落とした。――母親はヘビースモーカーなので、ヤニの汚れがひどい。
*
結局、掃除は正午ぐらいまでかかった。――これぐらいで良いだろう。
母親は話す。
「ありがとね。これでスッキリやわ。――ところで、例の件に関する続報って入ってきとん?」
そういえば、掃除でそれどころじゃなかったな。
私は、スマホのロックを解除して、グループチャットを見ていく。――ログには、大量のメッセージが残されている。
特に、私が気になったのは――葛原恵介からのメッセージだった。
――そういえば、千捺ちゃんから聞いた情報だが、福田菜月はとあるサッカー選手と付き合っていたそうだ。
――名前は湯浅隆志と言って、ガッツ大阪のエースストライカーだな。
――どうやら、日本代表の試合で出会って付き合うようになったとの話だ。
――まあ、吹田を拠点としているサッカーチームの選手がこんな場所に来るはずなんてないから、彼が福田菜月を殺害したということは考えにくいんだけど、一応情報として共有しておきたい。
メッセージはそこで終わっていた。――やっぱり、本当に付き合っていたんだな。
私は、若干福田菜月という存在に嫉妬しつつも、グループチャットにメッセージを送っていく。
――確かに、福田菜月が湯浅隆志というサッカー選手と付き合っていたのは事実で、週刊誌のゴシップにも掲載されている。
――でも、湯浅選手ってガッツ大阪の選手だから、自宅は吹田にある訳じゃん。いくら付き合ってると言っても、わざわざこんな場所に来るわけがないじゃないの。
――まあ、他の可能性も考えておくけどさ。
メッセージはそこで止めた。全員分の既読は付いている。
*
数分後。真っ先に返信してきたのは西野沙織だった。
――確かに、ヒロロンの言う通りね。
――恋人が映画の撮影で城崎にいるからって、そこまで来たりはしないよね。
――まあ、湯浅隆志がGPSで福田菜月の位置をトラッキングしてたら別だけどさ。
ああ、その考えはなかった。確かに、スマホのGPS機能によるトラッキングは、ストーカーに悪用されるとして問題視されている。
とはいえ、スマホにおいてGPS機能は必須だから、切ろうにも切れないのが実情である。
事実、私の位置も――もしかしたら、西野沙織や葛原恵介、そして春日千捺によってトラッキングされている可能性もある。
ということは、やはり――この事件は、湯浅隆志による犯行なんだろうか? そう思っていた時だった。
――沙織ちゃんのメッセージは読ませてもらったが……GPS探知の結果、湯浅隆志は吹田にいるらしい。
――要するに、湯浅隆志は「シロ」だ。彼が福田菜月を殺害したという線はない。
ということは、やはり――福田菜月を殺害した犯人は、映画関係者の中にいるのだろうか?
そう思った私は、居ても立っても居られなくなったので、バイクを走らせて城崎へと向かった。
――オカン、ホンマにゴメンな。




