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第二十五話 光のアンサンブル

「―――今こそ、君たちの『色』を、この僕に見せてくれ!」


 ジーロスの、魂からの叫びが、色彩を失った神殿に響き渡った。

 それは、もはや傲慢なナルシストのものではない。

 仲間を、自らの芸術を完成させるための最高の『色彩』として信じ、その力を求める、一人の芸術家の魂の叫びだった。

 だが、そのあまりに詩的で、あまりに抽象的な要求を、絶望の淵にいた仲間たちが、即座に理解できるはずもなかった。

「…色…でありますか、ジーロス殿…?」

 最初に、困惑の声を上げたのは、ギルだった。

 彼の、魂の炎であったはずの赤い闘気のオーラは、もはや、くすぶる炭のように弱々しく揺らめいている。

「俺の魂の色は、常に、姉御への忠誠を示す、燃えるような赤であります! ですが、この灰色の世界では、その赤を燃え上がらせることが…!」

「ノン! ギル!」

 ジーロスが、叫んだ。

「君は、まだ分かっていない! 君の『赤』はただの闘気ではない! 計算も、論理も、全てを粉砕する、純粋なまでの『情熱』そのものだ! 考えるな! 感じるんだ! アイリスが危険に晒された、あの時の怒りを! あの時の、魂の叫びを!」

 その、あまりに的確な、ギルの本質を突いた言葉。

 ギルの瞳に、再び光が宿った。

(…そうだ。…俺は戦士。…俺は、姉御の盾…!)

 彼は、雄叫びを上げた。

「うおおおおおおおっ!」

 その巨体から、再び、赤いオーラが迸る。

 それは、もはや、クロマの灰色に侵食される、か弱い炎ではなかった。

 全てを焼き尽くす地獄の業火。

 純粋な「情熱」だけが放つことのできる、絶対的な赤だった。


「ひひひ…! 情熱、ねえ。結構なこった。だがな、旦那。俺様は、そんな青臭えもんじゃ動かねえぜ」

 次に立ち上がったのは、テオだった。

 彼の黄金色のオーラもまた、色褪せ、ただの鉛色の輝きとなっていた。

「俺を動かすのは、ただ一つ。『利益』だ。この戦いに、俺様が魂を懸けるだけの見返りはあるのかい?」

「あるとも!」

 ジーロスは、即答した。

「考えてもみたまえ、テオ! この世界から色が失われたら、どうなる!? 金貨の輝きも、宝石の煌めきも、全てが、ただの灰色の石ころになるのだぞ! 君の、その、美しいまでの『強欲』が、最も許せない世界になるのだ!」

「…!」

 テオの顔が引き攣った。

 そうだ。

 このモノクロームの世界は、彼にとって、死よりも辛い地獄。

 全ての「価値」が均一化されてしまう、悪夢の世界だ。

「君の、その、聖も俗も全てを飲み込む、底なしの『欲望』! それこそが、この世界に金色の輝きを取り戻す唯一の力なのだ!」

「…ひ、ひひ…」

 テオの、口から、乾いた笑いが漏れた。

「…ひひひひひ! 面白い! 面白いじゃねえか、ジーロス! あんた、最高のセールストークをしてくれるじゃねえか!」

 彼は立ち上がった。

 その全身から、再び、黄金色のオーラが迸る。

「見てやがれ、クロマ! 俺様の魂の価値を、てめえに教えてやる! この世の全ての富は俺様のものだ!」

 それは、どこまでも下品で、どこまでも利己的な、しかし、何者にも屈しない、「欲望」の黄金の輝きだった。


「わあ…!」

 その、二つの、あまりに強烈な魂の輝きに、シルフィは目をぱちぱちとさせていた。

「ギルさんも、テオさんも、なんだか、とってもキラキラしています…!」

「そうだ、シルフィ!」

 ジーロスは、彼女に向き直った。

「君の、その純粋な瞳には、何が見える? この灰色の世界は美しいかい?」

「いえ…」

 シルフィは、ゆっくりと首を横に振った。

「…とっても寂しいです。お花も、蝶々も、みんな泣いています。自分の本当の色を忘れてしまって…」

「ならば、君が教えてあげるのだ!」

 ジーロスは叫んだ。

「君の、その、世界の法則さえも捻じ曲げる、予測不能な『偶然』! その、純粋な『本能』こそが、この死んだ世界に、再び生命の息吹を与えるのだ! 君が願うだけでいい! 『みんな、元気になれ』と!」

「…はい!」

 シルフィは、こくん、と頷いた。

 彼女は、そっと目を閉じる。

 そして、ただ願った。

 お花が、また、色とりどりに咲きますように。

 蝶々が、また、楽しげに舞いますように。

 この寂しい世界が、また、元の賑やかな温かい世界に戻りますように、と。

 その、純粋な祈りと共に、彼女の体から柔らかな翠色の光が溢れ出した。

 それは、春の木漏れ日のような、どこまでも優しく、どこまでも生命力に満ちた、「天然」の(みどり)の輝きだった。


 赤、金、そして、緑。

 三つの、混沌とした魂の色が、ジーロスの周りで渦を巻く。

 だが、まだ足りなかった。

 この三つの、あまりに強烈な個性を束ねるための、最後の、そして、最も重要な色が。

 ジーロスは、最後に、アイリスをまっすぐに見据えた。

「―――アイリス」

 その声は静かだった。

 だが、その瞳には、絶対的な信頼の光が宿っていた。

「君の色を、見せてくれ」

 アイリスは頷いた。

 彼女は、剣を構え直す。

 脳内には、『神』の声は聞こえない。

 だが、彼女はもう一人ではなかった。

 背後には、仲間たちがいる。

 ギルの、情熱。

 テオの、欲望。

 シルフィの、純粋さ。

 そして、ジーロスの、覚醒した新たな美学。

 その、全ての混沌を信じる。

 それこそが、リーダーである自分の役割。

 彼女の心に、一つの、確かな光が灯る。

 それは、どんな絶望の闇をも打ち破る、どこまでも真っ直ぐで青い光。

 聖女の、そして、一人の騎士の「希望」の青。

「…行きましょう、みんな!」

 彼女の体から溢れ出した青い光が、仲間たちの三つの光と混じり合った。


 そして、ジーロスは、その四色の混沌の奔流の中心に立った。

「―――ノン。…美しい…。ああ、なんて美しいんだ…!」

 彼は、もはや芸術家ではなかった。

 混沌の交響楽団(オーケストラ)を指揮する名指揮者(マエストロ)

 彼は、両手を広げ、その四つの原色の魂を、自らの光の魔法で束ねていく。

 それは足し算ではなかった。

 掛け算。

 いや、それ以上の化学反応。

 赤が金をより、輝かせ、緑が青をより深くする。

 四つの色は、混じり合い、そして、互いを高め合い、やがて一つの、これまでに誰も見たことのない究極の光の奔流へと昇華されていった。

「見るがいい、クロマ!」

 ジーロスが、叫ぶ。

「これこそが、僕の答え! 我々の答えだ! ―――『光の協奏曲(アンサンブル)』ッ!!」


 放たれたのは、もはや、ただの光ではなかった。

 それは、生命そのものだった。

 光の奔流が、クロマのモノクロームの世界に触れた瞬間。

 灰色だったはずの水晶の壁に、色が戻っていく。

 鉛色だった床が、再び虹色の輝きを取り戻していく。

 クロマが作り出した、完璧なはずの絶対的な「無彩」の世界が、まるで白黒の絵画が極彩色の現実へと変わっていくかのように、塗り替えられていく。

 その、圧倒的な生命力に満ちた、色彩の洪水。

 クロマは、その光景に、初めて、その能面のような顔に、驚愕と、そして、ほんの少しの恐怖の色を浮かべていた。

「…ば、馬鹿な…。私の完璧な世界が…。この、醜悪な色彩の暴力によって…!」

 彼の孤独な芸術は、今、混沌の絆によって、打ち破られようとしていた。

 アイリス分隊は、勝利を確信した。

 彼らの魂のアンサンブルが、この灰色の世界に、夜明けを告げようとしていた。

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