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第十二話 黒曜石の広間

 光輝魔術師ジーロスの、芸術家としての魂が指し示した「光と影の道標」。

 それは、確かに、一行をモノクロームの迷宮の次なる階層へと導いた。

 だが、その先に広がっていたのは、希望ではなく、さらなる絶望だった。

「…行き止まり、でありますか?」

 ギルの困惑した声が、静寂な空間に響く。

 彼らがたどり着いたのは、巨大な円形の広間。

 そして、その広間の奥には、磨き上げられた黒曜石のような一枚岩でできた、巨大な壁がそびえ立っていた。

 扉も、通路も、隠しスイッチらしきものも、何一つない。

 完璧な袋小路だった。


「ノン! あり得ない!」

 最初に異を唱えたのは、この道を発見したジーロス本人だった。

「僕の、完璧な美的センスが、間違うはずがない! あの光と影の調和は、確かに、この場所へと我々を導いていた! この行き止まりにも、必ず何らかの芸術的な意味が隠されているはずだ!」

 彼は、再びプリズムを取り出すと、その巨大な壁に光を当て始めた。

 そして、その表面を、まるで古代の壁画でも鑑定するかのように食い入るように見つめる。

「…ふむ。この壁の表面の僅かな凹凸…。これは、古代の何らかのメッセージを表現しているのか…? いや、違う…。この、完璧なまでの平坦さ…。光を一切乱反射させない絶対的な平面…。これこそが、クロマの、芸術的解答だというのか…? 『この先には、何もない』という虚無の表現…?」

 ジーロスの、芸術的な分析は、完全に袋小路に迷い込んでいた。

 彼の、あまりに深読みしすぎる思考は、目の前のただの「壁」という単純な事実にたどり着くことができない。

「ひひひ…! 芸術だかなんだか知らねえが、要は先に進めりゃいいんだろ?」

 テオは、ジーロスの難解な芸術論には全く興味を示さなかった。

 彼は、詐欺師としての現実的な視点で、壁の調査を始めた。

「こういう時は、大抵、どこかに隠しスイッチがあるもんだ。床のタイルの一枚だけ色が違うとか、壁のレンガの一つだけ出っ張ってるとか…」

 彼は、壁をコンコンと叩き、床を足で踏み鳴らし、怪しい場所がないか血眼になって探し始める。

 その二人の、じれったい調査に、ギルは我慢ならなかった。

「ええい! 面倒であります! このギルがこの壁ごと粉砕してくれるであります!」

「待ちなさい、ギル!」

 アイリスが慌てて声をかけるが、もはやギルの耳には届いていない。

「姉御への道を阻む壁など、この世に存在してはならんのであります!」

 彼は雄叫びを上げると、その巨大な拳にありったけの魔力を込めた。

 ドゴォォォン!!!

 城壁すら砕く渾身の一撃が、黒曜石の壁に炸裂した。

 だが、壁は砕けなかった。

 それどころか、ギルの拳が当たった一点を中心に、水面のように波紋が広がり、その衝撃を完全に吸収してしまったのだ。

「なっ…!?」

 ギルが驚愕に目を見開いた、その瞬間。

 壁は、吸収した衝撃を、そのままギル自身へと撃ち返した。

「ぐおおおおおっ!?」

 自らの拳の威力で、ギルの巨体は、まるで砲弾のように吹き飛ばされ、広間の反対側の壁に激突した。

 芸術論、物理探査、そして、脳筋。

 三者三様の、攻略法は、完全に、行き詰っていた。

 アイリスは頭を抱えた。

 自らの、リーダーとしての判断能力のなさに、絶望しかけていた。

(…だめだ…。私の指揮では、この混沌を導くことなどできない…)


 その、三人が、不毛な議論と調査を繰り広げているすぐ隣で。

 シルフィは、全く違うことに夢中になっていた。

 彼女は、この、静かで色のない空間が、なんだかとても気に入っていた。

「…ヤッホー…」

 彼女が、小さな声で呟くと、その声が壁に反響して、「ヤッホー…」と返ってくる。

「わあ! お返事してくれました!」

 彼女は、壁とおしゃべりを始めたのだ。

 彼女は、てくてくと、広間の壁際を歩き回っていた。

 そして、ジーロスたちが調査している場所とは全く関係のない、ただの何の特徴もない壁の前で、ぴたり、と足を止めた。

 彼女は、その冷たい壁に、そっと頬を寄せた。

「…なんだか、この壁さんだけ、少し冷たいです…。それに…」

 彼女は、くんくん、と、エルフならではの鋭い嗅覚で壁の匂いを嗅いだ。

「…少しだけ、外の土の匂いがします…」

 そして彼女は、仲間たちに向かって満面の笑みで手を振った。

「わあ、アイリス! テオ! こっちの壁、なんだか涼しい風が吹いてきます!」

 その、あまりに唐突で、あまりにファンタジーな一言。

 テオは、心底呆れたように振り返った。

「はあ? 風だと? シルフィ、ここは地下の密閉された空間だぜ? 風なんざ吹くわけねえだろうが。お前、腹でも壊してんのか?」

「ノン! シルフィ! 今、僕は、クロマという芸術家の深遠なる魂と対話している最中なのだよ! 君の、その、メルヘンな幻覚で、僕の集中を乱さないでくれたまえ!」

 ジーロスもまた、彼女の言葉を、ただの天然ボケだと一蹴した。

 だが、アイリスだけは違った。

 彼女は、これまでの旅で、嫌というほど学んでいた。

 この、天然エルフの、論理を超越した「勘」が、時として奇跡を生み出すことを。

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