第1話
帝国の辺境、誰もが忘れかけた〈ガノーシュ領〉に一人の少年がいた。
名前はラグナ。世間からは「貧困王子」と呼ばれ、ボロ屋に住み、毎日せっせと農作業に勤しむ平凡な少年。
ラグナは裏山で自給自足をしており、そこで取れたものをほぼ毎日口にしている。
「今日の雑草、また生えてきたな……」
だがある日――ラグナはいつも通り、裏山で採れたキノコを炙りつつ、庭でモフ牛を焼いて食べていた。
完全に忘れていたが、今日は“数年に一度、王都から派遣される視察隊の巡回日”だった。
正式には「辺境領民の生活実態を観察・報告するための巡回調査」というお堅い目的のもとに派遣されるものだったが、ラグナはすっかり忘れていた。
現れたのは、眼鏡の奥に鋭い観察眼を光らせる女官・フィナ。
彼女はラグナの食卓を一目見るなり、ため息を呑んでぽつりとつぶやいた。
「……ああ、田舎者ってやつはこれだから……」
仕方なく視察のための挨拶を始める。
「……お食事中、失礼します……!?!?」
フィナはふと、漂ってきた芳醇な肉の香りに目を向けた。
その一瞬、彼女の視線はゆっくりと炭火で炙られる黒毛モフ牛へと移る。
「あの……これは……まさか……!?――伝説の“黒毛モフ牛”……では、ありませんか……!?!?
王都の王宮でも……滅多に口にできない……最高級の食材だったはず・・・」
次に、彼女の目は机の上の一際光る卵へ。
「え・・・この卵……古代竜のたまご!?」
そして、棚に並べられた一風変わったキノコに気づいた。
「そのキノコは……100年に一度しか採れない幻の〈幻茸アルカリス〉……!?」
さらに視線は、水差しに入った透明な液体へ。
「その水は……まるで“聖泉”の水のようだわ……」
さらに女官は絶叫した。
「ラグナ様! そこに無造作に置かれているナタ・・・王都が100年かけて再現できなかった神代の聖剣の技術で作られたナタじゃありませんか!?」
視察隊も続けて発言する。
「この刃物の精度!? まさか“始まりの鍛冶”の技術が……」
「しかもこの金属は《星金》――ミスリルを超えると伝えられる伝説の金属では!?!?」
一方のラグナはと言えば、ぽかん。
「え? 聖剣の技術のナタ?自分で加工はしているけどただ草刈りに使うだけだよ。ここは雑草がヤバすぎてさあ……」
視察隊の説明を聞いても、ラグナはピンとこない。
「今日のモフ牛、脂がちょっと多くて胃もたれしそうだなあ。水も柔らかすぎて飲みにくいし」
女官は真顔で言う。
「それは王都の高級コースメニューの食材ですよ! 一食で百万ネッカを超える価値です!」
ラグナは裏山を見上げて言った。
「どれも、この裏山の土と水で取れたものだから、いつも通りだよ!ってかもう食べ飽きてるけど」
このようなやり取りがあってからフィナたち視察隊はもはや辺境領民の生活実態を観察・報告するための巡回調査のことなど、すっかり頭から抜け落ちているのだった・・・
その後、フィナは震える手で村の資源・道具・自然を調査し、
帰り際にこう言った。
「ラグナ様。失礼ながら、大雑把ながら試算してみました…」
「え?なにを?」
「あなたの生活圏の資源、技術、食材、設備、
そしてあなた自身の技術――
全てを正しく価値換算した場合――」
フィナは眼鏡を光らせ、静かに告げた。
「世界富豪ランキング、上位3%に入ります。」
「というか、それどころか――評価次第では1%台突入も……!!」
「この辺境領そのものが、“歩く国家予算”レベルです!!」
…その夜、王都では大騒ぎに。
辺境の小さな領地に眠る、幻の鉱石や希少な植物から動物、そして彼の家系だけが育てていた伝説の果実──これらすべてが、世界中の王侯貴族が喉から手が出るほど欲しがる特産品だったのだ。
さらに翌週、11人もの婚約者候補がラグナの元にやってきた。
しかしラグナはと言えば、のんびりとキノコを干しながら、淡々と一言。
「ごめん、今キノコ干すの忙しいんだ。王位争い? なんの話?」
彼は、自分自身が国宝級の価値を秘めていること、さらにその領土までもが計り知れない価値を持っていることに、まったく気づいていなかった――。