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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第一幕 「冬の森の死体安置所」
7/70

7.手紙

 ザックに急かされ、イルミナは無言で後片付けを始めた。しかし、先ほどのエディやピーターの姿が目に焼き付いて離れない。遂には、片付けの手を止めて考え込む。

 その内容は、トーカ村に残してきた家族たちのことだった。決して裕福ではなかったし、たまには喧嘩もするけれど、ごくごく平均的な家庭だったと思う。


 ――父は、母は、私にあんな冷たいことを言うだろうか?


 悪いイメージを想像しかけて、慌てて頭を振って打ち消した。そんなことがある訳ない。自宅の部屋数が足りなくて、下の妹と同じで自室なんてなかったけれど、愛されていると思う。イルミナが高熱を出した時には、母が付きっきりで看病してくれたし、父は遠くの山にしか生えていない薬草を取りに行ってくれた。

 だからイルミナはエディの心境を量ることが出来ない。


 ――それとも、貴族が特別なだけだろうか?


 もちろん、答えは出ない。そんなことは神様だって分かりはしないのだ。

「あまり気にするな」

 その声に振り返ると、そこには片付けの手を止めイルミナを見つめるザックがいた。

「『埋葬』をやっていると、いろいろある。その度に考えていると身体が持たない」

 そこで、イルミナはザックが励ましてくれている事に気づいた。

 唇を曲げ、黙々と作業をするザックの背中が大きく見えた。

「ザック、ありがとう」

 背中に投げかけると、一瞬イルミナを見て肩を竦ませた。これは、「どういたしまして」とか「気にするな」ではなく、「早く片付けてしまえ」ということだろう。イルミナは苦笑しながら、作業に取り掛かった。

 全て終わって礼拝堂を出る頃には、珍しく雪が止んでいた。そればかりか、普段は塗りつぶしたように厚い雲の隙間から、沈む太陽が見えた。



 後日、いつものようにモルグの点検を終え、ハーブティーを片手に朝刊を読んでいたイルミナが、大きく叫び声を上げた。

 暖炉のそばで本棚を作っていたザックがイルミナをじろりと睨む。その瞳は、「今は釘打ちをしているんだ。怪我したらどうする」とイルミナを責めていた。

 だが、そんなことお構いなしにイルミナは新聞を片手にザックの元へと駆け寄る。

「ね、ザック。これ、ここ読んで!」

 イルミナは興奮のあまり、顔が蒸気している。こんなに興奮したイルミナを見るのは初めてだったので、ザックは渋々ながら新聞を見る。しかし、見ろと言ったところでザックは文盲である。イルミナはそれを思い出したのか、大きな記事で見出しを読み上げた。


「ニューオリオン市で、宝島伝説。先日、ニューオリオン市有数の大富豪エディ・ジャクソン氏の邸宅の庭から金貨一万枚以上が入った宝箱が発掘された。彼の住む敷地から発見された財宝は、ピーター・ジャクソン氏の遺産として処理され、全額がエディ氏のものになる見込み――」


 記事には宝箱の隣でポーズをとっているエディの写真が添えられていた。掘り起こした場所なのだろう、大きなクヌギの木も写っている。

「これって、ピーターさんが最後に言っていたやつだよね? やっぱり、息子が心配だったのよ!」

 イルミナがまくし立てるのを、ザックは興味がなさそうに聞いている。このままだと永久に喋りかねない勢いだったので、ザックは、

「おい、鍋が煮立っているぞ。朝食の準備をしていたんだろう?」

 と、話を逸らす。

「あ、そうだった」

 イルミナは、本当に忘れていたかのようにのんびりと言う。それを見て、ザックは作業に戻った。

 キッチンに戻る前に、イルミナはザックの顔を盗み見る。そこには、今仕事を終わらせたと言わんばかりの充実した、満足げな少年の顔があった。

 笑いをかみ殺しながらイルミナはキッチンに向かう。

 手に持った新聞をもう一度開く。エディにもいろいろな葛藤があったのだろう。これから彼が道を外すことはない、何故かイルミナはそう確信していた。

 写真には屈託のない、子供のような笑顔を浮かべるエディ。

 彼の笑顔を見て思いつくことがあった。そうだ、手紙を書こう。うんと長くなったっていい。今の近況などを細やかに家族に伝えよう。

 書きたいことが頭に浮かんでは消えていたが、最後の一文はもう決まっていた。


「私は元気です。無口で愛想のひとつもないけれど、本当は優しい同僚と上手くやっています。みんなも、身体に気をつけてください」




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