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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第四幕 はじめてのおつかい〜イルミナ、王都へゆく〜
38/75

10.             

「どうしてこんなことになったんだろう」

 イルミナは王都に来て、数十度は口にした言葉を落とさずにいられなかった。

 

 テントの中は、イルミナが思っていた以上に広々としている。すり鉢状に客席が置かれているのも作用しているのだろう。そのどこからでも中央に置かれてあるステージが一望できた。ステージに近い席の方が高額なのだとミニットは言う。彼が何気なく言ったその一言でイルミナは気づくべきだったのだが、サーカスの方に気を取られていてそれどころではなかったのだ。


 そう、チケットを手配したのはあの殿下なのだ。それをまず考えるべきだった。


 イルミナたちが入口にある受付でチケットを見せると、それまでの客とは明らかに違った扱いを受けた。何故か案内人が彼女たちを先導し、裏口に近い場所をしばらく歩くことになった。

 しかし、この時のイルミナは、「サーカスとはこんなものなのか」と思うだけだった。ミニットの様子がおかしいことにも、普段の彼女であれば気づいたであろう。

 ともかく、イルミナが全てを理解したのはすり鉢状になった客席最上段にある、貴賓席に案内されてからだった。

 そこは、最上段とは違って席がややせり出しているため、演目が見えやすいと推測された。内装も即席で作ったわりには凝っている。まるで今日見た玉座のように飾られた椅子が四脚、丁寧に肘置きもついていた。

 そこから見える客席は、ベンチのような長椅子が無造作に並べられているだけだったので、より違いが浮き彫りになっている。しかも、子供たちが珍しそうにイルミナたちを見上げてきたので、閉口した。昼間の件で懲りていたので、さすがに手を振ったりはしなかった。

 豪奢な席というだけだったら、どれだけ良かっただろうか。貴賓席と一般席最大の違いは、専属の給仕が傍にいることだった。

「何か御用がございましたら、給仕に何なりとお申し付けください」

 ここまで案内してきた男が、立ち去る前にそう残していったので、イルミナは文字通りぽかんと口を開いてそれを見送るしかなかった。

「ミニット、知っていたの?」

「ええ、まぁ……」

 彼もここまでとは思わなかったのだろう、きょろきょろと辺りを見回しながら、しきりに頭をさすっている。

 本当は、こんな目立つ場所は嫌だったので席を変えて欲しかったが、そうするとミニットが困ることになるのだろう。イルミナだって、自分の立ち位置を理解しているつもりだ。

 ただの客ではあるが、最悪の事態――たとえば誘拐とか――がないとも限らない。用心に用心をミルフィーユのように重ねても、殿下は安心はしないに違いない。

 

 ――そうだ、こんなにいい席でサーカスが見られるなんて、金輪際ない。だったら楽しまないと損だ。


 いつものようにそう結論付けると、多少は気が楽になった。イルミナはミネラルウオーターと、軽食を注文する。

「ミニットはいいの? なんでもあるみたいだよ」

 彼はゆるゆると首を振るだけだった。イルミナと違い、簡単に割り切れるものでもないのだろう。

 

 ――夕食があるからほどほどにしておかないとね。

 

 そう考えてはいたものの、供された食事は驚くほどおいしかった。ドーナツを追加で頼んでしまったほど。

「大丈夫なんですかい?」

 イルミナの食べっぷりを見ていたミニットが、小声で声をかけてくる。

「料金は、チケットに含まれています、ってちゃんと書いてたよ」

「いえ、そうじゃなくて……」

 彼が言っているのは、夕食のことなのだろう。もちろん、それだって大丈夫だ。イルミナは、同世代の少女たちに比べると燃費が悪い。この程度のものだったら、もう一周したって平気だった。

 そんな彼女を見て、ミニットは自分が考えすぎだと思ったのだろう。給仕を呼び、イルミナ以上に料理を注文をした。

 イルミナたちには晩餐が待っているのだろうが、自分にはそれがない。だったら、ここで夕食を済ませてしまえ。さすがに酒を頼むようなことはなかったが、それでも給仕がかすかに目を見開くくらいの量を告げた。

 それから、サーカスが始まるまでの間、二人は食べては話し、飲んでは笑いを繰り返していた。


 そうこうしていると、ふいに会場の灯りが落ち、中央の舞台に照明が当てられた。

 そこには、バニースーツを着たブロンドの美女が立っている。衣装はやや小さめに作ってあるのか、やけに胸とか腰あたりが強調されていた。隣に座っているミニットが食い入るかのように見ていたので、イルミナは少しだけむっとした。


 ――ザックがもああいったのが好みなのかな。


 そう思い、自分にもむっとする。なんでこんな時にまでザックのことを考えているのだろう。そんなイルミナの心境など知りうるわけもなく、美女は朗々と台詞を読み上げた。

「本日はご来場ありがとうございます。これより、ワーロックサーカス開演です!」

 いつの間にか埋め尽くされていた客席からは万雷の拍手が起こる。まさに降り注ぐ、といった様子に満足した美女はゆっくりと頭を下げた。頭に乗せたウサギの耳もお辞儀をするかのように一緒に下がる。

 

 気分が乗らないだろう――そう考えていたイルミナの考えは見事に打ち砕かれることになった。

 最初の休憩までの半時間程度の間、イルミナの視界には舞台以外のものが入らなかった。途中、給仕やミニットが話しかけてきたらしいが、全く記憶に残っていない。

 それくらい、イルミナは目前で繰り広げられる非日常に心を掴まれていた。


 虎が火の輪を何度もくぐった時には、「燃えちゃうのではないか」とはらはらし、象、と呼ばれる奇妙な、そしてとても大きな動物がイルミナと同じくらいな大きさの玉に乗って、器用に移動したときには、他の観客と同じように喝采を送り、そのボールを象から受け継いでピエロがジャグリングを始めたときは、唇がほころんだ。

 

 とても長いようにも、そして逆にあっという間のようにも思えた半時間が過ぎたときに、ようやくイルミナは周りに気を配る余裕が生まれた。

「サーカスってすごいね」

 隣に座るミニットに向かって、何度も何度もその言葉を投げる。しかし、当のミニットはどことなく落ち着かない表情で、困ったように頬をかいていた。その視線はイルミナではなく、その向こう側へ向いている。

「どうしたの?」

 そう言いながらイルミナは後ろを振り返って、飛び上がらんばかりに驚いた。

 

 ついさっき(あくまでイルミナの体感での話だ)まで空だった椅子に、男が座っている。男は、にこやかに二人のやり取りを眺めていた。

「こんばんは、レイディー」

 抑揚のない声で、男はイルミナに挨拶をした。腰の辺りまで伸びた、長く美しい銀髪がさらりと揺れる。男は、つばの広いまるで魔法使いが被っていそうな帽子を乗せていた。彼女の頭の中には疑問符が山ほど並んでいたが、なんとか頭を下げる。

「こっちの旦那は、知り合いからチケットを譲ってもらったそうですぜ」そんなイルミナに助けを出したのはミニットだ。「さっきから挨拶しようとしていたんですが……」

 そこでようやくイルミナは自分の失態に気づいた。ここまで没頭してしまうなんて。

 男は、気分を害した様子もなく、手をひらひらと振った。そんな所作ひとつが優雅に見える。チケットの件もあるし、きっと貴族なのだろう。

「ぼくもサーカスが大好きでね。レイディーみたいに熱中することだってある。同好の士を見つけたようで嬉しいよ」

 涼やかな目元だ。しかし、その瞳は笑っていないのが、どことなくアンバランスに思えた。

 男は慌てて立ち上がろうとしたイルミナを手で制し、跪くと彼女の手をとって軽くキスをする。その動作がやけに自然で、さすが貴族だ、とイルミナはぼんやりと考えた。

 そこで休憩の終わりを告げるブザーが鳴り響いた。

「さて、堅苦しい挨拶はあとにして、今は非日常を楽しもう」

 イルミナは、この男にどこか違和感を感じていたが、それはまたもやサーカスにさらわれることになった。



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