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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第四幕 はじめてのおつかい〜イルミナ、王都へゆく〜
33/75

5.玉座

 ――どうしてこうなってしまうのだろうか。


 状況に流されるだけの自分に歯噛みしながら、イルミナは王宮の門をくぐった。王宮内は、イルミナが思ったほど広くはないようだ。そんなことはないのだろうが、そういう印象を彼女に抱かせていた。

 豪奢な内務省とは違い、どこか無骨な、そして冷ややかな印象の廊下を衛兵に先導されながら歩く。もうちろん衛兵の身体つきはイルミナなんかより遥かに大きいのだが、三人が横に並ぶとそれだけで圧迫感を感じるほどの幅。それが狭さを感じさせるのかも知れない。

 どうやら採光も必要なぶんしか取られていないようで、王宮というよりは彼女が暮らすモルグに親しいものを感じた。


 現在の王宮は百年前の緑石戦争時代に作られたものだと聞いている。だからこそ実用的なのだ。狭い通路も、薄暗く見えるのもこの城を落とそうと襲いかかる敵兵からすると、ひどく難しいに違いない。

 それだけではなく、当時の国王の要望でデザインにもこだわった。既に列強の地位にあった国家が戦勝を記念し、他の国家に対する牽制の意味合いもあったのだろう。今でも歴史に残っているマクスウェル様式を確立している名工、当時既に名高かったマクスウェル三世が建築したそうだ。

 作りは典型的な古モルストス様式。

 象形文字を礎として、流れるような曲線を模様としてあしらい、力強い直線で形成されている柱を中心にそこからデザインを広げる手法をとる、現代でもかなり特殊なものだ。

 小振りな窓を多く作っているのも、伝統的なものだった。かつての先人たちは、光よりも闇に浮かび上がる陰影を好んだという。この薄暗い場所は先達の意思、そして文化を過去にしないためなのだろう。

 デザインは古モルストスでも、素材は近代的なものを使うのが通例なのだが(かつての素材は希少なのだ)さすがは王宮、古代石をふんだんに使っている。

 贅を尽くした、とは言えないが、どこまでも厳かな空気を纏う宮殿。イルミナが数百年前に思いを馳せるにはじゅうぶんな効果があった。


 正面玄関から入り、無機質な細長い通路を暫く歩いているとやがて広間へと出た。その部屋は先ほどまでの景色とはうって変わり、豪華な内装になっている。一見して高価そうな椅子やテーブルが計算されて配置されており、東西南北にそれぞれ扉が見える。円錐状になった塔にあたる間なのだろう、遥か上層まで吹き抜けになっていた。いくつも作られた窓から、柔らかな日差しが磨きぬかれた鉱石で出来た足元を照らしている。薄暗い廊下とはまるで光の量が違うので、イルミナは目を細めた。

 この広間はサロンとしての役割も果たしているようだ。市場ほどではないが、それなりに賑わっている。衛兵の他に数人の男女がいた。壁に掛けられている絵画を眺めていたり、置かれた椅子に座って談笑していたり、ただ立ち尽くしていたりしている。イルミナと同年代と思われる青年から、腰の曲がった老人まで様々な年齢層であったが、その表情にはどこか緊張感が漂っていた。

 彼らは全員着飾っていて、その身なりから全員が貴族であろうとイルミナは予想した。細やかな所作、たとえば手の動かし方などが彼女と違う。優雅であると言えば聞こえはいいが、裏返してみればそれは傲慢さ、ともとれる。あくまでイルミナの私見であり、貴族全員がそうではないのを知ってはいるが、間違いとも言い切れないと彼女は確信していた。

「おや?」

 彼女たちが入ってきた扉からほど近い場所にいた男性が、こちらに気づいて――正確には殿下に、だ――ゆっくりと歩み寄ってきた。

 背の高い紳士だった。細身ではあるが決して華奢ではなく、王立警察の制服を隙なく着こなしている。歩く度に胸元にいくつも並んだ勲章がじゃらじゃらと鳴った。初老に差し掛かった辺りであろうが、肌は艷やかで年齢不詳なところがある。眉間に皺を寄せ、禿頭にその高身長であることも相まって、威圧的な雰囲気を隠しもしない。そのままの表情で大股に歩き、殿下の前で長い足を折って跪いた。

 イルミナは思わず顔を顰めそうになって、既のところで堪える。

「お久しぶりです、公爵閣下。あの時以来でしょうか」

 対照的に殿下は柔和な声で、彼の前に跪いた男に声をかけた。後半の言葉は、イルミナに言ったように思える。

 この男のこともよく知っている。殿下の気遣いすら無用なほど男との出会いは鮮烈そのものだったからだ。殿下とイルミナが出会ったあの日、この尊大な態度を見せる男も一緒だったのだ。

「まさしく。殿下にあらせらしてもお変わりのないようで安心いたしました」

 慇懃無礼とは彼のこと()()を指す言葉に違いない。丁寧な物腰ながら、微塵も敬意を感じさせない声音で、王立警察長官ミニシング・アドラー公爵は挨拶をした。


 その様子に気づいた貴族たちが代わる代わる殿下に挨拶をしているので、イルミナはぼんやりと立ち尽くすしかなかった。しかも隣には何故かアドラーがいる。このまま言葉を交わさないのも妙な気がして、イルミナから挨拶しようとしたその時だった。

「貴様とまた会うことになるとはな、イルミナ・ロッキンジー」

 眉間に皺を寄せ、絵画を見つめたままの姿勢でアドラーが言う。

 よほど間の抜けた顔をしていたのだろう、イルミナをちらと見てあからさまに顔を顰めた。

「私だって伊達や酔狂であの地に赴いたのではない。貴様を含む参加者の素性は調べあげているのは当然であろう」

「失礼しました。お久しぶりです、ミニシング・アドラー公爵閣下」

 メイドに叩きこまれた通りに、ドレスの裾を持ち上げ、なるべくゆっくりと頭を下げる。自分でも上手く出来たと思ったのだが、アドラーの反応はにべにもなかった。

「そんな形式上の挨拶なぞどうでもいい。それより貴様は何故ここにいる?」

「それは……女王陛下に謁見するためですが」

 アドラーはこれ以上ないほどに顔を歪め、小さく舌打ちをした。「まったく、あのお方は……」そう言いかけて慌てて口をつぐんだ。

 女王陛下の気まぐれを指しているのだろう。

 彼のいらだちも分からないではない。どこまでも不遜で傲岸な男ではあったが、仕事に関しては手を抜かないと聞く。この宮殿にも多数警官が配置されていた。王立警察の頂点としては、民間人が謁見の間へと昇る危険は容認出来ないところのはず。

 イルミナだってそれは理解しているが、逆らえるはずもない。それに、ほんの少しの興味があった。当然だ。王国民が誇る女王陛下は極度に写真を撮られることを嫌っている。理由は定かではないが、それが国家の象徴として一役買っているのもまた事実だ。いつの時代でも謎めいた存在は探求心を刺激する。それが世界屈指の英雄であれば猶更だ。


 それから暫くは沈黙が流れた。

 アドラーはぶつぶつと独り言を呟いてはいたが、話しかけてくる気配はない。仕方がないので、イルミナも一緒に絵画を眺めた。我が国の紋章が描かれた鎧をつけている騎士が魔物と戦っている抽象画のようだ。絵画に疎い彼女にも、この絵がこの場にあるのはそぐわない気がした。戦争という手段をもって大国へと昇りつめたのは事実だが、それは昔のことだ。対話を主軸とした政治――それが世界標準。何より、屈指の平和主義者である女王陛下が住まう城には相応しくない。

 しかし、アドラーは真剣な面持ちで見つめている。やがてアドラーがイルミナに向き合った。その瞳は、絵画を見ているときのように真剣そのものだった。口を開こうとしたその瞬間、

「その絵がどうかされたのですか?」

 いつの間にか背後に立っていた殿下が一緒になって見ていた。

「非常に力強い筆運びですな。ロクサーヌですか?」

「いえ、ユークリッドだと聞いています」

 双方ともイルミナも名は知っている有名画家だ。

「ほう、ユークリッドといえば、シャルマン時代の写実主義者。抽象画も手がけていたとは勉強不足でした」

「彼の作品も先の大戦以降は見つかっていないものが多いですからね。いずれは出てくることでしょう」

「なるほど。おっと、長話をしてしまいました。殿下、陛下がお待ちです」

「こちらこそ。今度、ゆっくりと食事でもいたしましょう。――それではロッキンジー嬢行きましょう」

 殿下はイルミナたちがやってきた通路の正面にある一際豪奢な扉へと歩き始めた。イルミナもアドラーに一礼してそれを追う。表情は普段と変化はないのだが、どことなく悲し気な瞳が焼き付いて離れない。何もかもが()()調()()だったとイルミナが気づいたのは、遥か遠い未来のことだった。

 平時のイルミナあれば気づいたであろう。だが、今は彼女の人生で最も緊張する瞬間。揺らぎほどの機微を察しろというのも無理からぬことだった。

 豪奢で大きな扉をくぐるころには、アドラーのことなど消え去ってしまい、忘れていた緊張が戻ってきた。


 ――本当に今から女王陛下に謁見するんだ。


 意識した途端に、心臓が高鳴った。

 扉を抜けると、そこはさらに長い通路だった。サロンとの違いは衛兵の数だった。僅か数ヤード間に一人は立っている。あるものは帯剣し、またあるものは拳銃を履いている。イルミナの僅かな所作すら見逃すまいと、遠慮のない視線を投げてくる。数十ヤードがこれまでの道のりよりも長く感じ、疲労が緊張よりも勝ってきたころ、ようやく最後の扉へとたどり着いた。

「これより先、謁見の間になります」

 扉の前に立つ衛兵が、これまで幾度となく聞いてきた注意事項を並べる。形式的なものではなく真剣そのもの。

「分かりました」

 最後の言葉を聞いた殿下は一つ頷き、イルミナを振り返る。

「行きましょう。そう緊張せずとも大丈夫ですよ。陛下もただの人ですから」

 柔和な笑顔。イルミナの緊張を解そうとしているのだろうが、全くの見当違い、逆効果だった。

 震える足で、最後の、そして決定的な一歩をイルミナは踏み出した。

 

 謁見の間に入ったとき、イルミナは強い既視感を覚えた。

 高い天井。

 座具へと続く道に敷かれた赤い絨毯。

 左右には数人の衛兵が、みじろぎもせずに等間隔で直立している。

 上を見やると、天窓にはステンドグラスが嵌っていて、色とりどりの陽光が降り注いでいた。


 ここは、まるで――。


 彼女が思い描いたのは、いつも暮らしているモルグの片隅にある礼拝堂だった。そのものと言っていいほど酷似している。

 隣を見やると、殿下が僅かに肩をすくませた。

 今思い返すと殿下が冬の森へと訪れた際、礼拝堂に入った時、僅かにたじろいだように見えた。それはあの雰囲気に気圧されたからではなく、よく見知った場所とあまりにも似ているからだったのだ。

 長い通路を歩き、階段を登りきると玉座は目前だった。そこから十歩ほど離れたところで殿下が立ち止まり、跪いた。イルミナもドレスの裾を踏まないようにしてそれに倣う。

 その数歩前で、衛兵とは違い礼服を着た男がひとつ咳払いをした。

「女王陛下が参内されます」

 その言葉でイルミナの心臓は破裂せんばかりに暴れだす。

 絹の擦れ合う音が聞こえてきた。その主はゆっくりとした歩調で歩くと、やがて音もなく玉座にかけた。


「顔を」


 ――嘘でしょう?


 その声を聞いた瞬間、イルミナは緊張のあまり耳がおかしくなったのかと思った。

「陛下の御前にあらせられる時の所作は常にゆっくりと」

 メイドに、それこそ何度となく言われた言葉もその刹那には脳裏から消え去っていた。

「……ああ」

 イルミナは喘ぐように息を吐き出し、立ち上がる。

「ロッキンジー嬢、陛下の御前です」

 いつもの余裕を忘れたかのように、厳しい声で叱責する殿下の声も届かない。衛兵たちは無表情のまま腰に着用したホルスターに手を当てている。いつでも抜けるという意思表示。平時であれば多少の余裕はあっただろうが、今は国家そのものの眼前、彼らには躊躇も威嚇もないはずだ。

 しかし、それらに気づく余裕はイルミナにはなかった。


「良いのですよ」


 凛とした声を発したのは女王陛下で。

 ()()()()()()()はずのその声には、見知らぬ響きがあった。王としての威厳だ。

 しかし笑顔だけはイルミナが良く知るものだった。この王都に着いて――いや、それ以前から幾度となく見てきたものだった。

 玉座には、イルミナをここまで連れてきたあの老婆が悠然と座っている。




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