表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

嫌われ令嬢

「セドリックさま……、どうして?」


特別区の廊下を過ぎたあたり、メアリーは堪らず問うた。

メアリーの顔に落ちた髪をひとすじ、セドリックが優しくかきあげる。


「メアリーが俺の『特別』であることは、もう隠せない」

「でも、『運命』はなしにしてくれるってっ」


セドリックがメアリーに恋をした――婚約者がいるのに、堂々と宣言するなんて。


「『運命』は隠しただろう。『番』のことは、今は伏せておく。メアリーの意向は尊重している」


『運命の番』から『運命』を取れば、ただ恋だけが残った。

そんなつもりじゃなかったのに……!

メアリーはセドリックとの関係を隠したかった。


「……周囲が思っている以上に、俺の身には危険がつきまとう。即ち君にも危険が及ぶ。俺の保護下に置く方が安全なんだ」


セドリックの顔にいつもの甘さはない。覚悟を決めた表情から、意志の固さを感じた。


メアリーはふぅと息をこぼし俯いた。


きっと学内に噂が響き渡るだろう。


わなわなと震えるメアリーを、セドリックは宥めようと腕を伸ばし、寸前で止めた。


「すまない、メアリー。あの時、あの場所で、『運命』に出会ってしまった以上、君の願う平穏は叶わない」





教室に入ると、ロザリーはまだ来ていなかった。セドリックとは一般棟の入り口で別れた。心配した様子だったけれど、側にいるほど悪評は広がる。


ほどなくして担任の先生が訪れた。後ろには説教を受けたらしいロザリーたちが続く。


「皆さんは高等科に上がったばかりですが、再度の通達になります。一般生徒は特別区に立ち入らないように」


クラスメイトたちの視線がメアリーに注がれる。ひそひそと噂話さえ聞こえてきた。「メアリーとセドリック様が――」「婚約者がいる人と――」


キリキリと胸が痛い。


移動教室に向かう前に、セドリックの使いが教室にやって来た。周囲に緊張が走る。


「リヴァーデン伯爵令嬢、ランカスター小公爵より伝言にございます」


ロザリーが受け取った封筒を開けるや、その顔がパッと華やぐ。


「どうされたの、ロザリーさん。とっても嬉しそうね」

「セドリック様に昼食のお誘いを受けたの」

「まぁ素敵! ロザリーさまは婚約者ですもの、当然ですわ」


先ほどまであった緊迫した雰囲気はすっかり溶けた。これが正統。あるべき姿だと言わんばかりに。

そしてメアリーに向けられる白い眼差し。


当たり前よ。彼女は婚約者だもの――


視線が痛くて、メアリーは気づかなかった。

ロザリーがことさら冷たい目を宿してたことに。



本日の授業は社交実習としてお茶会が催された。

いつもは堅苦しい座学でないお茶会実習が楽しく感じられたが、今日は別だ。

席次やお喋りのひとつひとつに緊張が拭えない。


「ロザリーさんの淹れてくれたお茶、本当に美味しいわ」

「ありがとう。叔父が商売をしているでしょう? 新しい茶葉を紹介する機会が多くて、上達したわ」

「家業の手伝いをされてるなんて立派だわ。これからの淑女たるもの、外の仕事もできませんとね!」


授業ではホスト側とゲスト側の役割分担があり、今回はホストがお茶を振る舞う。


「どうぞ、メアリーさん」

「…‥ありがとう、ございます。ロザリーさん」


ロザリーは口元にだけ形よく微笑みを浮かべ、型通りの作法を実演する。いつもならもっと弾むような笑顔を浮かべていただろうに。

静かな圧を感じて、メアリーは狼狽えてしまう。カップがうまく掴めず、ソーサーを鳴らしてしまった。少し離れた監督官が評定帳に何やら書きつけている。これ、減点だ。


「マナーの授業は緊張してしまいますわね」

「そんなことないわ、普段から礼節のある行動をとっていれば問題ありませんもの」

「例えば、他に婚約者のいる殿方と馬車に同乗しない、とかね」


クスクスと上品に笑い、淑女らしい歓談に花を咲かせる。

メアリーには思い当たる節が大アリで、居た堪れない。けれど、せめてもと背筋を伸ばす。これ以上評価は下げられない。


そのとき、入り口がざわめいた。女の子達の歓声が波紋のように広がり、沸き上がる。監督官が「静かに!」と宥めるもその声さえ遠い。


騎士科だ。

美しい整列を成して作法部屋に入ってきた。


教官同士が短く会話を交わす。最前列にはセドリックがいる!


「騎士科の協力を得て、これから合同授業を執り行います。男女ペアになって。パートナーの作法を学びます」


合同授業なんて、聞いてない。

女の子たちは喜んでお目当ての騎士を探した。ロザリーもセドリックの元へ駆け寄る。

一瞬、セドリックとメアリーの視線が重なる。


メアリーはセドリックと顔を合わせなくて済むよう、逃げるように列の端へと退いた。誰か適当な男性とペアを組もう。


「メアリー嬢」


男性に呼び止められた。


「あっ」


ぎこちなく振り向くと、昨日の騎士科のトーナメント戦の観覧席で隣になった男子生徒だった。


「メアリー嬢……あ、ごめん。昨日、周りにいた女の子から君の名前、聞いたんだ。えと、昨日は大丈夫だった?」

「あ、はい。おかげさまで……?」

「クスっ、何それ。あ、しまった!」


男子生徒が居住いを正した。


「えーと、自己紹介がまだだったよね。僕はニコラス・ハートウェル」

「ニコラスさま」


ニコラスが足を引いて手を差し出す。これはパートナーの誘いの作法だ。


「僕と一緒に――」

「メアリー」


ドクン


全身の皮膚が総毛立つ。

胸がキュウキュウと締めつくように痛い。切なさと、罪悪感、そして――


「体調はどう?」


――ときめき。


「ええ、問題ないです……」


セドリックだ。

光を纏うように悠然と、真っ直ぐメアリーの元に向かってきた。

来ちゃダメなのに。


メアリーは目に熱いものが溜まる。

さっきまで噂の的で辛かったはずなのに。どうしてか今さら感情が込み上げてくる。おかしいの。

セドリックがすかさずメアリーの異変に気付く。


「無理しないで、メアリー」


セドリックは近くの椅子にメアリーを座らせ、人目も憚らず寄り添う。


けれど、それは許されない。


「先生、わたくしの婚約者はセドリック様です。パートナー役はセドリック様が相応しいです」


ロザリーが進言する。

その意見は真っ当そのもので。

女の子たちは眉を顰め、囁き声がメアリーの耳を針のように刺す。


「セドリックさま……、婚約者を尊重してください」


メアリーはセドリックにだけ聞こえるように、懇願した。セドリックの顔が少し歪んだように見えた。


ニコラスが割って入る。


「セドリック、僕がメアリー嬢を見とくから」

「……ああ。頼む」


名残惜しげにセドリックは立ち上がり、ロザリーに向き合う。

ロザリーは勝ち誇ったように口角を上げるのが見えた。


さすがにセドリック――ランカスター小公爵を前に噂話をする人間は、誰一人いない。


しかし依然として女の子たちの視線が刺々しい。


まさしく、嫌われ令嬢そのものだ――


メアリーは世間に抗えるほど、強くないのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ