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まるで略奪

学校が近づくにつれて、同じように登校に向かう馬車が連なる。いつもこの大通りは少し混んでいるのだ。


今更ながら、メアリーはセドリックと一緒に登校していることに焦りだした。他人の婚約者と同乗しているのがバレて噂を立てられるのは避けたい。

その辺でメアリーだけ降ろしてもらおうかと思案していると、馬車がわき道に逸れた。そして造作もなく検問を過ぎていく。


「あ、あのセドリックさま」

「どうしたの、メアリー」

「この道は……?」

「ん? ……ああ、学校の裏口なんだ。表向きは混んでるからね」


これは、高位貴族――おそらく王族特権ではなかろうか? メアリーの知らない世界がまた見えてきた。

自分のような平凡な出自の娘が同行して良いのか不安を覚えつつ、内心ホッとした。これなら誰にも見つからず教室に入れる。


迎賓用の馬車寄せに着き、セドリックから丁重にエスコートを受けて降りる。

すると、こちらからは死角になっていた柱の陰から女の子の集団が近づいて来た。

中心には、セドリックの婚約者ロザリーがいる。


「セドリック様!!」


ロザリーの悲痛じみた呼びかけに、セドリックがメアリーを背に庇う。

メアリーはきちんと謝罪しなければと思っていたが、不意なことに頭が真っ白になってしまった。


「セドリック様、お話しがあります!」

「ロザリー嬢、どうしてここに? ここは誰にでも解放されている場所ではないことを知っているだろう」

「そ、それは……」


メアリーは、セドリックの少し冷たい口調に驚いた。昨日はとても穏やかで、仲睦まじい2人に見えたのに。

見れば御者の横に控えていたセドリックの専属従者が前に立ち、不穏な空気が立ち込める。


「昨日、急なお別れでしたので、公爵邸にお伺いしたのですがお会いできなくて……」

「あぁ、取り込み中だったからね」

「わたくしはセドリック様の婚約者なのに」


ロザリーがチラッと、メアリーを見やる。もちろん周りの女の子たちもメアリーを責めるような眼差しだ。罪悪感がヒシヒシと込み上げてくる。

その視線にセドリックが気づき、一呼吸置いた。


「ロザリー嬢。『婚約者』とはいえ、マナーは守って欲しい。あまり傲慢な言い方はしたくないが、我が家は他の貴族とは違う。王位継承権を持つ家系だ。警備の問題もあるし急に押しかけられては困る」


――そう。セドリックはただの貴公子ではない。

どれだけ周囲と打ち解けようとも、超えてはならない一線がある。


「!! も、申し訳ありません、セドリック様」


さすがのロザリーも顔を青くする。

気の毒なくらいだ。

悪いのはメアリーなのに、きっと昨日のことで不安だったに違いない。……もちろんその不安は的中しているのだが。


今は『例の薬』で抑えられているから、メアリーは昨日の過ちが恥ずかしくて辛い。

抗えなかった情欲も、嬉しかったときめきも。


「学校以外では、俺は自由に動けない身の上だ。()()()言ったが、急な来訪は困る。だが、学園内にいるときは逃げも隠れもしない。今は授業があるから、改めて呼ぶ」

「……はい、セドリック様」


話は終わったようだ。

メアリーもロザリー達と教室に向かわなければ……と思ったが。


「メアリー、こっち」

「え?」

「教室、こっちが近いんだ。おいで」

「!!!!!」


その先は迎賓専用の特別区だ。

収まったかのように見えた場の空気が再び震撼する。


「セドリック様っ!!」


ロザリーはさすがに黙っていられない。


「……何かな? まだ話が?」

「どうして、メアリ……アシュフォード伯爵令嬢を連れて行くのですか!? そもそも、昨日はどちらにいらしたのですか。医務室には居られなかったではありませんか!」


バレてる。メアリーは腹を決めた。


「ロザリーさん……」

「!!」


通らない声が思ったよりも響き、注目を浴びてしまった。怖じ気づくも、やりきるしかない。


「昨日はとんだ不作法をしてしまい、ごめんなさい。せっかくの婚約者のお披露目の機会でしたのに。その、急に具合が悪くなってしまって……。ランカスター小公爵に介抱していただき、助かりました」


深くお辞儀して謝罪する。本当はセドリックとあんなことやこんなことをしてしまったことも謝罪すべきだろうが、ここではないと思って秘めた。


セドリックが後に続く。


「メアリーは急患だと判断して、公爵家のかかりつけ医に見て貰ったんだ。薬がよく効いたが、心配だったからね、今朝も様子を見に行ったんだ」

「あ、あの、たまたま我が家に馬車が空いてなくて、休んでも良かったのですが、ランカスター小公爵の好意に甘えてしまいました」


重い沈黙。しかしほどなく解けた。


「……もう、大丈夫なのかしら? メアリーさん」

「! は、はい」

「そう、体調不良は誰にだって起こり得るわ……。気をつけてね」

「はい! ごめんなさい、ありがとう」


少し感情的だったロザリーだったが、立て直したようだ。さすが、淑女の教育が行き届いている。

セドリックの隣に立つ人はこんな女性が相応しい。


もうこれっきりにしよう。『運命の番』なんて、生理現象に過ぎない。人に迷惑をかけるなんて、やめた方がいい。

メアリーは自分の罪深さを深く反省した。


メアリーが悪くて、ロザリーが赦した。

本当のことは言えてないけれど、この構図がいい。

女の子たちの険しかった空気感も緩む。


中等科から一緒の旧友も、クラス替えで知り合ったばかりの子もいる。みんなささやかな嫉妬や妬みはあれど、どの子も良家の子女たちだ。揉め事なんて好まない。穏便に解決できるなら、それが一番いい。


「それではセドリック様、ご都合のいい時にお知らせくださいませ」

「ああ」


そろそろ行かなければ授業に遅れてしまう。


「メアリー、行きましょ」


旧友が呼びかけてくれた。

みんなメアリーを受け入れてくれるようだ。


「ええ、いきま――」

「メアリーはこっちだ」

「!!」


今度はセドリックに手を取られた。その顔はなんの迷いもなく、落ち着いている。

どうして――? みんなの前で、婚約者が目の前にいるのに?!


「セドリック様、メアリーさんはわたくしたちが引き受けます。どうぞ安心してくださいな」

「ええ、セドリック様。私たちお友達ですもの」


皆が口々にセドリックを説得する。

メアリーは彼が何を考えているのかわからない。

『運命』はなしって言ったのに。わかってくれたはずではないの?


「メアリーとは片時も離れたくないんだ」


ゆっくりとした動作でセドリックは繋いだ手を掲げて、手の甲に優しくキスをした。――まるで美しいお芝居の一場面のようだ。


「メアリーに恋をしたからね」


セドリックの甘い声はよく通った。

周囲がざわめく中、メアリーを見ている。メアリーだけが世界の全てのように。


「わ、わたし……」

「恋焦がれる気持ちは誰にも止められない――」

「セドリック様っっ」


ロザリーが悲鳴のような声で呼びかける。


「例え『婚約者』であっても」


セドリックはようやく緩慢な動作でロザリーを一瞥し、メアリーを連れ出す。


「セドリックさま……」


メアリーは不安しかない。


「……話は後で。今は従って」


今度はメアリーだけに聞こえる声で囁いた。

セドリックの従者が特別区の扉を開けて待つ。


見なければ良かったのに、ロザリーの憤怒に満ちた顔。


扉が閉じる音が冷たく響く。


これじゃあまるで略奪じゃない。




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