続・いけない関係
カタカタカタ。スピードを上げていた馬車が緩やかになり、目的地の公爵邸に到着した。
「メアリー。説明もせずに連れてきたけど、俺の家でまず状態を確認させて欲しい。薬もじきに届く」
「はい、セドリックさま」
なんだかお互い気恥ずかしくて、キスの後はただ寄り添うだけだった。
立ちあがろうと身を起こそうとするも、セドリックに止められ抱き上げられた。
「!! セドリックさま、わたし歩けます。だいぶ落ち着いてきたので……」
「無理はいけないよ、メアリー。大丈夫、任せて」
お姫様抱っこなんて、自分に縁があるとは思わなかった。女の子の憧れと言われているけれど、なるほど。セドリックの胸に抱かれ、愛されている感が半端ないほど伝わってくる。抱かれる方も無防備になり、相手を一心に信頼するしかない。
つまり抱き上げられてしまえば、ジタバタと抵抗しては危ない。メアリーは喜びをひた隠して身を任せた。
「セドリック様、お帰りなさいませ」
老執事と後ろに控えた数名のメイドに出迎えられた。
執事はそっとセドリックに側付き、何かを話している。
「不要だ、俺がやる。薬は?」
「…あと……少し…」
「わかった。ご苦労」
セドリックが告げると、使用人達が深く頭を下げて道を開ける。
メアリーはお姫様抱っこされていることが気恥ずかしかったが、使用人達は誰も気にかけなかった。そっと後ろを見ると、まだ頭を下げている。
セドリックは振り返らず、使用人への指示も堂々としていて慣れていた。
——公爵家の嫡男で父親は王弟殿下。王位継承権を持つ身分——
ゾクッ。冷や汗が流れた。
「どうしたの? メアリー」
ビクッとした動きにセドリックが反応する。
「い、いえ」
「寒い?」
「は、はい! 汗をかいたので」
不安げにメアリーの顔色を覗き込むセドリック。
本心を悟られたくなくて、適当に話を合わせる。
身分が高すぎる……!!
メアリーは伯爵家令嬢だ。
一応、王家に正式に嫁げる最低の家格であるが、伯爵家といえども千差万別。
メアリーの家——リーン伯爵家は隅っこも隅っこ。末端も末端。
特技は節約で、誉れは借金がないこと。『騎士は食わねど高楊枝』を地でいく家柄だ。騎士を輩出したことはないけれど。
つまり貴族という見栄があるだけで暮らしぶりは庶民と変わらない。
……一方、ロザリーも伯爵令嬢だが実態は全く異なる。
ロザリーの叔父が王都で1、2を争う大きな商会を持ち手広く商売をしているため、学園でも随一のお金持ちと言われている。
父親は王宮で要職に就いていて、国王の覚えもめでたいという。
エリートでお金持ち。もちろんロザリー自身、申し分なく美しく作法も素晴らしい。
結ばれるべき相手。
然るべくしての婚約なのだ。
それなのにメアリーは……。
「——いいね?」
「……? は、はい!」
セドリックが何か話しかけていたようだが、気もそぞろで聞いていなかった。
勢いで返事してしまったが、セドリックはおかしなことを提案しないだろう。
「フフ……」
……と思っていたが、今まで以上にうっとりとした目つきでメアリーを見つめてきた。
嫌な予感がする……。
「言質は取ったよ、メアリー。俺もいろいろ限界なんだ」
「あ、あの……!」
なんだか恐ろしくなり、やっぱり否を唱えようとしたが遅かった。
セドリックの部屋に到着した。
パタン
セドリックと2人きりの空間。
そう思うと、さっきまで鎮まっていた熱いものが疼いてくる気配がした。
「お風呂。一緒に入ろう。さっぱりするよ」
一緒にお風呂!? さっき話してたのはソレ??
無理無理無理ムリむりでしょ〜〜〜!!
全力で首を振り拒否する。
「あの、ひとりでっ……」
「ダメだよメアリー。君はまだひとりで立てないんだから、俺が介助するよ」
いや、立てる。セドリックが強引に抱き上げただけではないか。なんだか図られた気分だ。セドリックはこういう性格なの……?!
そうこうしているうちにバスルームに入った。セドリックは止まらない。
メアリーを丁重に下ろして、備えられた優美な椅子に座らせようとしたところ、メアリーは立ち眩みをしてしまう。本当に立てなかったの??
ずっと抱っこされていたから自覚はなかったが、ゆらゆらしていて腰も抜けているみたいだ。
「お風呂が無理なら清拭だけにしておこうか。とりあえず着替えた方が良い」
お風呂を諦めてくれたとホッとしたのも束の間、迷いない動きでメアリーの服を脱がしていく。とうとうスリップと下着のみになってしまった。
セドリックは洗面器にお湯を汲み、ホットタオルを用意した。
「さ、メアリー。脱がすよ」
手際が良すぎる。
メアリーはもはや半泣きになった。
「セドリックさま……、恥ずかしいんです……」
高位貴族ともなれば入浴・着替えなどはメイドたちに全て身を任せるものだと聞く。
しかしメアリーはそうじゃない。
裸体を晒すなんて恥ずかし過ぎる。まして恋を自覚した相手の前で。
さっきから灯る熱もあって、きっと顔は真っ赤だ。
ガタッ
セドリックが洗面器にぶつかったようだ。さっきまで流麗な動きをしていたのに珍しい。
「気にしないで」と心配するメアリーを制し、備え付けの大きなタオルを持って来た。
「身体も冷えるだろうから、下着は取るけどこれを被って。その……、不埒なことはしないから……」
浴槽の湯気の影響かセドリックの顔が少し赤い。
メアリーが貴族令嬢にあるまじき恥ずかしがりを勃発してしまったがために、セドリックに余計な気遣いをさせてしまった……。
呆れられただろうか。しかし、メアリーのメンタルは大事だ。我が儘とか自分のことしか考えてないとか、それ以前の問題で。
というのもいよいよ熱が沸々と湧き出てきて、気をしっかり持っていないと痴態を曝け出しそうだ。
それこそ本当に恥ずかしさで死んでしまうかもしれない……。
セドリックは非常に紳士な態度でメアリーを介助し、ゆったりとした寝巻きのようなドレスを着せて優しくベッドに腰掛けさせた。
ベッド脇の机にあった水差しからコップに水を注ぎメアリーに手渡す。
「少し待っててくれるか?辛かったら横になってくれて良いから」
コクリと頷くと、セドリックは席を外した。彼も汗を流すのかもしれない。
メアリーは朦朧としながら、水で唇を潤す。
セドリックさまに触れられたところが熱くなる——
つまり全身だ。セドリックが言ってた何か………。オーバー……ヒート……。
カシャンとコップが床に落ちる。
清潔なシーツの上、わずかに香るセドリックの匂い。
メアリーはそれだけをよすがにひたすら熱に堪えた。