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いけない関係

ふわふわと揺れている感覚。

自分が揺れているのか意識が揺れているのか区別がつかない。ただ気持ちの悪いものではなくて、むしろ至高の幸福感。

お母さんの胎内にいるときはこんな感じだったのかな、なんて夢想してみる。

絶対的な安心感。完全な調和。メアリーの還る場所。


「セドリック様」


誰かが呼ぶ声が聞こえる。やめて、邪魔をしないで。


「コリン、………薬を…………」

「…………、令嬢は………?」

「……て……」


言葉の断片は聞こえてくるけれど何を言っているのかわからない。

そもそも難しいことが考えられない。


でも——いつの間にか掴んでいた服、この匂いを手放したくない。

いや、何か大切なことを忘れているような…………。


カタン


現実的な音にふっと我に帰る。

セドリックが優しく抱きしめて「やばい、正気を保てない」何やら呟いて、胸ポケットから何かを取り出して口に含んだ。


「ここ、は……?」


まだ完全に覚醒できていない中、なんとか声を絞り出す。


カタカタと馬車が動き出した。

セドリックはうっとりとした表情でメアリーに顔を寄せる。


「はぁ、まさか運命に出会えるなんて思ってもみなかった。君は? メアリーと呼ばれていたね?」


メアリー

————ありふれた凡庸な名前なのに、彼に呼びかけられると身体中が歓喜に打ち震える。

堪らなくて、彼の問いかけに頷くことしかできない。


「俺はセドリック。セドリック・ランカスター。メアリー、わかるよね?? 俺たちは番なんだ。なんて幸運だろう!!」


運命の相手が自分を受け入れてくれた!!

嬉しい! 嬉しい!


……


……



——わたくしの婚約者なの——



嬉しそうなロザリーの顔。


ハッとメアリーは覚醒する。そうだ。

愛しいこの『彼』はすでに友人の婚約者だ。結ばれることのない相手。


なぜ? どうして? 『運命の番』なのに。

涙がハラハラとこぼれ落ちる。セドリックは泣いているメアリーに気づいて、唇で涙を拭う。


「メアリー、愛しい人……」


優しく顔のあちこちにキスをする。メアリーにとっては絶望の涙だったが、セドリックは歓喜の涙と受け取ったようだ。それもそのはず、いけないと思いつつメアリーはずっと掴んでいた彼の服を手放せないでいるから。


気持ちいい……手放せない……離れたくない……


体がどんどん熱ってきた。

満たして欲しいものを満たして欲しい。

とろんとした眼差しを向けると、セドリックもまた情欲を孕んだ目でメアリーを見ていた。

お互いが同じものを求めている。そっと顔を近づけ、唇を寄せる………。


!!!!!


だめ


ダメ


駄目ぇぇぇ〜〜〜〜!!!


メアリーは慌てて手を広げて唇を守る。

セーフだ!


「何これ? いたずら? 可愛いけど退けて?」


セドリックは微笑みを浮かべながら、首を傾げておねだりする。

何? 男の人なのに可愛いってズルい。メアリーはつい絆されそうになったが、耐えた。


首をフリフリ、拒否の意向を示す。


少し眉根を寄せつつ、それならばとセドリックは手のひらにキスをしだした。何度も、場所を変えながら、なんなら喰む勢いで。

メアリーは理性を取り戻したつもりだったけれど、むしろ高みへと昇っていくようだ。


身を委ねたい


でも駄目


「ダメです……セドリックさま……」

「!!!」


ガバッとセドリックは体を離した。

少しの寂しさを感じつつも、よかった分かってくれたと安堵する。


「やばいっ!! クル! はじめて名前を呼んでくれたね、メアリー」


頬を撫でられ、愛しくてたまらないといったふうだ。分かってくれた……のかな?

ところでメアリーは未だセドリックに膝の上に抱き抱えられている。そろそろ降りたほうが良いと思うけれど、体が熱くて汗までかいてきた。

その上、熱くてたまらないのに汗が冷えたのか寒気もしてくる。自分の体の状態異常になす術がなく、カクカク震えはじめた。


「メアリー……!? 大丈夫?? ちっ、急いでくれ!!」


最後の言葉は御者に向かって言ったようで、馬がいななき、馬車のスピードが上がる。


セドリックはメアリーを抱えながら器用に上着を脱いで被せた。しっかりと抱き寄せ暖める。


「ごめん、汚れた上着(コレ)しかなくて。メアリー、多分今の君は——『運命の番』に出会ったショックで発情状態(ヒート)になっていると思う。薬はすでに手配した。小康状態なら耐えられるけれど急性期——発情過多(オーバーヒート)になると精神をやられる。俺が危ないと判断したら、場所を選ばず君を抱く」


スンスンと上着についたセドリックの匂いに夢中だったメアリーは、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。

ぴたりと密着していたため、セドリックの表情も見えない。もぞもぞしていたらセドリックが視線を合わせる程度に離れた。


「多少は気休めになるかな」


じっくりとメアリーを眺める。

その目は色情というより、とても慈愛に満ちていて。


セドリックさまの碧い目、とても綺麗——


「メアリー……、愛してる」


そっと顔を近づけキスをした。


「ん…ん、むぅ」


角度を変えて、何度も繰り返されるキス。

熱を伴う行為なのに、こころが満たされ凪いでいく。さっきまであったうなされるような苦しさは少しずつ軽減され、意識が明瞭になりすっきりしていく。


「あ……」


最後に唇をチロっと舐められ、ゆっくりと離れた。


ドクンドクンドクン


セドリックとキスをした。

メアリーはその事実に呆然としながら、伺うようにゆっくりとセドリックを見ると、セドリックもまた上気した面持ちで見つめ返した。


ドクンドクン


胸が高鳴る。でもさっきまでの囚われるような激情じゃない。


メアリーは恋してる。

『運命の番』に。


けれど2人の関係はいけないことだ。

メアリーはそっと目を閉じた。

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