秘密の逢瀬
「メアリー、彼はヒューバート。俺の友人なんだ。もう、顔見知りなんだって?」
学園の特別区に着くと、セドリックはヒューバートを紹介してくれた。
「……間抜けな顔は、何度か見たな」
「ヒュー、メアリーに優しくしてくれよ」
「優しくしてるだろ!」
「お前の普通は、令嬢には当たりがキツイよ」
ヒューバートはセドリックに対しても遠慮がない。
メアリーは自分が嫌われているわけじゃないんだと、少し安心した。
セドリックは明るく笑って、砕けた感じだ。
いつも年齢以上に見えていたのに、今は少年みたいで――なんだか可愛い。
「で、メアリー。俺がいないときは、ここにいるヒューバートと、そこにいる従者コリンを頼ってくれたら良いから」
「はい……」
ヒューバートは明後日の方を向いて、セドリックの従者コリンは深く頭を下げた。
すでに何度も助けられている。メアリーも信頼している。
テラスから光が差し込む明るい部屋。
窓際の小さな丸テーブルを三人で囲んだ。
「口に合うかな? メアリー」
「はい! 美味しいです!」
公爵家の出してくれる食事は、上質なのに気取りがなくて、体に馴染むように美味しい。
つい力を入れて答えたら、ヒューバートに呆れられた。ヒューバートは――お手本のように食事所作が綺麗だ。
デザート皿とともに茶器が運ばれてきた。コリンが紅茶を注いでいく。
メアリーは果実のタルトレットが気になりつつも、添えられてるプディングに手が伸びた。
「メアリー、今から街に出ないか?」
「今から……?」
午後の授業はまだ残っているのに。つまり、サボり?!
「メアリーにドレスを贈りたいんだ」
「えぇっ!! そんな、結構です!!」
なぜにドレス! メアリーは悲鳴まじりに拒否した。
過分な配慮は不要だ。
「う、うん。贈るっていうか、何度か君のドレスを汚してしまったし……」
「セドリックさまのせいではないです!」
「俺が原因であるのは確かだ。その、君のドレスが少々クリーニングに手こずっているらしくて……、補填に」
そ、それは。
中等科から着ているお気に入りのドレスで、たくさん着たから寿命なのだ。デザインも少し幼く、そろそろ手放しどきだと思っていた。は、恥ずかしい~。
「……お借りしているドレスがありますし」
「あれも着てくれたら嬉しい。急ぎで用意したものだが」
「十分です!」
「――せめて、プレタポルテでも」
高級既製服だなんて!
メアリーは義姉サラのお下がりか、成長してからはそこらの既製品しか着たことがない。メアリーの庶民過ぎる感覚では、服に大金をかけるなんて贅沢過ぎる。
「あー、面倒くさ。ドレスぐらいどうでも良いだろ」
「ヒュー、ドレスというより責任の問題だ」
「自分が選んだドレスを着て欲しい、とか思っててか?」
「うぐ」
ヒューバートの当たりの強さに、セドリックが可哀想になってきた。
それに忙しい合間を縫って、セドリックがメアリーのために時間を作ってくれたことも、なんとなく分かっている。
「メアリー……」
いつの間にか、セドリックがメアリーの側に来て、跪いている。目をうるうるさせて懇願されて――メアリーは頷いてしまった。
「メアリー!! ありがとう!」
セドリックは歓喜した。
「ヒュー、お前も来てくれ」
「はぁ?! 俺が? 何で?!」
「メアリーに慣れてもらわないと。それに三人いれば、変な噂も立たないだろう」
ヒューバートは嫌がる素振りを見せたが、セドリックの押しに負けたようだ。
……メアリーもヒューバートがいてくれると嬉しい。
セドリックと二人きりだと、到底、持ちそうにない。
ヒューバートをチラリと見ると……軽く睨まれた。
口パクで「断れよ」と言われた。メアリーは見ないフリをした。
*
学園を出て、馬車で市街地へ下りた。
セドリックが連れて行ったのは、表通りの華やかな衣装店ではなく、上客だけが知る静かな服飾サロンだった。
馬車から降りると、すでに店主と思しき人が店の人を引き連れ、頭を下げて待っていた。
「お待ちしておりました、セドリック様」
奥の私室へ案内された。
セドリックは要望を告げ、店の人はメアリーを一目見て、奥からいくつかドレスを出してきた。
衣装はどれも美しく、華美でないオーソドックスなデザイン。それでも一目で違いが分かる、布と仕立ての良さだった。
「青も良いけど、メアリーは明るい色の方が似合いそうだな」
セドリックは躊躇なくドレスを手に取って、メアリーに合わせる。
「メアリーはどう思う?」
「わ、わたしは、あまり派手じゃなければ何でも……」
本音では一番安いものが良い。でもこの店の格で、そんなことを口にするのは不作法だろう。
ヒューバートはソファに雑に座り、頬杖をついていた。
「ヒュー、メアリーはこっちが似合うと思わない?」
「知らねーよ」
迷惑そうだ。
「迷ってしまうな。全部いっとくか」
「!!!」
こんなのクローゼットに入りきらない。
焦った様子のメアリーを見て、従者コリンがセドリックに耳打ちした。
「一着しか選べないなんて」
セドリックの顔に絶望がよぎる。
けれど、許容すれば今度はメアリーに絶望が訪れる。
「……セドリック、物理の問題だ。諦めろ」
ヒューバートはうんざりしながら、場を収めた。
奥から新しいドレスが出てきた。
その中の一点にメアリーは目を止める。
少しくすんだローズベージュのドレス。
メアリーが普段着る服よりずっと明るい色だけれど、不思議と惹かれる。
フロントのピンタックも、ベルベットのくるみボタンも小さなリボンも控えめで愛らしい。
「これ、良いな」
セドリックはそのドレスを手に取り、メアリーに合わせてみせた。
メアリーの淡い薄茶色の髪にも良く合い、血色を良くした。
「ヒューバート……さま、どう思いますか?」
「俺に聞くなよ!」
ヒューバートがキレた。
「どうしてヒューに聞くんだよ」
「だって……」
セドリックも拗ねている。
セドリックがヒューバートに聞いていたから、そうすべきかと思ったんだもの。
店の人に促されて試着することになった。
「ぴったりですね、特に手直ししなくても良さそうです」
凡庸なメアリーは身長も体型も平均的で、だいたいの既製品のサイズに合う。
サラには安くついて良いと、笑われているくらいだ。
「メアリー、似合ってるよ」
「……これにします」
ドレスはそのまま着て帰ることになった。
身支度を整えてもらっている間に、ヒューバートがいないことに気づいた。コリンが察して「先に帰られました」と教えてくれた。
「ヒューは意外と短気だな」
ある意味、忍耐強かったのかもしれない……。他人の買い物なんて退屈だろう。
馬車でセドリックと二人きりになった。
「メアリー、この近くに評判の舞台があるんだ。観に行かないか?」
「え? もしかしてディオンですか?」
「……ああ。人気役者らしいね。観に行ったことはある?」
今、王都で大人気を博している舞台役者――ディオン。平民から貴族の若い令嬢まで、彼の美貌と演技にゾッコンだ。
「行ったことはないんです……。お友達の間で話題になっていたんですけど」
人気過ぎて、正規のチケットを買うことは不可能。高値で流れるものに頼るしかない。もちろんそんなお金はない。
「行ってみる?」
「良いんですか!!」
*
幕が上がった瞬間、歓声が沸いた。
光も、客席からの期待も、まっすぐディオンに向かっていく。
演目は、あの宗教画『成就』。
幾つもの困難を乗り越え、最後には結ばれる恋物語。
ボックス席に通された時は緊張で楽しめるか不安だったけれど、杞憂だった。
周囲の熱気と合わさって、顔が上気しているのがわかる。セドリックはそんなメアリーをじっと見つめていた。
「楽しめた? メアリー」
「はい! こんなの初めてで、感動しました!」
終わりの余韻に浸っていると、扉をノックする音が聞こえた。
劇場の支配人が、そっとセドリックの側に侍った。
「小公爵様、ディオンがご訪問の御礼にご挨拶がしたいと申しています」
セドリックはメアリーを伺う。
「メアリー、役者に会いたい?」
「え、いえ! そんな」
高位貴族ともなれば、人気役者に直接会えるの?!
ディオンの出待ちはすごくて、一目見るために何時間も待つらしい。貴族令嬢でさえお忍びで混じるという。
セドリックとは別の意味で恐れ多くて、無理だ。
「気遣い不要だ。良い舞台だったと、伝えてくれ」
「かしこまりました」
セドリックはメアリーに向き直った。
どこか機嫌が良さそうだ。
「帰ろうか、メアリー。遅くなるから」
「はい、セドリックさま」
劇場を後にした。
――あの時、別の選択をしていたら、未来は少しは違ったのかな?
『運命』はほんの少しのすれ違いで、人生を変えてしまうから。
ひとたび『運命』に絡め取られてしまえば、逃れられないことを、誰よりも知っていたはずなのに。
残酷でも、苦しくても――
アシュフォード邸に着くと、トマスとサラが苦い顔で待っていた。
メアリーの新しい服を見て、過ぎた厚遇は身に余ると困惑を滲ませた。
「妹が、贅沢に慣れてしまっては……」
「メアリーはしっかりしている。そんなことはないだろう」
メアリーはセドリックを仰ぎ見る。
視線に気づいたセドリックが、優しく微笑み返した。
メアリーの頬が朱に染まる。
血色の良さはドレスだけの効果でないと、トマスもサラも気づいている。
家族が案じる気持ちを分かっていても、気持ちだけはどうにもならなかった。




