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小さな勇気

「ひゃぁあっ!!」


メアリーは目覚めるなり、恥ずかしさに身悶えした。


昨日の醜態を思い出したからだ。

セドリックにがっしりしっかりしがみついて、なんなら吸い付いていた。


何より恥ずかしいのは、セドリックが正気だったことだ。落ち着いて、発情しているメアリーをあやしていた。


メアリーは変態だ! 痴女だ!


――セドリックさま、忘れてくれないかな……


涙目で儚い希望を抱いていたとき、家の中をガタガタと駆け出す足音が響いた。


「メアリー、目が覚めたのか!?」


兄のトマスと義姉のサラが、飛び込むようにメアリーの部屋に入ってきた。


「はい……」

「お前がリヴァーデン家に向かったって聞いた時は、どれほど心配したか……」


二人とも憔悴していた。


――昨日、セドリックに抱えられたメアリーを見た時も、兄夫婦は取り乱していた。

後から聞いた話だけれど、リヴァーデン家にメアリーを迎えに行こうとしていたらしい。


セドリックはお茶会で体調を崩したことを説明し、メアリーを抱えて部屋に運んだ。

メアリーが落ち着くまで、ずっと側にいてくれた。

手を握りしめて、メアリーは安心して眠りについた。


――セドリックさまにも、家族にも心配をかけてしまった……


「ごめんなさ……」

「リヴァーデンは小公爵様の婚約者の家だ。我が家とは接点なんてなかった。メアリーを巻き込まれては困る」


謝罪も言い終えないうちに、トマスが苦々しく言った。サラも顔を曇らせた。


「違うの。セドリックさまのせいじゃない、わたしが」

「メアリーはまだ子どもだ。大人が守ってやらないといけないんだ。こんな目に遭わせて……」


セドリックは守ってくれた。

メアリーはサイドテーブルに置かれた銀の小匣を掴んだ。


忘れたのはメアリーだ。

メアリーが頼りないから、セドリックの評判を落としてしまう。メアリーが、少しもしっかりしていないから。



登校日、セドリックがアシュフォード邸に迎えに来た。

送り出すトマスとサラは、失礼な態度こそ取らなかったものの、いい顔はしなかった。


セドリックはそんな兄夫婦の様子に気づいていただろうに、少しも嫌な顔はしない。丁寧に挨拶をして、メアリーを馬車に乗せた。


「メアリー、体調はどう?」


セドリックは、まずメアリーを気遣った。


「大丈夫、です……」


メアリーはポケットを外から確認する。銀の小匣はきちんと入っている。


「いつも側にいられたら良いんだけれど。これから公務で登校できない日が増える。その時は従者を遣わせるから」

「はい……」

「事前に予定が分かれば、なるべく連絡する」


セドリックは穏やかに淡々と連絡事項を伝えてくれた。


実のところ、メアリーはセドリックに会うのが気まずかった。あんな痴態を晒してしまったから。

セドリックはどう思っているのか、話題にさえしない。


それはそれで、メアリーがどう受け止めたら良いのかわからない。かといって、あの日のメアリーヤバかったですか?――なんて聞けようもなく。


メアリーが悶々としていると、セドリックが口火を切った。


「それと、リヴァーデン家についてだけれど」


メアリーはハッと引き締まる。


「セドリックさま、ごめんなさい」

「え? 何が」


セドリックは心底驚いていた。


「わたし、ロザリーさんの誘いを上手く断れなくて……。慌てて出たからお薬も、忘れてしまって……。ご迷惑をおかけしました……」

「メアリー」


俯くメアリーを、セドリックは屈んで向き合った。


「君を危険な目に遭わせて、謝るべきは俺の方だ。怖い目に遭わせてごめん」


セドリックの悲痛そうな表情に、メアリーは焦燥感が募る。


「ロザリーさん――リヴァーデン家に近づかない方が良いんですよね?」

「……避けて逃れられるわけじゃない。でも率先して近づかないで欲しいかな」


セドリックは安心させるかのように、静かに微笑んだ。


「メアリーは、そのままで良いよ。俺が必ず守るから」

「セドリックさま……」


セドリックはメアリーを責めなかった。

叱りもしなかった。

メアリーの胸は堪らなく苦しい。


『運命の番』なのに、セドリックの力になれない――



セドリックは話した通り学校に来たり、来なかったりだった。

朝は迎えに来ても、帰りにはいなかったりする。その逆もある。どのくらい忙しいかと言うと、未だにセドリックと一緒にランチを食べたことがないくらいに。


そんな日が何日か続いた。


学園生活は思ったより平穏だった。少し居心地は悪く、敬遠されてはいるけれど、実害はない。


なんとなく、セドリックから学校を休んで欲しい空気は感じ取った。

不登校なんて、トマスもサラも心配してしまうだろう。

何より、メアリーの至らなさで、セドリックがこれ以上悪く思われるのは嫌だった。


正午の鐘が鳴る。

メアリーは変わらず礼拝堂の片隅で一人ランチを続けている。終わりの授業が移動教室だったため、食堂へ向かうクラスメイト達と、望まなくても道を同じくしていた。その中にはロザリーと、そのグループもいた。


「ねえ、あの人」


グループの女の子が、少し離れた場所にいるヒューバートを見つけた。


「この前のお茶会でメアリーさんを連れ出した人よ」

「招待客じゃなかったんでしょう? ロザリーさん」

「え、ええ」


メアリーは自分の名を出されて、つい耳を澄ませてしまう。


「別の人の招待状を持って入ったんですって!」

「騎士科の平民特待生みたいよ」

「まあ! 平民のすることは野卑で怖いわね」


……メアリーは居た堪れない。


ヒューバートはメアリー――友達のセドリックのために、メアリーを助けにきてくれたに違いない。

それなのに、ヒューバートが責められるなんて。


メアリーのせいで……!


「どうして王立学園に平民が通うのかしら」

「平民と一緒なんて嫌だわ」

「それはっ」


メアリーは咄嗟に声が出た。

女の子たちは後ろを振り返り、メアリーを怪訝そうに見る。


「……失礼だと思います。学内は身分関係なく平等な学舎です」


メアリーは言わずにいられなかった。

普段なら、友達に反論するようなことはしない。多少意地悪なことを言われても、言葉を濁す程度だ。

でも、見過ごせない――


グループの女の子たちも、メアリーの性格を分かっている。

一瞬眉を上げた後、ねっとりと笑みを浮かべた。


「まぁ。セドリック様の送迎を受けているメアリーさんが、平等の話をされるなんて」

「学園の特別区はどんなところかしら」

「平等に平民感覚をお持ちだから、人前で横抱きなんてはしたない真似ができるのかしら? ねえ、ロザリーさん」


ロザリーの同調を求めたが、ロザリーは黙って顔を赤くした。

メアリーも、過分な扱いを受けている自覚があり、何も言い返せない……。


「セドリック様もセドリック様ね。ロザリーさんという婚約者がいながら、他の女性を囲われるなんて。まして、他の男性にも誘いをかける令嬢よ?」

「!!!」


思ってもいないことを言われて、メアリーは仰天した。

見ていられなかったようだ。ヒューバートがメアリーの元へやってきた。


「お前、大丈夫?」

「ヒューバートさま……」

「ひっ……!」


背が高く、鍛えあげられた体格を持つヒューバートが近くに来ると、さすがの女の子たちも萎縮した。


ヒューバートは女の子の甲高い噂話が聞こえていただろうに、少しも気にしていないようだった。


ヒューバートを助ける――なんて烏滸がましい考えはなかったけれど、何もできない上に却って心配までさせてしまった。

メアリーは……情けない。


ロザリーは逸らした視線の先に気づき、場を収めた。


「……淑女らしくありませんでしたわね、失礼いたしました」

「ロザリーさんっ?」


ロザリーが引いたことに女の子たちは狼狽えた。

ロザリーは他に何も見えてないように、恋する声を上げる。


「セドリック様……」


メアリーはバッと振り返る。

今日は休みの予定だった、セドリックがいた。


「久しぶり、ロザリー嬢。お茶会以来かな」

「ええ。セドリック様、父が会いたがっていました」

「ああ。リヴァーデン伯爵には先日、王宮で会った。予定を合わせて会談するつもりだ。大事な話があるからね」


周囲の空気がやわらいだ。ロザリーこそ正統な婚約者なのだと、誰もが安心したようだった。


この場にメアリーは、邪魔者でしかない。

婚約破談すると言っていたけれど、むしろ結婚の算段が整いつつあるのでは?


女の子たちも察してか、セドリックに一言言わずにはいられなかったようだ。


「セドリック様、あまりロザリーさんを尊重されないのはどうかと思いますわ。お茶会で他の女性と帰られるなんて」


冷ややかな視線が、メアリーを突き刺す。

セドリックはメアリーを見ることもなく、返答した。


「お互いさまだろう、ロザリー嬢? デビュタント前の令嬢のお茶会に、安易に男性を呼ぶなんて、なかなか先鋭的だな。その後で騒ぎがあったとか?」

「……!」


ロザリーの瞳が揺れ、姿勢が固まる。

女の子たちはセドリックのいう『騒ぎ』がわからない様子だった。


「あまり良くない噂を聞く令息ばかりだ。付き合う相手は選んだ方が良い。俺の婚約者として、相応しいのかどうかも含めて」

「肝に銘じます……」


セドリックはロザリーの後ろ、ロザリーの侍女たちを軽く一瞥した。

話は終わりだとばかりに、メアリーに向き直る。


「メアリー、昼はまだだろ? 特別区に用意したんだ。一緒に食べよう」

「え?」

「ヒューバート、お前も来てくれ」


ヒューバートは退屈そうに肩をすくめながら、受けた。


「メアリーも、いいね?」

「は、はい……」


ヒューバートと一緒なら何か話があるのかもしれない。

セドリックがエスコートに手を差し出した。

女の子たちの睨みつけるような視線が重苦しい。


メアリーは後ろを振り返らなかった。

見ても、良いものではないことを分かっていたから。


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