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リヴァーデン家

ロザリーから来たお茶会の招待状は突然のもので、開催日は明日だ。

初めての誘いとしては、いささか強引に思えた。


ロザリーはセドリックの婚約者だ。

メアリーが『運命の番』であることは、まだ秘匿されている。


ロザリーにとってメアリーは煩わしい相手だろうに、どうして。


アシュフォード家の方針としては『誘われたら行く』。

だが、義姉サラは「行きたくなければ断ったら良い」と助言してくれた。

丁重に断りの文言を綴り、急いで従者に返事を届けてもらう。


この件はそれで済んだはずだった。


翌日、リヴァーデン家の馬車がメアリーを迎えに来た。


「お断りのお返事はしたはずです」

「ロザリー様がどうしてもメアリー嬢に来ていただきたいと。体調が優れないと聞きましたので、わざわざお迎えにあがりました」


往来に馬車が立ち尽くし、ロザリーの侍女が粘る。

困ったことに、今屋敷には兄トマスもサラも出払っている。従者もトマスに付き添い、メイドはオロオロするばかりだ。


「アシュフォード伯爵令嬢は、社交もできませんの?!」


近所の視線が突き刺さる。

本音は行きたくない。でもどうにも断りきれない。


「メアリー様、行かれるようでしたら同行します」


家の入り口を警備していた、王家が遣わした騎士が言葉を添えた。

ただのお茶会だ。少し、居心地の悪い思いをするだけ――メアリーが我慢すれば良いと、心を決めた。


「わかりました。急いで用意しますので、十分だけ待ってください」


騎士の一人は馬の用意に向かった。メアリーは急いで着替える。

よそゆき用の傷んでいない、なるべく新しいものを。クローゼットを探ると、セドリックに借りたドレスがいくつか目に入る。綺麗だけれど、さすがにこれは着ていけない。


髪をハーフアップに軽く結い、練り香水を手首に少し伸ばして身支度を終えた。


「何か忘れ物はないかしら……」

「アシュフォード伯爵令嬢! 急いでくださいませ! 遅刻されるおつもりですか?!」


外からロザリーの侍女が急かしてくる。


「今、行きます」


メアリーはハンカチーフを手にして、慌てて外に出た。


ロザリーの侍女はメアリーを雑に馬車に引っ張りあげた。

玄関前に残った騎士が「待て!」と制止するも、馬車はそのまま走り出す。

窓の外から、追いついた護衛騎士の姿が見えた。間に合ったようでホッとする。


ロザリーはメアリーを呼んでどうするつもりだろう? 

嫉妬なんてしなくても、メアリーは身を引くつもりだ。いっそ、きちんと話した方が良いのかと思案する。


トクントクン


馬車の揺れとは違う、ヒクヒクと体が震える。

唇を噛み締め、なんでもないのに目が潤んできた。

セドリックと別れる――そう思うほど込み上げてくる感情をメアリーは受け止めきれない。


ハンカチーフを握りしめて気を逸らす。馬車の窓から市場が見えてきた。

手土産は必要ではないが、小さな花束でも買って行こうかと思った。


「あの、すみません」


カタンカタン


向かいに座る侍女に声をかけるも、反応がない。

馬車の音で聞こえづらかっただろうか?


「すみません! 止めてくれませんか? 買い物がしたくて」


再度、メアリーは声を上げて呼びかける。


侍女は返事もしない。小窓を開けて御者に何か告げると、座席にしがみつく。まるで何かに備えるように。


ガタン


蹄の音が荒々しく、車輪は跳ね背中が浮く。メアリーは座っていられず、床に崩れ落ちた。


「メアリー様、ご無事ですか!?」


側付いて騎乗していた騎士も、異常を察知したようだ。携帯していた笛を鳴らし、御者に声をかける。


「速度を落とせ! 停車しろ!」


馬車の勢いは止まらない。騎士が前方に向かい、馬を寄せる。


ガタンガタン


馬のいななきが裂くように響く。

馬車は大きく揺れながら減速し、停止した。


「…………」


ドクンドクンドクンドクン


メアリーは吐く息と、心臓の音ばかりがやけにうるさく聞こえた。


「メアリー様! お怪我はありませんか?」


騎士が扉を開き、返事を待たずにメアリーを抱えて車外へ降ろした。


馬車はぶつかりはしなかったものの、道端に歪んで停車していた。周囲は騒然としていて、警備隊が駆けつける。


「メアリー様、一度帰りましょう」


メアリーは混乱して、頭が回らない。案ずる騎士に、かろうじて同意しようとしたその時。


「まぁ! ロザリー様のお茶会を辞退されるおつもりですか?!」

「これだけの事故を起こして、何を悠長なことを」

「大袈裟にしたのはそちらではありませんか!」


ロザリーの侍女は警備隊に弁論する。


「時間に遅れて、少々急いでいただけです! それをこの騎士殿が事を荒立てたのです!!」

「なにを言う! 明らかに許容速度を超過していたぞ」


警備隊は御者や周囲の人からも聞き込みを始めた。調査には時間がかかりそうだ。


「危ない運転だな!」

「どこのお嬢様かしら?」


市井はあまりにも騒がしい。


騎士はメアリーの保護を優先し、新たな馬車を手配するため使いを頼んだ。


「メアリー様、詰め所で休まれましょう」


衝撃で、騎士が心配するほどメアリーは顔を青くしていた。自分でも自覚している。


トクントクン


鼓動がおかしい……。


「ここからなら、リヴァーデン邸の方が近くですわ。お怪我がないか、我が家の主治医にも診せられますし」

「い、いえ。わたしは……」


ロザリーの侍女はメアリーを制し、金切り声を上げた。


「まぁ、アシュフォード伯爵令嬢は! 往来で殿方に縋って! 騎士殿と二人きりになられるおつもりで?!」

「!!!」


家の名前まで出されて、メアリーは恐ろしくなった。


「メアリー様、気にされることはありません」


騎士は警護するのが任務だ。警護対象の意思に反することはできない。


嫌な汗が背中に滲む。朦朧として、まともな判断力を失いつつある。

でも、家の名誉は守らなければ。


「……邸に向かいます……。馬車が来るまで、休ませていただけたら」


ロザリーの侍女はすっと目を細め上品に、「ご案内いたします」と告げた。



リヴァーデン邸は立派な門構えの、新しい家だった。

ロザリーの侍女に続いて入ろうとしたところ、門衛が騎士を止めた。


「武力を持たれている方を通すことはできません」

「王太子殿下の命令を受けた護衛である」

「しかし……」


騎士が中へ入れないなら、メアリーは躊躇する。


「武器を検めたら良いでしょう。アシュフォード伯爵令嬢、先に休んでいましょう」

「あ、待て!」

「身元もしっかり検めてくださいね! 騎士を名乗られても、リヴァーデン家を危険に晒すわけにはまいりませんもの!」


ロザリーの侍女にぐいぐいと引っ張られた。

庭園のお茶会の場へ。


ホストであるロザリーが、気づいて近づいてきた。


「まぁ、メアリーさん。来られないかと思ってましたわ」


ロザリーが一瞬、驚いたように目を張るもすぐに取りなした。まるでメアリーが来るはずはないと確信していたように。

……無理して来なくても良かったかもしれない。


メアリーは当然、開催時間に遅れてしまった。離れた場所のゲストから注目を浴びる。

悪目立ちなんてしたくないのに。


お茶会は同年代の女の子だけかと思っていたら、男性もいた。


「メアリーさん、馬車で何かありましたの?」


綺麗な表情を浮かべてロザリーが問う。視線はメアリーの全身を上から下に。その目に少しの侮蔑が滲むのは……当然に思う。


メアリーはしゃがみ込んだせいでドレスに皺がより、裾はところどころ土埃が付いていた。

髪も乱れて、汗をかいたから練り香水と不快に混じる。


一方ロザリーは、凝った髪型に隙のない化粧、流行りの美しいドレスを着ていた。お茶会に相応しい控えめなブローチはキラリと光り、フローラルな香りを纏って、完璧だ。


「え……と」

「ええ! アシュフォード伯爵令嬢が騒ぐものですから、ひと騒ぎがありましたわ。御者が警備隊に事情を話してあります」

「まぁ!」


ええ?

侍女の言い分は不可解だ。話が拗れている。

言い返すも、次第に体がおぼつかなくなってきた。


「とにかく、席を用意しますわ。こちらへ」


連れられるまま、席に着く。

近くにはクラスメイトの女の子もいたが、男性たちがメアリーを囲った。


礼節というには距離が近く、気遣うそぶりを見せながらメアリーのみっともない格好を、不躾に眺めてきた。

不快感が拭えない。

セドリックやヒューバート、ニコラスなど騎士科の生徒がいかにメアリーを丁重に扱っていたかを知る。


トクントクン


……嫌な気配がする。

もしかしたら発情しつつあるのではないか?


「あっ」


溢れた言葉を慌ててハンカチーフで塞ぐ。


銀の小匣を――セドリックに貰った『抗発情薬』を忘れたことに気づいた。



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