疑惑(セドリックside)
セドリックは夕暮れ前にリヴァーデン領に入った。
用意された館で騎士団の配置を確認し、アーサーの手紙を受け取る。
めぼしい箇所は頭に入れた。
サイラス一行は、壊れたはずの馬車で遅延なくリヴァーデン領に辿り着いたようだ。
翌日からサイラスの案内で港の視察に廻った。
サイラスはところどころ騎士団の様子を伺う。
セドリックに付いた、やや過剰な警備体制。
視察にはロザリーも付き添った。
「今倉庫に積まれている荷は、東方から取り寄せた茶葉ですの」
「そうか。ロザリー嬢は倉庫にも?」
「ええ! 任されている品目も、荷棚もあります。ご案内いたしましょうか?」
ロザリーが得意げに提案した。その瞬間、サイラスが一喝した。
「ロザリー! 倉庫はいかん!」
「えっ?」
周囲が静まり、サイラスは大声を出してしまったことに気付いた。声のトーンを慌てて下げる。
「荷は高く積み上げられているし、重い物も多くある。荷崩れが起きて、殿下の身に何かあっては」
「そうですね、叔父様。すみません」
サイラスはロザリーを諭し、すぐにセドリックに向き直った。
「殿下、倉庫は危のうございます。代わりに港の商会館へどうぞ。検品のため、異国の珍しい商品も並べてあります。十分楽しめますよ」
セドリックは社交的な微笑みを浮かべて、首肯した。
サイラスは騎士団を警戒しているから、多勢を引き連れての捜索は難しいだろう。
積荷をもう一度見やる。
茶葉と言っていたわりには、荷運びの人足が多い。荷箱は幾重にも縄で縛られ、扱いが妙に慎重だ。
潮に混じって、嗅ぎ慣れた防錆油と鉄の匂いがかすかに鼻を掠めた。
商会館は異国情緒漂う建造物で、装飾も調度もリヴァーデンの富を表していた。
「セドリック様、東方のお茶は淹れ方が変わってますの。少し苦味がありますが、慣れると美味でございます」
ロザリーが淹れた茶はセドリックの前に出された。
その茶杯を、横についた騎士が躊躇いもなく口にする。
ロザリーの表情がわずかにこわばった。
「どうだった?」
何食わぬ顔で、セドリックは騎士に問う。
「毒は入ってないようです。異国の物は殿下に合わぬかもしれません。控えられた方が良いでしょう」
「そうか。味わえなくて残念だ」
新興伯爵家には、王宮の作法はよほど衝撃だったのだろう。
ロザリーもサイラスも、なんとも言えぬ面持ちをした。
「殿下の警護体制を、我々は甘く考えていたようですな……はは」
過剰な警護が当然であるかのように見せつけた。
実のところ、騎士団は護衛のためだけではない。
セドリックにはリヴァーデン家と通じていない証明が必要だった。視察もまた、サイラスに誘われたように見せて、公務として取りつけてある。
リヴァーデン家への嫌疑は、軍需の不正流通。
武器の密輸は国家に仇なす大罪だ。
証拠を押さえるには近づかねばならない。
だが、近づき過ぎれば今度は謀反の疑いを招く。
失敗すればセドリックでさえ、命はない――
細心の注意を払って臨んでいた。
セドリックとの距離を掴みあぐねているサイラスとは違って、ロザリーは積極的だった。
騎士の合間から、ことあるごとに話しかけてきた。
「セドリック様、こちらは南東より取り寄せた絹の織物でございます」
「それも君が?」
「はい。ですがこちらは採算が取れず、個人の趣味みたいなものです。美しいでしょう?」
ロザリーがどこまで関与しているかは、わからない。
商会の手伝いをしているのは公然の事実だ。
それがそのまま、悪事に手を染めていることを意味するわけではない。
ただ、ロザリーの周囲に悪意が蔓延っているのは確かだ。
セドリックは婚約した時からリヴァーデン家に――ロザリーに距離を取り続けていた。
公爵家から早馬の使いが来た。
「メアリーに釣書?!」
まずい。
今、婚約中であるセドリックはメアリーが他の誰かと縁談でも組まれたら、何もできない。
貴族の婚約結婚は全て、王家の許可がいる。
――つまりアーサーが通した。
セドリックの『運命の番』だとわかってて。
留めることもできただろうに!
別にアーサーに助けて欲しい、なんて考えはないが。
メアリーと早急に話し合いたい。
「セドリック様、もう日が暮れます。それにこれからリヴァーデン伯爵と晩餐では?」
リヴァーデン領に着いて二日。晩餐の誘いは断り続けてきた。
しかし、婚約破談を申し込んでいる手前、伯爵の帰還を無視するわけにはいかなかった。
「断ってくれ、急用ができて王都に帰ると」
セドリックは厩へ向かう。
「セドリック様、せめて馬車を使ってください」
セドリックが早馬に乗ろうとするのを、従者は必死に宥めた。
そこへ遅れて王宮からの使者が到着し、アーサーからの帰還命令を伝える。
セドリックは正式な手続きを経て、領を発つこととなった。
明朝、王都に辿り着いたセドリックは公爵邸で身支度を済ませて王宮へ向かう。
アーサーへの報告義務がある。
「そうだ、アシュフォード伯爵令嬢を連れて来てよ」
アーサーはリヴァーデン領の報告を話半分で聞き流し、要望を伝えた。
「セドリックの『運命の番』だからな。一度会っておきたい」
何か断れないか考えたが、断れる要素が何もなかった。
話半分で聞いていても、全て頭に入っているようなアーサーだ。下手な言い訳でもしたら、騎士団を引き連れて召喚しかねない。
メアリーは……嫌がるだろうな……。
それでもメアリーに会えると思うと、心がほころんだ。
*
メアリーを大切にしたい気持ちに偽りはないけれど、久しぶりに会ったメアリーは憔悴しきっていた。
セドリックが悪い。
やむを得なかったとはいえ、判断を誤り、彼女を傷つけた。
アーサーの意図はわかっている――
メアリーは、あまりにも危うい。
番であるセドリックの弱みであり、危機だ。
大切なものは囲い込む方が安全であると、セドリックにわからせようとしている。寵姫セレナのように。
けれど、セレナの表情のない顔を見ると、果たしてそれが彼女の幸せなのかわからない。
メアリーは『運命』はなしにしたいと言っていた。
『運命の番』を隠したいというつもりだっただろうけれど、セドリックは言葉通り『なし』にしたいと考えた。
『運命の番』でなくても、セドリックを選んで欲しい。
例え、危険と隣り合わせでも
必ず守り抜くから――
メアリーを送り届けたセドリックは、湾岸倉庫の捜索の準備に取り掛かった。
コンコン
入室したのは、メアリーに付けている護衛の一人だ。
警護報告はいつも決まった時間のはず。――何かあったのか?
「……メアリー様に、リヴァーデン家の令嬢より茶会の招待がありました」
「なんだって?!」
メアリー、まさか受けたりしないよな? 断れない家格差ではない。
「メアリー様はお断りされました」
「そうか。引き続き厳重に警護してくれ」
「はっ」
胸騒ぎが治らない。
王国騎士団と合わせて守りは固いが、メアリーの意思を尊重するとどうしても隙ができてしまう。
禁足を命じれば、やっていることはアーサーと同じだ……。
ぐらりと視界が揺れて、踏みとどまる。
メアリーに出会ってから、セドリックは今までの自分でないような感覚が押し寄せる。
『運命』に囚われ、メアリーがいなければ正気を保てないような。
抗発情薬を煽り飲む。
早く、早く解決しなければ。
セドリックは身支度を進めた。




