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日陰の立場

用意された昼食を残さず食べて、セドリックの従者に片付けてもらった。

メアリーはすっかり元気だ。

でも、服も着替えているし、午後の授業に戻る気持ちが起きない。


レースのカーテン越しに柔らかい光が広がる。メアリーは窓に近づいて外を伺うと、木々の間から礼拝堂の尖塔が見えた。


さっき見た宗教画『成就』を思い出す。


窓のそばには庭に出られる扉がある。

不安な気持ちから目を背けきれない。誘われるように外に出た。



学園内に礼拝堂があることは知っていたが、メアリーは一度も訪れたことがなかった。

聳え立つ木々に囲まれた薄暗い場所。そこに静かに建っていた。


門戸はいつでも開かれている。周囲に人はいない。

メアリーは今さら中に入るのが躊躇われた。


神様にでも縋るつもり?


メアリーの『運命の番』には完璧な婚約者がいる。結ばれたいなんて、厚かましいことは望めない。それじゃあ――。


その時、礼拝堂の奥――祭壇の前で祈りを捧げている人に気づいた。


「あっ」

「!!」


メアリーはつい言葉を漏らしてしまった。その人がパッと訝しげに振り向く。


背の高い黒髪の男子生徒。彼を見たことがある。セドリックに初めて出会った時に模擬戦で戦っていた相手、黒衣の騎士。


「邪魔をして、ごめんなさい」


メアリーは真摯に謝罪した。後ろ姿からでも伝わる切実な祈りを冒涜してしまった。


「……いや、気にしてない。俺は神を信じてないから」

「えっ?!」


メアリーは驚いた。

我が国は神との結びつきが強い国だ。信仰心の強さは人それぞれだが、公然と言うなんて。まして彼は騎士科の生徒。将来は騎士志望ではないのだろうか? 騎士は神と王家に宣誓するのに。


メアリーの思いがあけすけに出てしまったのか、黒衣の騎士は気まずそうに言う。


「ただ、哀悼を捧げてただけだ」

「……そうなんですか……」


誰か、大切な人を失ったのだろうか。――そんなこと到底踏み込めるはずもなく。

けれど、このまま何もしないで立ち去るのも不自然だ。

しばし逡巡した後、メアリーは勇気を出す。


「隣で祈っても良いですか?」

「! ……好きにしろ」


そっと祭壇に向かう。黒衣の騎士はもうメアリーを気にせず祈りを捧げていた。


色褪せたステンドグラスから差し込む鈍い光が、メアリーと黒衣の騎士に影を落とす。


メアリーは隣をチラリと見る。


セドリックさまと別れることを願うの――?


黒衣の騎士と比べると、あまりにも浅ましく思えた。せめてもとメアリーは祈る。


――彼の心に安らぎが訪れますように


偽善かもしれない。それでもメアリーは目の前のことしか祈れないから。


静かな時間は終わりを告げる。予鈴が鳴った。

黒衣の騎士は出口に向かう。メアリーも釣られて続く。


直後、黒衣の騎士は足を止め、メアリーの前に手を伸ばして行き先を阻んだ。


「え?」


メアリーが戸惑うも、黒衣の騎士は前方のどこか遠くを注視している。

一拍置いて、徐に話しかけてきた。


「お前、誰か付けてないのか? 撒いてきた?」

「え? えと、召使いは学園に付き添わせてません」

「いや、そういう意味じゃないんだが……」


黒衣の騎士はやれやれと言った素振りを見せた後、思わぬ提案をした。


「……一般科までエスコートしよう」

「え、授業遅れちゃいますよ、悪いです!」


騎士科の生徒はセドリックといい、過保護で優し過ぎではないだろうか。


「とにかく、行こう。相手が俺で悪いが」

「そんな」


メアリーは黒衣の騎士が卑下するから、逆に断れなくなってしまった。

黒衣の騎士はぶっきらぼうな物言いだが、メアリーの歩幅に合わせてくれる、丁寧なエスコートだった。


しばらく歩いた先、セドリックの従者が酷く焦った様子で駆け寄って来た。


「メアリー様、こちらにおられましたか」


どうやら心配させてしまったようだ。メアリーは部屋を出る時に一声かけるべきだったと反省する。


「セドリックの従者か、じゃあ任せて良いな?」

「ヒューバート殿! 感謝します」


黒衣の騎士の名前はヒューバートらしい。二人のやり取りを見ると、ヒューバートはメアリーを守ってくれた? ようだ。


ヒューバートはさっさと行ってしまう。


「ヒューバートさま、ありがとうございます」


慌てて声をかけた。


「様はいらない。俺は平民だから。嫌味か」


ヒューバートは特に気にする風でもなく、今度こそ行ってしまった。


平民――?

メアリーは人の言うことを疑う性質ではないが、少しだけ違和感を感じた。

ヒューバートが祈る姿は、貴族が教わる正式な型だったから。最近は貴族でさえ、その作法が乱れつつあるのに。


セドリックの従者が申し訳なさそうに謝罪する。


「本来であれば、セドリック様ご自身でご自宅までお送りする予定でしたが、セドリック様に急用が生じまして叶いません。私めが代わりにお送りいたします」


セドリックは婚約者――ロザリーの元に向かった。

帰ってこないのは、ロザリーと一緒ということ?


メアリーはぐらりとする感覚に耐えた。



アシュフォード家がもう間近に迫った頃、メアリーは周囲の様子がいつもと違うことに気づいた。


「メアリー様、到着いたしました」


馬車の扉が開き、セドリックの従者が手を差し伸べてくれた。すぐに違和感の正体を知る。


「!!」


門前に大柄な王国騎士二人が並び立つ。

厳かな威圧感がメアリーの家に影を作る。

どうして? アシュフォード家に何かあったのか?


不安なメアリーを他所にセドリックの従者が前に出て挨拶した。


「セドリック殿下の従者殿か」

「こちらはアシュフォード家のご令嬢、メアリー様だ。セドリック殿下の命により、お送りしている」

「承知した」


王国騎士は姿勢を正し、メアリーに形式的な会釈をした。メアリーも会釈するが、何が何だかわからない。


セドリックの従者は「また明日もお迎えにあがります」と告げて、頭を下げたまま顔も上げなかった。

騎士の横を通り過ぎて玄関の扉を開ける。後ろを振り返っても、誰一人動かなかった。


「メアリー、お帰りなさい。早かったのね」


メアリーの兄の妻――義姉のサラが、朗らかに迎えてくれた。いつもと、変わらない。

少しホッとしながらダイニングルームに進む。


「メアリー、帰ったか。話があるからそこに座りなさい」

「はい、お兄さま」


兄のトマスは、えーとかあーとか言いつつわざとらしい咳払いをしながら話を切り出した。


「実は本日付けで、王宮への出仕を拝命したんだ」

「ええっ!! 本当に? おめでとう、お兄さま」

「ああ、ありがとう」


トマスは手を振り賛辞を抑えつつも、滲み出る喜色を隠しきれていない。

それもそのはず。王宮仕えはアシュフォード家の、トマスの本願だったから。


これで暮らしぶりは少し良くなるだろう。


「王宮文書局の、監査補助官に任命された。それでメアリーも表を見ただろう? 重要文書を取り扱う上で身の危険もあるからと、王太子殿下が騎士団を派遣してくださったんだ」

「そうなんですか」

「殿下はとても美しくて、立派な為政者だったよ。私のような下級官吏にも目をかけてくださる。王国の未来は安泰だな」


トマスはとにかく上機嫌だった。

メアリーは玄関に立っていた屈強な王国騎士を思い浮かべる。もともと大柄な人を怖く感じるから、喜びよりも不安な気持ちが大きい。

トマスはメアリーの兄だけあって真面目だが、ある意味それだけが取り柄とも言える。上手く王宮勤めをやっていけるのだろうか。失敗しないだろうか。


サラが淹れてくれた甘い紅茶を飲んで気を落ち着ける。すぐに悪いことを考えてしまうのは、メアリーの悪い癖だな、と自分自身を嗜めた。


話が終わって自室に戻ろうとしたところ、サラに呼び止められた。


「メアリー、ちょっと良い?」


メアリーはコクリと頷き、柱の影に移動する。

サラは目線で、使っていなかった部屋の一室を示す。

すると部屋から、王国騎士の男性が出てきた。こちらに気づいて軽く会釈し、外に出た。警備の交代らしい。


「あの部屋を、警備の騎士の控え室にしたから。外だけでなく、たまに家の中も見回るみたい」


まだ成人前の世間知らずなメアリーだが、さすがに少し違和感を感じた。警護にしては大袈裟なような気がする。

サラも同じ考えのようだ。


「トマスは人が良いから、おかしなことに巻き込まれてなければ良いんだけど。騎士の方の対応は私がするわ。メアリーは何もしなくて良いからね」


サラは声を潜ませる。


「念のため部屋の内鍵はかけておきなさい。あと、夜は窓だけでなく鎧戸もちゃんと閉めるのよ」

「はい、お義姉さま」


サラはメアリーの額に挨拶のキスをして、ダイニングに戻った。


自室に入ったメアリーは言われた通りに鍵をかける。

窓から外を覗くと、公爵家の馬車はすでになかった。けれど、玄関に立つ王国騎士の存在は近所の視線と噂の的となる。ヒソヒソと囁く声さえ聞こえてきそうだ。


まだ陽は高いが、見たくなくて鎧戸を閉めた。

部屋に静寂と暗闇が訪れる。


自分の部屋なのに所在を失ったかのように心が曇る。


セドリックは今なおロザリーと日の当たる場所にいるのだろう。

メアリーの不安が的中するように、次の日も、その次の日もセドリックに会えなかった。

ロザリーにも。


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